学園長の思いつきによって学園に身を置くことを許されたが改まって学園長の庵に呼ばれたのは翌日の事だった。衣食住を保証されたに先ず渡されたのは黒い忍の衣装だった。学園長の庵で先生達が身に纏っていたそれである。学園内ではこの衣装で過ごすように、と学園長からのお達しだった。が着ていた服装では学園内でも目立ちすぎるからだという理由らしい。自身もあの服装がこの時代では人目を引く原因だと学園に来るまでに思い知ったのでそれについては文句はなかった。
学園に来たばかりのには庵までの道順等分かるはずもなく、それを知っての上なのか案内役に伊助と庄左ヱ門を寄越してくれた。二人の顔を見ては内心で安堵した。一人で行ける訳もないし、かといって知らない人間を寄越されでもしたらどう接すればいいのかが分からない。ましてや教師の誰かを案内役に寄越されることはそれ以上に勘弁してほしいところだ。

「すまんの、わざわざ」
「いえ、」
昨日とは打って変わってどこか和やかな雰囲気が庵の中には流れている。向かい側に座る学園長は湯呑に注がれたお茶を美味しそうに啜っている。どう考えても昨日のあの状況が異常だと言うことを示していた。自身も昨日よりはずっと楽な気分で学園長と向き合っている。一人だとまだ緊張してしまうだろうが、心配をしてくれているのかの両脇には伊助と庄左ヱ門が座っている。帰る時も案内が必要だろうからという庄左ヱ門の発言によってこの場に留まることへの許しが出たのだ。
「おぬしに聞きたいことがあっての」
「はい、何でしょう」
ことりと湯呑が茶托に置かれる。
「料理は出来るかね?」
「・・・は?」
何を聞かれるのかと身構えていた分、返事は間抜けなものとなった。質問の意図が読めずを挟んで伊助と庄左ヱ門が顔を見合わせて首を傾げている。
「あの、料理ですか?」
「そうじゃ」
「えと、出来なくはないと思います、けど」
中学までは家庭科の調理実習以外で包丁など握った事もなかっただが、高校に入ってからはそうもいかなくなった。一人を残して家族は父方の実家へと移ったのだ。その瞬間から炊事、洗濯、掃除など身の回りの事全てを自分で済まさなければならなくなった。誰も食事の用意などしてはくれないので、自分で作らなければならない。だから料理の腕は否応なしに上がっていった。とは言っても、まだ料理をするようになって間もないのでレパートリーも少なければ包丁さばきもぎこちなかったりするのだが。
「ふむ、それで十分じゃ」
「学園長先生!どういうことでしょうか」
挙手をした庄左ヱ門が発言をする。
「実はな、おぬしに食堂のおばちゃんの手伝いをお願いしたいのじゃ」
「食堂のおばちゃんの」
「お手伝い?」
伊助と庄左ヱ門が聞き返す。それに学園長は笑って頷いた。
「食堂のおばちゃんがわしらの食事を全て一人で作っておるのはしっとるじゃろう」
は伊助と庄左ヱ門を見た。二人は揃って頷く。
「じゃがさすがにあれだけの量を一人で作るのは大変でな、だから当番制で忍たま達に手伝ってもらっておるのじゃが、それも時間が限られておる。だから、」
「だからさんに専属で手伝いをしてもらおうってことですね!」
「その通りじゃ」
逸早く察した庄左ヱ門に満足そうに笑って、学園長はに語りかけた。
君、おぬしの衣食住は学園が保証すると言った。じゃが、働かざる者食うべからずとも言うように何もせんで過ごすのもどうかと思っての。これはわしからの提案なんだが、どうじゃ?」
学園長からの提案は思ってもみないものだった。学園長の言うとおりには特別やるべきことは何もない。というか何をしたらいいのか分からない。まだ学園の敷地内も把握していないは文字通り右も左も分からないのが現状だった。そんな中で下手に動いて今以上に教師達から疑われることは避けたいし、だからといって一日ぼんやりと過ごすことなどはっきり言って時間の無駄である。暇を持て余すくらいなら動いていた方がマシだ。
「役に立てるかは分かりませんが、私でよろしいのなら手伝わせてください」
自分が居た世界で身につけた知識や経験がどれだけこちらで通用するかは分からないが、やれることがあるのならやってみたいと、素直に思った。
「よし、じゃあ決まりじゃ。早速本日から手伝ってもらおう」
「はい。よろしくお願いします」
「そう畏まらんでもよいよい。伊助、庄左ヱ門、食堂に案内してやってはくれぬか」
「勿論です」
「分かりました」
さん、行きましょう!」
先に立ち上がった伊助がの手をとって引っ張る。もう片方の手も庄左ヱ門に引かれ、両脇から引っ張られる形で歩き出す。
襖の前まで来たところで一度足を止め、肩越しに振り返った。すっかり冷めてしまったお茶を飲み干している学園長へと呼びかけた。
「学園長先生」
「何じゃ?」
「何から何までありがとうございます」
ぺこりと小さく頭を下げた。そしてそのまま出て行こうとすれば今度は学園長に呼び止められた。もう一度振り返れば、意外にも先ほどまでの表情は引っ込んでおり真面目な顔が待ち受けていた。
「暫くは先生達の眼も厳しかろう。じゃがおぬしが真面目に働いておればいずれ認めてくれよう。この子らのようにな。慣れない環境じゃろうが頑張りなさい」
「・・・・・・はい」
面白いことは放ってはおかない愉快犯だと言う認識を少し改めなければいけないかもしれない。ふぉっふぉっふぉっ、と呑気に笑う老人を見てこっそりと思った。不覚にも涙がこみ上げそうになったのは秘密にしておこう。




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2008,12,27



あれ、なんか学園長先生夢になってる?(笑)