緊急招集された教師達で学園長の庵はひしめいていた。その中でただ一人生徒としてその場に座っていたのは庄左ヱ門。勘右衛門と共に学園に戻ってきた庄左ヱ門はその足で学園長の庵へと向かい、事の次第を報告した。それだけ重要なことだと判断したのだ。 話を聞いた学園長はすぐさま教師陣に召集をかけ、集まったところで再び庄左ヱ門に説明をさせた。ざわめく庵の中で、その内容を庄左ヱ門はしっかりと聞いていた。受け入れはしたが、疑いの目は常に潜ませていた教師達にしてみれば今回の出来事はという人間への不審さを募らせるには十分の出来事に違いなかった。やはり間諜だったのではないかと言う者もいる。一方でこれまでの経過からして彼女には無理だと言う者もいる。庄左ヱ門もその通りだと思った。 長いこと言い合いは続いたが教師達も結局のところ分かっているだろう。だから、最終的に下された判断は庄左ヱ門も考えていた事と一致していた。 「元の世界に戻った、か。恐らくは隣にいた伊助と団蔵も巻き込まれたんじゃろう」 ただ戻ってしまったのならばいい。元々が生きるべき世界はこちらではない、庄左ヱ門達は与り知らぬ世界なのだから。けれど、同時に伊助と団蔵の姿も見えないとなればこれは問題だ。 学園長は教師たちにすぐさま捜索隊を出すように指示を出す。の世界に行ってしまったのならいくら探しても意味はないが、あくまでもそれは仮説でしかない。すぐさま数人の教師が姿を消す。僅かに人が減った庵を見渡して学園長がさて、と呟く。 「間もなく夏休みじゃ。それまでにどうにかなるといいんじゃがの」 「夏休みに入ってしまえば伊助と団蔵の親御さんにも話をつけなくてはいけませんからね」 「とは言っても一年は組の夏休みは補習で遅れそうですが」 は組の補習が終わり、帰郷するまでに戻ってこれなかった場合、伊助と団蔵、それぞれの親になんと説明したらよいものか。頭が痛くなる、いや胃が痛くなる話だと土井半助がこっそりと思う。 「それもですが生徒たちにはどう説明しますか?」 「隠密に事を運びたいところですが、無理でしょうなぁ」 「なんせ彼女は既に食堂の顔となってますからね」 生徒たちは皆、の存在を認めてしまっている。 彼女を慕っている者も増えてきた。隠しとおすのは無理だろう。 「それに、五年にはすぐに筒抜けとなるでしょう」 そう言って木下が視線を天井に向けた。つられるように庄左ヱ門も上を見やる。 「ふむ。・・・鉢屋、じゃな?」 学園長がちらと天井を見上げて呟けば、数拍遅れてかたりと天井の板が外れ鉢屋三郎が顔を覗かせる。悪びれた様子もなく、むしろその口元に笑みを乗せるといった表情の彼には教師陣も呆れるほかない。すとん、と音もなく三郎は着地する。 「鉢屋、お前なぁ・・・」 「忍が忍んで何か問題でも?」 「そういう問題じゃないだろう全く」 生徒は立ち入り禁止、そういう意味も含めての教師のみの緊急招集を盗み聞いたかと思えば堂々と姿を現すなどそんな生徒はそうそういないだろう。 「学園長先生、庄左ヱ門をお借りしても?」 庄左ヱ門の傍に歩み寄った三郎がその頭に手を乗せる。 「そうじゃな、事の次第も分かったし後はこちらで決めることじゃ。連れて行ってもらっても構わん」 「では、」 「ただし、こちらから指示を出すまでは勝手な行動は控えるんじゃぞ」 「もちろん承知してますよ」 軽く笑って返事をしているが果たして分かっているのかいないのか。 「おいで、庄左ヱ門」 用は済んだとばかりに庄左ヱ門を連れて三郎は庵を出て行った。 