この気持ちを否定したことはない



04   片隅に咲く思慕



購買から戻ってきた私に一緒に昼食を取っていた友人から「遅い」と文句が告げられる。文化祭の準備もなく各々に自由に過ごしている中、彼女だけは何かの用紙と睨めっこしていた。昼休みは準備はなしと決めたのは彼女だったけれど、そのせいで教室内は騒がしく当然それが彼女の声が通常よりも低い原因の一つなんだろう。自分の席に着きながら顔を歪めたまま彼女が視線を落としているその用紙を覗き込む。私の影が用紙を覆い見え辛くなった所為で彼女の機嫌はさらに損なわれたらしく「邪魔だってば」と肩を押され元の位置に戻された。

「運営委員の方大変そうだね」
「まぁね」

押し戻されたけれどその合間に見えた用紙は文化祭当日の動きが指示されているものらしかった。事細かなスケジュールにプラスして彼女のメモが付け加えられていて、改めてこの文化祭に対しての彼女の意気込みを感じる。イベント事が好きだとは知っていたけれどここまでとは思わず、私なんか無視して用紙を見て唸る彼女に笑みが零れる。遣り甲斐があるらしく毎日充実して過ごしている彼女は見ていても清々しい。普段は行動派とは言い難いけれど一度やると決めれば最後までとことんこだわり続ける姿は好ましい。笑い声が聞こえてしまったのか笑ったのを気配で悟ったのかは分からないけれど突如彼女の視線が私に向けられた。

「なに?」
「や、別に」
「でも今笑ったでしょ」
「・・・・・・(ばれてる)」

睨むに近い視線を受けて気まずくて視線を逸らした。やる気があるのは良いけど、ここのところずっと神経質だから困る。彼女の神経を逆撫でさせないようにこっちが神経をすり減らしてしまっている。むやみに当り散らしたりしない分、そのとばっちりは私に降りかかるのだからそこだけは勘弁してほしい。何か別の話題を、と思ったところで利央に会ったことを思い出した。

「私ちょっと4組行ってくる」

鞄から現代文の教科書を取り出しながら告げる。するとさっきまで射るような視線だったのが急に和らいだ。温かみを帯びたそれに心を安堵させるには十分だったんだけれど、さっきまでとのギャップに妙な気分にしかなれない。
彼女は利央とは一度も同じクラスになったことはないけれど、私を介して知り合っている。誰に対しても接し方を変えない彼女のそれは人によっては威張りくさってるかのように見られたりもするけれど、そういう部分に意外と無頓着な利央とはそれなりに馬が合うらしかった。

「利央くん?そういえばさっき来たよ。邪魔するだけしてどっか行っちゃったし」
「それは・・・邪魔したみたいでスミマセン」
「何でが謝んのよ」
「いや、何となく?」

聞かれて自分でもその理由が答えられず疑問詞になっていた。ただこれはもう癖というか慣れというか、習慣づいてしまっていて理由を明確にしようにも出来ない。誤魔化すように笑いながら言えば彼女はスッと眼を細めた。

「甘やかしすぎでしょ。利央くんの為にもあんたの為にもならないよ、それ」

何か言葉を返す前に彼女は追い出すような仕草で手を振る。気付けば昼休みも残り少なく、ここで言い合いをする時間も残されていなさそうだった。何より言い合いをしようとする相手にはそんな気は見られず、言葉は呑みこまれる。
辛辣な言葉も戸惑うことなく真っ直ぐ告げてくる彼女のそういう部分が好きだったけれど、身構える間もなく受け止めた為に深く刻み込まれる。まるで逃げるかのように現代文の教科書を手にして席を立った。




「気付いてないだけ?それとも気付いてない振りしてんの?」

廊下を歩きながら思い出したのはほんの数十分前に島崎先輩から言われたセリフだった。あれは全部を知っているからこそいえる言葉で愕然とした。言葉を交わした回数も僅かで、島崎先輩にばれるような態度をとった覚えはない。そういうことも踏まえて私は島崎先輩には警戒していた。話しかけてくる分、答えによっては情報を与えてしまうし、何かしら勘付かれてしまうからと慎重に対応してきたつもりだった。完璧だと思っていた。
それだけじゃなく野球部の面々の前でも気を遣っていた。だから確信しきっていた。でもどうやら私の読みは甘かったらしい。動揺が心を伝う。さっきの友人のセリフもあって心は掻き乱されてしまって苦しい。
私がひた隠しにしてきた感情を知っているのは友人ただ一人だけ。いつ気付いたのかは知らないけれど島崎先輩を抜けば彼女しか私の気持ちを知らなかった。
教室の前の扉から顔を出せば窓際の後ろの方にいる利央を見つける。数人の男女で集まって楽しそうに話す姿に踏み出そうとした足を止めて囲まれている利央の様子を傍観する。
好きになってしまったのはいつだろう。自分が思い描いていた理想のタイプとは正反対ともいえる利央への感情に気付いたのはそれほど昔のことではなく極々最近のことだった。

「あ、ー!」

利央の声に俯かせていた頭を上げた。周囲のことなど構わず私の名前を呼び、大きく手を振る利央に呆れながらも笑いがこみ上げてくる。こういうところを好きになったのかもしれないとたまに思う。注目を浴びることは好きではないから急ぎ足で教室にお邪魔して利央の机を目指す。教科書を差し出すその前に現代文のソレで利央の頭を遠慮なく叩いた。

「・・・ッ!何すんだよ!」
「大声で人の名前を呼ぶ利央が悪い」
「ハァ?意味分かんないんだけど!」

そう言う声も大きくて教室内の注目の的になっている。これ以上何か言っても更に視線を引きつけるだけだと悟り、諦めて教科書を渡した。甘やかしすぎ、と言う彼女の言葉が間違っていないのだとこういう行動に出てしまう度に自嘲する。でも今更簡単に言動を変えれるかといえばそんなこと出来るわけもない。
怒る利央を宥めるクラスメイト達の様子を見つめながら軽い疎外感を覚える。利央のその性格故か彼の周りには人が絶えない。キッと私を睨みつけていた筈の瞳は知らぬ間に別のところに向けられている。割って入れる程彼のクラスメイトとは親しくないし、昼休みももう間もなく終わる。それを理由に利央に一言告げてその場を去った。




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