それはバッドエンディングのためじゃなく、 11 偏曲の終盤 明日の文化祭の準備と言っても、以前から計画的に準備を進めてきた私のクラスが前日にすることと言えば簡単な確認程度のもので特別何かする必要はなく暇を持て余していた。忙しく動き回る友人は先ほど私の元に訪れて「明日扱き使ってあげるから覚悟しなさい」と一言告げて足早に去っていった。今日は無理をするなと聞こえた私は素直にそれに従った。その分、明日には体調を万全にして頑張らなければならない。他の子たちも既にやることがないらしく固まっておしゃべりをしている。少しくらい抜けても大丈夫かな。ざっとクラスを見渡してから教室を出た。 利央は私が登校していることは知らないだろう。あの日以来、会ってないしメール等も届いてないし送っていない。正直、こんな喧嘩は初めてだったからどうするべきか分からなかった。メールを送ろうと何度か携帯を開いては見たけれど何て打てばいいのか迷い結局閉じてしまうことの繰り返しだった。 利央の教室を避けるように反対の廊下を進み渡り廊下を使って隣の校舎に移った。明日に向けて装飾されていく廊下や教室を見つめながら明日の文化祭への期待が膨らんでいく。ずっしり重たい心を少しは晴らしてくれる。初めての文化祭だから、やっぱり楽しみたいとは思う。 「ちゃん?」 心臓が跳ね上がった。そんな気配を悟らせまいと平然と振り返れば私だと確信を持てていなかったのか少し不安そうな表情とぶつかる。箱崎先輩は私だと気付いた瞬間に笑みを零す。 「箱崎先輩」 「風邪引いてたんだって?もう大丈夫なの?」 どうしてそれを、なんて愚鈍な質問はせず素直にはいと答えた。早退する直前、高瀬先輩に会っているし風邪で寝込んだ私のところに利央は訊ねてきている。情報源はあらゆるところに散らばっている。 「そっか。でも無理はしないように」 「ほんとにもう平気ですから」 「一応ね。まぁでも文化祭前に復活できて良かったね」 「それは言えてます」 ふっと顔を見合わせて同じタイミングで笑った。会う機会も話す時間だって少ないのに箱崎先輩と話しているとそんなこと忘れてしまう。いつも繰り返している当たり前の会話のように感じてしまうのは気が合うからに違いないんだろう。今まで出会ってきたどんな先輩よりも箱崎先輩は話しやすかった。 「それで二年の校舎にどんな用で?」 廊下の隅に移動して、改まった口調で問われる。けれど疑問符をつけたその言葉とは裏腹におおよそ用件は理解しているんだろう。私と先輩達との接点はたった一つ、それ以外に繋がるものなんてない。気が合うとは言ったけれどそれも共通の話題があったからこそ。その共通の話題に当たる人物のことで来たことくらい言わずとも先輩も気付いている。だから逆にどう切り出せばいいのか困ってとりあえず曖昧に微笑む。 「さっき島崎先輩に会いました」 「……うん」 「利央の調子が悪いって聞いて、」 合点が言ったように頷く先輩を見つめながら次の言葉を探す。直球勝負は得意じゃない。逃げ道をいつだって用意して上手く上手く交わすのが常だった。それはひとえに自分が傷つきたくないと言うただの勝手で、結果利央を傷つけることになった。利央が負った傷の深さを今日まで知らずのうのうと布団の中で過ごしていた私はなんて愚かだろう。不器用ながらも必死に直向きに差し出してくれていた手を掴む事が出来なかった。知っていたのに気付かない振りをして、そうすればずっとこのままでいられるのだと信じていたかった。もしかしたらその先の未来は今よりももっと優しいものだと考えすらしなかった。 「私の所為、だと思います」 冷たく虚しく寂しい我が家は劇的な変化があるのだと私に示してきた。いつの間にか一人きりで食べるようになった食事、家族との会話の減少、父親との接触。小さい頃はこんなんじゃなかったのにと何度思っただろう。仕方ないのかもしれないけれど、でも本当は寂しかった。こんな風に時が経てばあっさりと絆なんて崩れてしまうのだと私は身を持って体験していた。 だから変化を懼れていた。利央との関係はずっと変わらないままでありたいと願い、そうであるようにずっと距離を保ってきた。近づく事も離れることもなく、お互いに何も考えず笑い合えるように。 「利央と何かあったの?」 「……ちょっとした喧嘩、みたいなものです」 「…ほんとに?」 過ぎた日々は取り戻せない。崩壊した関係はどう頑張って以前と同じように修復することは不可能なんだろう。私も、利央もそれを望んではいない。一体利央が何を望んでいるのかは分からないけれど、それは確かに私とは異なっている。 頷いた私に何か言いたげに口を開きかけた箱崎先輩は「そっか」とだけ呟き寂しそうに微笑んだ。 「早く仲直りしなよ」 「文化祭が終わるまでには」 「部活までに利央が復活してくれるなら私は文句ないけど」 「あはは、マネージャーの鏡ですね」 「でしょ?…でもね、心配はしてるんだよ」 苦笑しながら告げられた言葉に浮かんできたのは少し前に言われたセリフ。「俺はこれでもお前等を心配してんのよ。分かる?」島崎先輩の言葉。 「同じようなこと島崎先輩にも言われました」 「げっ、何であんな先輩と同じセリフを……」 あからさまに嫌そうな顔をしてぶつぶつと私には聞こえない声で何か呟く。そう言えば箱崎先輩は島崎先輩を毛嫌いしていた。苦手だとか、大嫌いとかそんな単語しか聞いた事がない気がする。私も島崎先輩のこと得意とはしていなかったから私と先輩が意気投合した理由にも挙げられる。 うわ、最悪だ。漏れてきた声に頬が引き攣る。照れ隠しなのかなぁ、なんて思いながらも箱崎先輩の為にそれは心の中だけに留めておいた。 << □ >> |