と団蔵と伊助の姿が消えたという場所の付近をくまなく捜したが、やはりと言うべきか何の手がかりも見つけることは出来なかった。確信はなくとも元の世界に戻ってしまったのだろうという予感が三人にはあった。しかしいざ捜索に出てみれば何かないかと必死になって探してしまっていた。そんな姿を嘲笑うかのように満月の明かりが兵助たちの表情を照らし出す。 「そろそろ引き上げるか?」 竹谷が二人に声をかけた。探せれる範囲は全て探した。それでも見つからなければ収穫もないというのなら、それが答えだろう。あまり遅くなってしまっては教師達がうるさいだろうし、待っている二人にも悪い。頭の良い三郎と兵助とてそれは分かっているはずで、了承の二文字が出たことによって三人は学園へ向かって走り始める。 一番後ろを走っていた兵助は今朝のことを思い返す。相変わらずの朝は早かった。まだ辺りはしんと静まって生徒達が眠りに就いている時間帯。ぱちりと開いた双眸は起きたばかりの様子をちらりとも垣間見せず、彼女の眠りがまだ浅いことを示していた。朝焼けの眩しさに目を細めながら微笑んだのは兵助がそのことを気にかけたのに気付いたからだろう。心配をかけていることにも自覚はあるのに、それでも溜め込もうする。それくらいなら話して欲しいと言った兵助には苦笑して曖昧に誤魔化しただけだった。信頼されていないわけではなく、ただの心がその弱さを支えきれなくなるまでは吐露されることはないのだろう。そのことに歯痒さを感じたけれど思い立ったように兵助を見上げてが笑うからそれは有耶無耶なまま消えていった。 お礼がしたいのだと言って楽しそうに笑っていた。その話になった途端、上機嫌になり必要ないと兵助は言ったけれどそれでは気がすまないと言われの意気込みにのまれる形で頷いたのだった。 それが今日の出来事だ。あれからまだ一日も経っていない。今朝の出来事が嘘のように感じられる。兵助が感じているそれは喪失感。そんな自分に戸惑う。帰りたいと泣きじゃくりながら零していたの本音を思えば、これで良かったのだと喜ぶべきことなのに、どうしてか素直にそう思えない自分がいる。どうしてなんだろうか。考えても考えてもそれが分からないのだった。 「少しは落ち着いたみたいだな」 急に聞こえた声に顔を上げれば少し前を走っていた三郎が振り返ってこちらを見ていた。 「どういう意味だ」 唐突な言葉に兵助が訝しげに三郎を見やった。 「兵助、お前随分と動揺してただろう」 ニヤリと持ち上げられた口角に兵助の顔が歪む。 三郎の表情は人をからかったりする時のそれと同じだった。 「動揺なんてしてない」 「人の話をろくに聞いてなかったくせにか?」 「・・・・・・」 つい先ほどのことを指摘され、眉を寄せた。確かに急に引っ張られて連れ出されたものだから何事かと怒ったがそれは単に兵助が話を聞いていなかっただけだった。やはり三朗の言うとおり動揺していたのかもしれない。 「元の世界に戻ったのならいい。けど何かあったんならと思ったら気になるだろ」 「でも、これで元の世界に戻ったという可能性が高くなった。ならそれで良かったじゃないか」 「それは・・・」 そう思うことが出来ないから今考えていたのだ。口篭る兵助をじっと見つめていた三朗が ため息をついた。 それを合図に三朗が兵助の隣に並ぶ。 「そういうところが天然って言われるんだよ」 「は?」 いきなり訳の分からない事を言われて兵助はポカンと三朗を見るしか出来なかった。何故そこで天然だと言われなければならないのか。常日頃、三朗や竹谷達から言われることだが今言われる理由が分からない。そんな兵助の心情を知ってか知らずか三朗は飄々とした笑みを見せる。 「まぁ心配するな。さんは戻ってくるさ」 「何を根拠に」 「ただの勘だ。だが、伊助と団蔵も一緒なんだろ。だったらきっとまた戻ってくる」 三朗はそのまま速度を上げて前を走っていく。勘のくせにどうしてああも自信ありげなのか甚だ疑問である。しかし、兵助もそうであったらいいと思った。の世界に行ってしまった伊助と団蔵のこともある。 彼らは、伊助と団蔵は無事だろうか。 等間隔にポツポツと燈る街灯のおかげで歩く道はしっかりと照らされているが、両脇を固めるように植えられた木々に生茂る若葉が微々たる風に揺れてさわさわとうごめく。それは、一言でいえば薄気味悪かった。昼間とは打って変わった公園内の雰囲気は、確かに人を遠ざけ、物騒だと言われるのも頷ける。この公園自体が住宅街に囲まれた地区の中に建てられたのもあってか、静か過ぎた。それが不気味さに拍車をかける。 