威圧的な視線がいくつも突き刺さる。は出来る限り身を縮ませて学園長の目の前に座っていた。の隣には兵助が、一歩後ろに控えた場所には伊助と庄左ヱ門が居てくれる筈なのだが、学園長の周りに座る教師陣の視線が痛すぎてその存在を忘れてしまいそうにすらなる。 学園長の庵に案内される時、自分達もついていくと聞かなかった伊助と庄左ヱ門の言葉はにとってはありがたかった。庵に辿り着き襖を開けた先の様子を目の当たりにした時その思いは更に増した。 面白いことには関心がある人だからと言う、兵助の言葉に安心しすぎていたのかもしれない。世の中そうそう上手くは行かないことをその場の空気で感じた。というよりは今までが上手く行き過ぎていたのかもしれない。 「ふむふむ、なるほどのぉ」 予め兵助から説明を受けていただろう状況で、はもう一度己に起こった出来事を説明して見せた。それは目の前の学園長が自身の口から話を聞きたいと言ったからだ。 しかし、説明するその声は兵助や伊助に話す時よりもずっと小さく、その内容はちぐはぐなものとなった。原因はに注がれる教師陣からの冷たい眼差しだということは明らかだった。不審な者を見るような視線に息をすることすら気を遣ってしまう。 「とてもじゃないが信じられません」 黒い制服を身に纏った教師陣の一人がそう口にした。 「そうです!学園長、何を納得してるんですか」 「どう見たって怪しいじゃありませんか!」 それがきっかけだったように次々と発言する教師が増え、話し合いが始まった。話の渦中となっているは身を竦ませた。逃げ出してしまいたいとさえ思うほど、その会話の内容はにとっては辛かった。 「これ、静まらんか!」 学園長の一括に室内は一瞬にして静まり返った。学園長はそれに満足そうに頷いてからの名を呼んだ。頭を垂らしていたは恐る恐る顔を上げる。 「先ほど説明した事が真だとするとおぬしは行く宛がないのじゃな?」 「・・・・・・・・・は、はい」 「学園長!何を考えておられるんですか」 のか細い返事を掻き消すような怒鳴り声に肩を揺らす。 「まさか学園に置くなんて言い出すんじゃないでしょうね」 「こんな怪しい人間を学園に置くなんて断固反対です」 「まぁまぁ野村先生、安藤先生。少し落ち着いたらどうじゃ」 「学園長しかし!」 「もしも彼女が学園に害を為すような人物だったら此処まで連れてはこんじゃろう。そうじゃろう、久々知兵助」 教師陣の視線が一斉に兵助へと集まった。学園長の何処か楽しそうな声が気になりながらもも隣に座る兵助へ視線を移す。そこで現状の重大さに漸く気付いた。 自分を信じて此処まで連れてきてくれたのは伊助と兵助だ。は彼らの言葉に甘えてそのまま学園へと来た。しかし、それは全ての責任が自分ではなく彼らに降りかかってしまうと言うことだった。彼ら、ではなく正式には兵助に。 は一切嘘はついていない。兵助や伊助、庄左ヱ門に話した事も、この場で語って見せたことも全て真実だ。けれど、やはり信じられるような内容ではないのだろう。格好からしてがこの世界では浮いていることは学園に来るまでに嫌と言うほど思い知ったのだ。だからどれだけ真実を語ってみせても結果的に危険な人物だと思われてしまうのはしょうがないことなのかもしれない。を信じてくれた伊助達の方が珍しいことなのだと改めて感じる。 学園がを危険視したとすれば、そんな人物を連れてきた兵助達はどうなってしまうのか。考えてゾッとした。自分が怪しいだろう事を自覚しているだけに、あの時信じると言ってくれた二人の言葉は本当に嬉しかったのだ。だから自分の所為で二人が罰を受けるようなことにはなって欲しくはない。 「へ、兵助君」 小さく呼んだ名前に反応して、兵助がちらっとを見た。何か言いたいのに言葉が思い浮かばずそのまま見上げていれば、口許が優しく弧を描いたように見えた。兵助はそのまま前を向いてしまったのでそれが見間違いだったのかどうかはには分からなかった。 「学園長の仰るとおり、怪しいと思ったらここまで連れてはきません」 「けどなぁ久々知、」 「わたしはここが自分の居る世界ではないと知った瞬間の彼女の表情を見ています。あれは演技で出来るようなものではありませんでしたよ」 教師達の視線をものともせず兵助は自分の意見を告げる。その姿を学園長が満足そうに笑って見ていた。 「どうじゃ、自分の生徒の言う事を疑いはせんじゃろう?木下先生」 「学園長・・・、」 木下と呼ばれた教師が言葉を詰まらせる。彼は教師陣が口々にの件で言い合う中、黙って事の成り行きを見ていた一人だった。その原因は、正しく渦中の少女の隣に自分が受け持っているクラスの生徒がいたからだった。 「木下先生、久々知兵助の優秀さはおぬしがよく分かっておるじゃろう」 反論は出来なかった。木下は兵助が真面目で実技・教科共に成績が良いことを知っている。その兵助が怪しくはないと判断して連れてきたのだ。自身が語ったことは俄かには信じられないが、自分の生徒の事を信じられないわけでもないのだ。その葛藤が木下の口を硬くしていた。 