子どもの順応さには驚くものがある。いや、全ての子どもがそうであるとは限らないのでこの場合は1年は組の生徒は、と言うべきだろうか。ソファに並んで座り、テレビに釘付けの二人に苦笑する。風呂上りの彼らの髪はまだ濡れているが、この時期に風邪を引く心配はないのでドライヤーを引っ張り出す必要はないだろう。 二人が大人しくしているうちにとはリビングから出て真向かいにある客室用の和室へと入った。真ん中に置いてあるテーブルの足を折り畳んで端へと片付け、広く空間が空いたところで押入れを開けて敷布団を引っ張り出した。横一列に三組並べ、次いで枕と布団も取り出した。日乾し出来ないのは申し訳ないが一晩くらいは我慢してもらおう。明日、改めて干せばそれで問題ないだろう。 寝る場所について考えた時、別々に眠るのは二人の不安を煽ってしまうのではと考えた。が暮らしていた家に辿り着いたことで、二人の顔にようやく笑顔が戻ったのだ。それからすっかり元気になって好奇心のままあれやこれやと説明を求めてくる二人には手を焼いたが、それくらいの方が彼ららしいというもの。 「さん」 リビングに戻ろうとした所で声をかけられ振り返った。団蔵だ。どうしたのと問う前に団蔵はの手をとって歩き出す。家の中だからと二人をリビングに残してきたけれど、今はまだ傍に付いているべきだっただろうか。疑問はリビングに入ったところで判明した。 「いつの間にか寝ちゃったみたいで」 まるで猫のように丸まって、伊助がソファで眠っていた。このことを知らせに来てくれたのか。教えてくれた団蔵もどことなく眠そうな感じだ。時刻を確認しては納得する。いつもの彼らならとうに眠っている時間帯だった。 「そろそろ寝よっか?」 返事の代わりにこくん、と団蔵の頭が縦に揺れる。既に船を漕ぎはじめている様子に思わず苦笑してしまう。本当は歯も磨かせたかったのだが今日くらいは構わないかと思い、繋がれたままの団蔵の手を引いて和室へと戻る。 「伊助くん連れてくるから先に寝てて。すぐに来るから」 布団に入るよう促すがふるふると首を横に振られ、ぎゅ、と握り締める手に力が込められる。 「・・・僕も、一緒に行きます」 一緒に来てもらう距離でもないんだけどな。頭の中でそう呟きながらも、とろんと落ちかけの瞳で見上げてくる姿は可愛らしくて拒むことなどできるはずもない。団蔵は普段明るく素直であり、活発な子だ。こんなにも素直に甘えた態度は睡魔に襲われている今だからこそ垣間見れたのではないかと思うと貴重な気がして自然と頬が緩む。 団蔵を連れたまま再びリビングに戻ってきたは付けっぱなしだったテレビの電源を落とした。団蔵と繋いでいた手を離し、伊助を抱き上げる。起こさぬよう気を遣いながらも、適度な重さに抱えるにも力が入る。こちらの世界の10歳と比べれば少し小柄な伊助だが、同じく同年代の子達と比べると小柄な方であるには抱えて歩くのにも一苦労だ。 三組並んだ布団の端っこに伊助を寝かせ、団蔵も同じように布団に入ったのを見て明かりを豆電球のみにしても布団に就いた。ちなみに端から伊助、、団蔵の並びである。どの位置でも構わなかったのだが、気付いたら団蔵が伊助とは反対の端の布団へともぐりこんでいたので必然的に真ん中となった。既にぐっすり眠っている伊助とは反対側、団蔵の方に体を向け、彼が眠りにつくのをじっと見守った。寝入るまでに時間はそうかからなかった。それから暫く経ってからはそっと身体を起こした。このまま一緒に眠ってしまいたいところだったが、そうもいかない。この家に着いてからの最優先事項は伊助と団蔵を安心させること、この世界のことを多少なりとも知ってもらうことだったのでは現状の確認を出来ていなかった。 二人を起こさないよう気を配って部屋から抜け出し、リビングへと戻る。そしてテレビの電源を入れた。音量を聞こえる最低限まで下げ、今日の日付が分かりそうなチャンネルを探す。一体今日が何日で、がこの世界から何日姿を消していたか、それを知る必要があった。