目が、チカチカする。重たい瞼を開けて真っ先に飛び込んできたのは電球の光だった。人工的な光が眼の奥を刺激して、自然と瞬きの回数が増える。暫くの間、そうしてじっと上を見上げていたけれど意識が覚醒しきったところで飛び起きた。


此処は、どこ・・・?


が眠っていたのはどこかのベンチの上だった。人工的な光は外灯。夜の闇に浮かぶその光りは眩しく映る。身体を起こしながらも違和感には気付いていた。あるはずのない光、作られたそれがこの瞳に映る意味を、目覚めたばかりの脳でも理解し始めていた。
途絶えた記憶の最後は闇だ。目を瞑ってしまうほどの冷たくも荒い風に呑み込まれていったところまでしか覚えていない。そして直前まで感じていたぬくもり。離れていった温もりが、今もまだこの手に残っているかのようで。
「・・・っそうだ・・・伊助君、団蔵君・・・庄左ヱ門君!」
辺りを見回しても、そこには誰にもいない。広がるのは若葉を茂らせた木々に挟まれた道と小さな噴水を中心とする広場。ここは、彼らがいる世界じゃない。外灯も、このベンチも、広場の中央にある噴水も、が生まれ育った世界にあるものばかり。

戻ってきたの?

あの風に攫われて戻ってきてしまったのだと、冷たいベンチに座り込みながら思う。
でも、どうして。始まりは唐突だった。ならば終わりも必然とそうだというのか。


にはこの場所に覚えがあった。の家からわりと近くにある公園だ。都内でもその広さは何番目かに入るらしく昼間はお年寄りが森林浴に訪れたり子連れの親達の溜まり場ともなるらしい。けれど夜が訪れるとそこはひっそりと静まり返る。木々に囲まれた道は視界が悪く、物騒でもあるからと近寄る者は少ない。たまに酔っ払いが騒いでいるのを見かけたりするくらいだろうか。つまり、人気のない場所であり、今この場には以外誰もいない。
それは喜ぶべきことだろう。人通りの多い場所に放置されたら大変な騒ぎになっていたことは間違いない。あちらの世界で起こったと同様に、こちらでも異質なモノを見るような目線を向けられることはほぼ間違いないだろう。ついでに言えば今が夜でよかった。

どうして、とか。何で、とか。疑問は頭の中で尽きなかった。けれどそれは考えてもどうしようもないことだった。何がどうなったのであれ、帰ってきたのだ。はふらりとベンチから立ち上がって歩き出す。いつまでもこんな場所に居ても誰かに見つかって訝しげな視線を向けられるだけだ。とりあえずは家に帰ろう。考えるのはそれからでいい。
「・・・携帯、向こうに置きっぱなしになっちゃったな・・・・・・」
懐を漁れば持ってきていた財布がある。偶然だったが、助かった。この財布にはカードも入っているのだ。生きていくには必用不可欠なもの。通帳自体は自宅に置いてあるから銀行にもって行けばどうにでもなるが、それは面倒だからやっぱり失くさないに越したことはなかった。
もう一つ、ここで生きるのには必須とも呼べる携帯電話はどこを探っても見つからなかった。忍術学園の、に与えられた部屋の隅に置かれたままなのだろう。絶対に必要とは言わないが、なければ多少の不便を感じることになる。携帯電話に依存していたとは思わないが、連絡手段として活用はしていたのでやはり必要ではある。買いなおさないといけないな、そんなことポツリと呟き苦笑する。けれど、その顔がちっとも笑えていないことは鏡を見るまでもなかった。






どこからか聞こえてくる虫の声に団蔵は目を覚ます。体を起こし、目を擦りながら団蔵が見たのは空に浮かぶ月とよく似た光を発する何か。月よりも明るいそれは団蔵が立ち上がってもそこから更にうんと上から団蔵の周囲を照らしていた。そのおかげで夜だと言うのに随分と視界が明るい。じっと見上げていると目が眩むような気がして逸らした。その光を不思議に思いながらも辺りを見渡して、そこで団蔵はすぐ側に倒れている人物に気付いた。
「伊助っ!」
しゃがみ込んでその体を揺すりながら団蔵は直前の出来事を思い出した。そして気付く。一緒に居たはずのと庄左ヱ門の姿がない。伊助と団蔵以外にあるのは、の代わりに団蔵と伊助がそれぞれ持っていた荷物。おばちゃんから頼まれた調味料とが個人的に買っていたお砂糖と牛乳だった。
それにしても此処はどこだろう。ついさっきまで居た場所とはまるで景色が違っていた。道を囲うように茂る木々は同じだが、鬱蒼としたあの雰囲気がこの場所には感じられない。それに団蔵達が倒れていた場所はどこかへと続く道の途中のようだが、その道はとても綺麗に舗装されている。真っ平らなその道には草花一つ生えておらず、それが不自然に映る。それから団蔵達を上から照らすあの光。それ自体も気になるけれど、あの光がなかったとしても、ここは随分と視界が明るい気がした。暗闇に支配されたことがないみたいだ。
「んー・・・だん、ぞ・・・?」
何度も何度も揺すってようやく眠たげな声と一緒に伊助が気がついた。地べたに寝転がっていた体を起こしながらまだ現状を理解していない伊助は「なに、どうしたの?」とおっとりとした声で呟く。一足先に今の状況のおかしさに気付いた団蔵はそんな伊助の目を覚ますべくその両肩を掴んで再び揺すった。
「伊助、ちゃんと起きてよ!なんか変なんだ」
「・・・へん?」
半分ほど落ちかけたままの瞼が団蔵のその必死な声に促されるようにして開いていく。辺りが視界に入った伊助が団蔵の言う「変」に気付くまでにはそれからさほど時間はかからなかった。
「なにここ・・・どこ?」
「分からない。目が覚めたら此処にいたんだ」
さんと庄ちゃんは?!」
「どこにも見当たらない」
団蔵にだって今の状況が把握出来ていない。力無く首を横に振るしかない。

伊助は直前の出来事を回想する。とても強い風が吹いた。それは覚えている。もう夏も本番だと言うのに、あの冷たさは異常だった。思わず身震いをした伊助はその時、別の何かが背中を駆け抜けたのを覚えている。何だろう、そう思った矢先にしっかりと繋がれていた筈の掌がその温もりと一緒に離れていった。それが意識が途絶える直前の最後だ。「さんっ!」自分はそう叫んだが果たしてそれがに届いていたのかは不明だった。伊助ですら叫んだかどうかがおぼろげだから。
そして目が覚めたらこれだ。注意深く辺りを様子見ながら、伊助も団蔵同様にその異変に気付いた。先ほどまで居た場所とは違うことは然り、それ以上に根本的な何かが変なのだ。

伊助は自分がそれほど勘の良い人間だとはおもっていない。
は組の勘は別として伊助個人の直感は当たり外れは激しい。
けれど何となく分かってしまった。
「ここ・・・もしかして・・・・・・」
見慣れない景色。見たことのない光。仮説を立てるにはそれだけで十分だろう。

ここはきっと、の帰るべき場所がある世界なのだと。

この勘は当たっている。
そんな妙な確信があった。






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2009,11,19