翌日向かったのは家からは少し遠い大型ショッピングモール。自宅から徒歩数十分というと所にもあるのだがそれはあまりにも近すぎるので避けることにした。顔見知りに出会ってしまう可能性が高すぎる。今はまだ誰とも接触するわけにはいかない。電車を乗り継いで着いた先のショッピングモールに訪れるのは数える程度しかない。ここならば安心だろうと伊助と団蔵を引き連れて建物へと入る。二人とも、の心配を余所に昨夜はぐっすりと眠ることが出来たらしく朝から元気だった。朝食も残す事なく食べてくれたし、此処に来るまでも視線をきょろきょろと漂わせ、ずっとそわそわしていた。見たことのないものばかりで好奇心が疼いて仕方のないだろう。簡単に説明してあげながら、笑顔を見せてくれる二人にホッとした。昨日のあの不安そうな表情は今はもう鳴りを潜めている。けれどいつそれが心を巣食うかは分からない。ホームシックにかかる時は必ず訪れるだろう。それは自然の摂理のようなものだ。ましてや二人はよりも幼い子供なんだし。その瞬間を見逃してはならないと思う。だから出来る限り傍にいて、つぶさに二人の表情を見ていようと思っている。 伊助と団蔵の衣服を一通り買い揃え、食料も買い込んだ。これで買い物は終了の筈だ。足りない物はその都度買い足していけば問題ないだろう。時刻は丁度お昼時に突入し、そちらのエリアへと人が集まり出していた。さて、お昼はどうしようか。人目を避けたいとしてはこのまま家に帰って少し遅めのお昼をとるのがが望ましいが、二人をちらりと見やれば既にお腹が空きだしているだろうことが見て取れる。このまま家に着くまで我慢しろというのは少し酷だろう。しょうがないかと呟く。 「お昼にしよっか」 ベンチに座り込む二人の顔を覗き込んで告げる。パッと笑顔を見せた団蔵に苦笑しながら隣の伊助を見れば同じように笑っていた。フードエリアには幾つもの店が並んでいるが、はその中から比較的空いている店を選んで入った。何処にでもある洋食店だったが、この店の少し手前の有名な洋食店にお客を持っていかれたのだろう。隅っこの席に座りメニューを開きながら、二人には好きに注文をさせ、は日替わりランチを注文した。正直な所、和食ばかり食べていて洋食が恋しかったのだ。 オムライスとハンバーグ定食を注文した二人はそれを美味しそうに食べている。パスタをフォークにからめながらその様子を眺めつつお昼からのことを考える。これ以上外を出歩いても誰かに目撃されるだけなので一先ずは帰宅することになるだろう。家に閉じ篭りっきりな生活になってしまう可能性が高いことは、二人に対して申し訳なく思うが我慢してもらうしかない。そこはテレビゲームでも提供してどうにかしよう。ほんとんどのゲームは弟に持っていかれたがが自分で買ったものは残っている筈だった。 「ごちそーさまでした!」 気付けば団蔵は全て綺麗に食べ終えてしまっていた。は目をパチパチと瞬く。団蔵の隣に座り伊助の方も窺えば、こちらももう間もなく食べ終わるところだった。早い。いや、それとも自分がただぼんやりと考えすぎていただけなのか。まだ半分も進んでいないは慌てて手を動かすが、ふと暇を持て余すようにお喋りを始めた二人を見た。 「伊助君、団蔵君もまだお腹に入りそう?」 「食べれなくはないですけど」 「全然!まだ食べれますよ」 首を縦に振った二人を見ては店員を呼んで追加注文を出した。きょとんとを見る二人に微笑み返すだけにしては自分の分を食べ進める。それほど待つことなく追加で頼んだ品は届く。目の前に並べられた品を見て二人とも不思議そうにを見上げた。 「さん、これなんですか?」 「アイスクリームって言うの。冷たくて美味しいから食べてみて」 が食べ終わるまでまだ時間がかかりそうなのでその間に食べるには丁度良いだろう。何より今は夏。この時期に食べるアイスは本当に美味しい。向こうの世界では決して食べられないアイスをせっかくだからと注文したのは幸せそうに微笑む二人の顔が見たかったからに他ならない。案の定、彼ら二人から零れた「美味しい」という言葉と、顔を見合わせて笑うその様子がの気持ちを和ませた。 一度自宅に戻り、伊助と団蔵は自宅に置いてまた家を出た。なるべく一緒に居た方がいいのだろうが連れて歩くと悪目立ちしすぎるのだ。夏休みにも入ってもいないのに小学生に見える二人が歩き回っているのは人の視線を集めすぎる。それも学生に見えると一緒だとなると尚更にだ。二人には我慢してもらうしかなかった。時間を持て余すことのないように自室にあったゲーム機をリビングに引っ張り出し、団蔵に簡単な説明をしておいたので大丈夫だろう。やはりほんとんどのゲームソフトは弟に持っていかれてしまったようだったが、残っていたソフトの中にはRPG系のゲームもあったのですぐに飽きてしまうことはないはず。留守番をしてもらう際の細かな注意点は伊助にしっかりと伝えて家を出た。やはり心配ではあったので早く帰ろうと思う。 外は昼も過ぎた所為か照りつける太陽が疎ましいと思うほどの炎天下。さすがに夏真盛りともなれば気温もぐんと上昇し、じわりと滲む汗に夏を感じる。温暖化が進むこの世界は暑い。向こうの世界の昼間も暑いなぁと考えることはあったけれど、比べてみればこちらの方が断然だった。日除けの意味も込めてかけたサングラスが顔を隠してくれているだろうと歩く街中は二週間前と何も変わらない。当然だ、二週間で変わられたら溜まらない。街を歩く人々の服装が夏使用になっていることが確実に時間だけが過ぎたことを示している。浦島太郎気分を味わうことはなかったけれど、変わらない事へ理不尽にも寂しさも感じているのだからおかしな話だった。 一番最初に向かったのは通っている高校。私服だったので中に入ることは諦めたが、校門から覗いた様子は平穏そのものでよく見た光景が広がっている。グラウンドでは生徒達が体育の授業をしている。曜日、時間帯を考えてそれはの在籍しているクラスだ。授業内容はソフトボール。クラスの女子を二チームに分けて丁度試合を始めたところだった。はAチームのファーストを守っていた。ジャンケンで負けた結果だ。サングラスを取り、よくよく目を凝らす。丁度Aチームが守備にまわっている。ファーストの位置は、が居た時には控えだった子が守っている。当然といえば当然。分かっていたはずなのにその現実が重たく圧し掛かる。が居なくても当たり前のようにまわっていく世界。楽しそうに笑い合う友人達。もう既に、そこには自分の居場所などないかのように。 その後、週末のみ働いていたバイト先もこっそりと覗いてみたが何事もなく運営は続いていた。 という少女がどのようになっているのか。その手がかりはどこにも見つけられることはなく、とぼとぼと帰路につくことになった。ふと足を止めたのはコンビニの前の横断歩道。 そこは全ての始まりの場所。 母からの電話と青に変わった歩道の信号。目前にまで迫った車体と眩しいライト、そして耳に響くブレーキ音。事故が起こったと思えないほど変哲のないその場所に不自然さを感じずにはいられない。逆にホッとしたのは歩道のすぐ側に花などが添えられていないことだった。あの事故では死んだのではないことだけは示してくれた。 それだけが救いだった。 BACK : TOP : NEXT 2010,04,17 |