あの日から時間が経っていないのならいい。抱える問題はそう多くはない。しかし、そうでなかった場合、色々な厄介ごとが増える。 運良く、天気予報を流しているチャンネルがありは日付を確認することが出来た。があちらの世界で過ごした期間が約一ヶ月。対してこちらの世界ではその半分程しか経過していなかった。つまりは、二週間以上も姿を見せていないことになる。 壁にかけられたカレンダーを見つめながら、まだ夏休みに入っていないことを確認する。 学校は・・・? 無断欠席扱いになっているのか。 だとしたら父方の実家に住まう両親の方へと連絡がいくはずである。そして連絡がいっているのなら、心配してこの家に様子を見に来るだろう。携帯は繋がらないのだから尚更。 しかし、この家に誰かが来た様子は見られなかった。冷蔵庫の中身は変わらず。放置したままだった洗濯物もそのまま置いてあったし、自室や両親が使用していた寝室、弟の部屋も確認したが変化という変化は感じられない。自宅の留守電にもメッセージは一件も残っていなかった。学校からも両親からも。 何かがおかしい。そう思わずにはいられなかった。確かめないと。小さく呟く。けれど、それを両親に聞くことは出来ない。電話一本かければ、理由は分かるかもしれない。心配をかけていたのなら尚の事、電話する方がいい。しかし、今まで何処に行っていたのかと聞かれては困るし、万が一何も知らなかったら?何を言っているのかと訝しまれる恐れがある。 どちらの場合にしても、のことを気にかけてこの家にまで足を運ばれてしまっては不味い。今この家には伊助と団蔵がいる。彼らが居る間はこの家には誰もあげるべきではない。 そして、もしも・・・もしもだ。 という人物は既に居ない存在となっていたら。 これは一番考えたくはない、最悪の結果。 車と衝突しそうになって向こうの世界に飛ばされた。気がついたときには伊助と兵助に助けられ、この身は無傷であった。しかしあの時、実際に衝突したのか、その直前に飛ばされたのかは定かではない。もしかしたら本当は衝突していて、こちらの世界で私という人は死んでしまっていることだってありえる。或いは、トリップしたことでこの世界のという存在は消されてしまったとか。違う世界に飛ばされたというとんでもない異例があるから、その可能性だって考えられなくはない。 ぶるり、と体が震える。あくまで可能性。確率としては一番低いと思っている。しかしその考えを無視は出来ない。もしももう居ない存在となっているのなら、電話などかけてしまっては混乱を招くことになってしまう。 「・・・・・・はぁ」 答えがどれであれ、確かめなければいけない。今日はもう遅い。動くなら明日。それも最悪の結果を考えるならばこっそりと行動しなければならないだろう。明日は平日、当然のように学校があるが行けるわけもない。二週間以上も休んでいたのだからもう暫く休んでも問題はないはず。 それから、冷蔵庫の中身が空っぽに近い。食糧の買い出しと、伊助と団蔵に合う服も調達してこなくてはならない。今日は弟の部屋に残っていた服を拝借したが、サイズが大きすぎる。この先どうなるか分からないから、何着かは用意しておいた方がいいだろう。は立ち上がって、リビングの端にある棚の引き出しを開ける。両親から預かった通帳がそこには入っている。実家で一人暮らしするには十分な金額を毎月入金してくれる両親にこの時以上に感謝したことはないだろう。それから節約を心がけていた自分も褒めてやりたい。親の用意したお金は必要最低限に抑え、趣味や遊びに使うお金は自身でバイトして稼いでいたおかげで通帳の残額は明るい数字を示していた。これなら暫くは不自由なく過ごせるだろう。 金銭面での心配はこれでいらない。 あとは、 「しっかり、しなきゃ・・・」 団蔵や伊助の顔から笑顔が消えることのないように。 呟きと共に気合を入れるように両頬を叩いた。 BACK : TOP : NEXT 2010,02,14 |