家に帰ろうと決めたは公園の出口へと向かっていた。昼間でもあまり足を向けない場所だ。向かう先が出口なのかあやふやなまま歩く。広すぎるのも問題だと思っていた時、人の声を聞いた気がした。地面ばかりを見つめていた視線を上げる。こんな時間に人がいるなんて珍しく、聞き間違いかと思ったが、向かう先へと足を進めればその声ははっきりと捉えられるようになる。酔っ払いだったらすぐに踵を返そうと思っていたが、どうも違うようだ。 男の声である。それも誰かに向かって喋りかけている。こんな時間に一体どこの誰だろう。あまり人目につきたくはないと思いつつも出来る限り足音を消してそろりそろりと近づく。少し遠くに人の姿を捉えたの目が大きく見開かれた。 一人は警察官だ。その服装からしても一目瞭然だった。その警察官と向き合うように立っている二人。見間違いだろうかと一度己が目を疑ったが、そうでもないらしい。 「・・・なんで・・・・・・」 何度目を擦っても、困ったようにも怯えたようにもとれる顔がこの目に映る。 向こうにいるはずの二人。確かにそれは伊助と団蔵だった。予想外の事態に暫し呆然と立ち尽くしていただが、それから間もなくして我に返った。真っ直ぐに彼らの元へ向かう。服装がどうとか、人の目がどうとか気にしてる場合ではなかった。時間帯は定かではないが、陽も落ちた夜遅くに子供が二人、公園をぶらぶらとしていたら声をかけるのも道理だろう。それもその出立ちがおかしければ尚更のこと。 「すみません」 声をかければ、足音には気付かなかったのか警察官の肩がびくりと跳ね、驚いたように此方を振り返った。その警官はを見ると更にその目を丸くする。恐らくはその格好に驚いたんだろう。視線が顔より下へと向けられていた。その視線を毅然と受け止め、泣きそうな顔の二人に微笑み、彼らを庇うように前へ出た。 「あの、この子達の身内のものですが」 訝しむ警官相手には必死に言い訳を探して何とか丸く治める。幸い、が思っていたよりも時刻が早かったこともあって、何とか解放してもらえた。ただ、最後までその服装については怪しまれていたけれど。 公園の出口で警官と別れた。見慣れた通りに出ると帰ってきたのだという気持ちが強くなる。けれどそれを素直に喜ぶことはできない。は先ほどから裾をぎゅっと掴んだまま離さない二人へと振り返る。 「二人ともごめんね」 不安を顔いっぱいに広げた二人を抱きしめた。見知らぬ世界での恐怖と心細さは身を持って体験している。どうして戻ってこれたのかそれはにも分からないが、この二人はそれに巻き込まれてしまったのは確かだった。 「さん、どうして謝るんですか?」 伊助の不思議そうな声に抱きしめる力を強めた。 「さん?」 反対側から団蔵もを呼ぶ。 ゆっくりと二人を離したはしゃがみ込んだまま下から二人を見上げた。 「とりあえず、私の家に行こう」 この格好はあまり人に見られるべきではない。二人の手をしっかりと握って人目を気にしながら自宅への道を歩き出す。ほんの少し前まで確かに繋がっていたその温もりを確かめながらはもやもやとした心情を拭えずに無言のまま歩く。 「・・・ここ、さんのいた世界なんですか?」 思い切ったように団蔵が口を開く。ハッとなっては団蔵を見た。そういえば団蔵は伊助と違って何も知らないのだ。自分のことばかりでそんなことにも頭が回っていなかった。そんな自分に自己嫌悪しながら、頷く。どこからどう説明したらいいものか。考えるは繋がれていた手を緩く引っ張られた。申し訳なさそうに伊助が見上げていた。 「団蔵にはぼくが説明しました」 「え?」 「勝手にごめんなさい。でも、話さないとどうしようもなくって」 しゅんとする伊助とどうしたらいいのか分からない団蔵を交互に見やって、それからはふるふると首を横に振った。違う、伊助が謝る必要なんてどこにもない。悪いのは誰かとか、そんな問題ではないのだ。 すぐ近くの信号機がチカチカと光る。黄色から赤へと変化する直前に車が物凄いスピードで通り過ぎていく。それらの物音一つ一つに過敏に反応する二人が、トリップしたばかりの頃の自分と重なる。よほどのことがない限り、危険な目に遭うことはないとは分かっていてもこの二人はそれを知らないしわからない。ぎゅっと自分の手を握り締めてくるその強さから彼らの不安の大きさが感じとれる。 「大丈夫。私が二人を守るよ」 ぎこちなくも笑いかける。思うことは沢山あって、考えたい事だってあるけど、優先すべきはこの二人のことだ。彼らにとって今頼れるのは自分だけなのだから。 BACK : TOP : NEXT 2010,01,14 |