庄左ヱ門が連れてこられたのは五年長屋、い組の兵助と勘右衛門の部屋だった。そこには三郎を含めたいつもの四人と、先ほど学園に戻ってきたばかりの勘右衛門の姿がある。戻ってきた三郎と庄左ヱ門に四人の視線が注がれる。 「どうだったんだ?」 「今、先生方が捜索隊として出て行ったところだ」 「・・・で?」 竹谷がその先を促す。 「先生方の判断は元の世界に戻ったんじゃないかだと。伊助と団蔵も道連れにな。庄左ヱ門もその意見の同意らしい」 庄左ヱ門はこくこくと頷く。彼らは庄左ヱ門達がを連れて出掛けたのを知っていたらしい。しかし戻ってきたのは庄左ヱ門一人。その事を勘右衛門から聞いて何かあったのだと気付いたところで、教師たちの緊急招集。予感が確信に変わったのだった。 「三郎、此処に来るまでに庄左ヱ門に話は聞いたんだろ。お前の意見は?」 「残念ながら私も同意見だ。聞いた話の様子からしてさんが此方に来たときと類似した点が幾つかある」 「類似した点・・・?」 雷蔵が眉を寄せる。 「居なくなる直前、冷たい風が吹いたそうだ。おまけに話しかけた庄左ヱ門の声がさんには届かなかったらしい」 突如吹いた冷たい風。聞こえなくなった声。が語ってくれたその時の様子と確かに酷似している。それを知る彼らは一様に押し黙る。その中で、一人全く別の反応をしたのは勘右衛門だった。 「あのさ、話についていけてないんだけど」 この場の雰囲気を壊すかのような声を聞いて三郎がしかめっ面で竹谷を見た。 「おい、私が離れてる間に説明しなかったのか?」 「何で俺を見るんだよ。教えたけどそこまで詳しく説明する暇なんてなかったっての」 「さんが別の世界から来たってことと今は学園に身を置いてることを簡単に話したくらいだよ」 「そうそう。あとは兵助が見つけて連れてきたからお前らとも仲が良いってことくらい」 「なるほどな・・・勘右衛門」 「ん?」 「詳しくはまた後で話す」 「だと思った。まぁいいけど」 特に文句を言う訳でもなくそれで納得して引き下がる。気にならないわけではないが、それよりも隣に座る同室の友人が先ほどからずっと難しそうな顔して押し黙っていることの方が勘右衛門は気になった。 「さて、収穫はないだろうが一応捜索にいってみるか?」 三郎も気付いていたのだろう。その声は兵助へと向けられている。 「でも鉢屋先輩、学園長先生が勝手な行動は控えろと仰ってましたが」 三郎の一言に庄左ヱ門が首を傾げた。学園長の話を聞いていなかったわけではない。あれは釘を刺したのだ。その場にいた庄左ヱ門にとて分かる。 「あくまで控えろ、だ。目立たなければ問題ないよ」 「それは捉え方が間違ってませんか」 「解釈の仕方は人それぞれってことだ」 三郎はニヤリと笑う。 「では行くか。私と兵助とあと八、お前も来い。雷蔵と勘右衛門は待機しててくれ」 「分かった。その間に勘右衛門に説明しておけばいいんだね?」 「さすが雷蔵、よく分かってる」 指名され立ち上がる竹谷の横、未だに座ったままの兵助を三郎は見た。 「おい兵助、行くぞ」 「え・・・あ、うん。・・・ってどこに?」 「やはり聞いてなかったか・・・説明は道中でしてやるからついてこい」 「はぁ?一体何処に・・・って何するんだ!」 顔を歪ませる兵助のその首根っこを掴み三郎と竹谷が部屋を出て行く。 「兵助、いってらっしゃい」 ずるずると引き摺られる兵助に、雷蔵のそんな声だけが耳に残った。 BACK : TOP : NEXT 2009,12,13 |