学園長の視線はの後ろに控えていた伊助と庄左ヱ門に移る。彼らにしては随分と大人しくしていたが、本当なら真っ先に口を切って話したかった事はその様子から目に見えていた。 「伊助、庄左ヱ門おぬしらはどうじゃ?彼女の話を信じたからおぬしらはここについて来たのじゃろう」 発言の許可が学園長直々に出た。それまで何度も口を挟もうとした伊助を陰で抑えていた庄左ヱ門がそっと胸を撫で下ろしたことは本人しか知らないだろう。 「ぼくたち、さんが嘘を言ってるとは思いません!」 伊助にしては珍しく声を大にして叫んだ。抑えていたものが一気に吐き出されたのだろう。は組の中では比較的落ち着いた性格で気が利く伊助がここまで必死そうにしているのは珍しい。 「ぼくもそう思います」 同意するように庄左ヱ門も静かに発言する。庄左ヱ門の視線は真っ直ぐ学園長を見据えている。 「伊助、庄左ヱ門、どうしてそう思ったのじゃ?」 「学園長!1年生の言う事など真に受けるおつもりですか!?」 それはあまりにも迂闊すぎると他の教師の剣幕が庵に響いた。庄左ヱ門は学園長に反論を申し立てる教師達の声を余所に目の前で身を縮ませているの背中を見た。口論が激しくなるにつれてが怯えているのを先生達は果たして気付いているのだろうか。後ろに控える庄左ヱ門にはのその表情は分からなかったが予想は出来た。伊助が自分にの説明をしている間に見せたその時と変わらずに不安が広がっているに違いない。いや、今は教師達が相手なのだからそれ以上かもしれない。 「・・・伊助?」 横に座っていた伊助が立ち上がったのを視界の隅で確認した庄左ヱ門は声をかける。しかし聞こえていないのか、無視をしたのか伊助はの隣にまで来るとそこで腰を下ろしての手を握った。 「・・・伊助君・・・・・・?」 騒がしい庵の中で、庄左ヱ門はの声を拾った。それでハッとする。確かに聞き取れたその声が震えていて、今にも泣き出しそうにも聞こえた。 伊助のその行動でピタリと喧噪が止み、注目が伊助に集まった。 「なんで、先生達は分からないんですか」 「どういうことだ?」 「先生達が話し合いをしてる間、さんがずっと怯えてるのに気付いてないんですか。怪しい怪しくないって疑われてるのをただずっと耐えてる姿にどうして何も思わないんですか!」 「伊助、少し落ち着け」 担任でもある土井半助の声にも伊助は耳を貸さない。完璧に怒っている。普段ならそれを抑える役目の庄左ヱ門だが今回はそうしなかった。 「先生方の言い分も分かります。でも、さんが本当に怪しかったらはじめからこんな格好はしませんし、あんな話もしないと思います」 「庄左ヱ門、お前まで・・・」 「信じてほしいと思ったから信じられないような話だと分かっててもさんは伊助や久々知先輩に話したんだと思います」 「庄左ヱ門君・・・」 この場の状況や自分の置かれている立場も忘れては自分の隣に座った伊助に視線を落とした。不安に押し潰されそうになる度に自分の手を取ってくれた、その小さな手。まだ会って間もない彼らに何度助けられたかしれない。 「よしよし、おぬしらの意見はよーく分かった」 ほくほくと食えぬ笑みを浮かべる学園長に、そのとき教師陣は良からぬ予感を抱いた。それはいつもの思い付きを発表する時の顔と一緒だった。 「」 「は、はい!」 「おぬしの身はこの学園で預かることとしよう」 あっけらかんと。何事もなかったかのように言うものだから伊助や庄左ヱ門は拍子抜けした。も同じようにポカンと学園長を見つめたままだ。 「学園長それは・・・!」 「わしも俄かには信じられんが、彼女が嘘をついているようには思えんのじゃ」 「しかしですな」 「疑わしいと思うのならそれはそれでよい。しかしそれならここに置いた方がそれが事実かどうかも見えてくるじゃろうて。先生方が目を光らせておけば安心じゃしの。彼女はこの学園に置く。これは決定事項じゃ!」 一人楽しそうな学園長に最早反論する者は誰も居なかった。学園長が決定だと言えばそれはもう覆せはしないし、反対したとしても何が何でもそれを押し通すことはこれまでの経験によって誰もが知っていることだった。 「良かったですね、さん」 「・・・庄左ヱ門くん」 「先生達が納得してないのが気になるけど」 「まぁまぁ伊助」 学園長の含みのある言い方が気に入らないのか頬を膨らませている伊助を庄左ヱ門が宥める。二人の様子に強張ったままだったの顔に少しだけ笑みが浮かぶ。 「だから言ったでしょう」 そっと肩を叩かれて振り返れば兵助が笑っていた。 「兵助君・・・・・・でも、本当に」 「貴女はここにいて良いんですよ」 兵助の言葉に大きく、何度も頷いた。口を開けば堪えていたものが溢れそうな気がしたからだ。 ぎゅう、と握られた手の感覚に目線を落とせば伊助と庄左ヱ門が揃ってを見上げている。目尻に浮かんだ雫を拭いながら精一杯二人に向かって笑顔を向けた。 BACK : TOP : NEXT 2008,12,22 本当はもっと兵助の出番を増やす筈が伊助と庄左ヱ門に持ってかれた!(笑) |