最初に反応を示したのはおばちゃんだった。厨房に駆け込んできたは開口一番おばちゃんに謝った。手伝いの分際で遅れるなんて以ての外だ。ペコペコ謝るはおばちゃんが朗らかに笑って許してくれたことによってようやく顔をあげる。そうして、目が合った途端におばちゃんの目が真ん丸に開かれたのだ。 「ちゃん化粧しているのかい?」 「っ!? ご、ごめんなさい!」 「どうしてあやまるんだい?とてもよく似合ってるじゃないの」 子供を見つめる親のように目元にしわを滲ませて微笑むおばちゃんに恥ずかしいような居た堪れないような気持ちになる。化粧を施してもらっていた為に夕食の準備に遅れたことは確かだった。 「自分でやったの?」 「いえ、立花君が委員会の手伝いをしたお礼にって」 「立花君が・・・道理で見違えちゃったのかと思ったわよ」 「大袈裟ですよ」 確かに与える印象は変わった。仙蔵のメイクの腕は確かだ。高校の友人に教わったり雑誌を真似してメイクする程度のとは比べものにならない。でも、おばちゃんが言うほどでもないと思う。見違えるなんて、すっぴんの時の面影はしっかりと残っているのだから本当に大袈裟だ。 「そんなことないわよ。皆吃驚すると思うけどねぇ」 おばちゃんはにこにこ楽しそうに笑っている。もう何を言っても無駄なようだ。 気持ちを切り替えるように今日のメニューを確認し、おばちゃんから指示をもらって調理に取り掛かった。 「さんおめかししてるー」 とことこと食堂に顔を見せたのは一年ろ組の子達だった。四つの顔がぽーっとを見上げてくる。マイペースな子が多いろ組の子達に合わせるようには少し腰を屈めて笑いかける。 「変、かな?」 「そんなことないですー」 「・・・とっても綺麗です」 担任に似て少し暗い性格をしているのだと聞くろ組の子達だが、を見上げてくるその四つの顔は控えめにだが笑っている。元気でとても素直な一年は組と、つんと澄ましているい組の子もそれぞれ可愛いが、その控えめな笑顔もまた違う可愛さがある。思わず頭を撫でたくなったは衝動のまま端っこにいた孫次郎から順に頭を撫でていく。くすぐったそうに、でも嬉しそうな四人の顔に満足してからは注文を聞く。それぞれの選んだ定食を確認するように呟いてから一度厨房の奥へと引っ込んだ。 お膳を手にしてがカウンター前に戻って来てみればろ組の子達の隣には三年は組の浦風藤内と三反田数馬がいた。顔を出したと目が合うと二人はやはり驚く。 「あの、さん、それ・・・」 「あー・・・ははは。まぁ、ちょっとね」 どう聞いたらよいのやら、数馬のそんな様子には苦笑いだ。 待たせていた一年ろ組の子達にお膳を渡し、お礼を告げて卓へと揃って向かっていく後姿を見つめる。 そのに藤内は声をかけた。 「さん、今日はありがとうございました」 が席を外している合間に解散となってしまったので、後でちゃんとお礼を言おうと思っていたのだ。 「私も暇だったから」 「それ立花先輩がやったんですか?」 「うん。今日のお礼ってことでやってもらったんだけど」 ああ、やっぱり。ムラのないその塗り方とぶれることなく綺麗に引かれた紅。それだけでも分かる。委員会の時間に女装の授業などでの化粧の仕方を教えてもらったことがある藤内にはそれが仙蔵が施したものだとすぐに気づいた。 「あの、ええと・・・似合ってると、思います」 さすがは立花仙蔵。女装に定評があるだけある。元々白いの肌に合うように白粉は控えめに、頬に乗せる頬紅は淡めの色、それに合わせるように口紅の色も薄めの赤で差している。とてもよく似合っていた。文句の言い様もないくらいに。けれど、それを素直に口にすることには少々抵抗というものが出てくる年頃でもあった。藤内が何とか絞り出した褒め言葉に数馬がこくこくと同意する。 「ありがとう」 そんな彼らの、ほんのり染まった頬が可愛らしい。さすがにまだ下級生だなぁと思いながらも一年生と同じ扱いはあんまりだろうと思って頭を撫でることは我慢したは二人の注文をとった。 それから怒涛のごとく次々と食堂に駆け込んでくる生徒達は皆一様にを見て一瞬動きを止めた。その反応こそ様々なものであったが、ここまで忍たま達が目に留まるとは思ってもいなかったのでの方が驚きだ。食堂のおばちゃんは機嫌が良いのかそんなと忍たま達を見つめながら終始にこにこだった。 「・・・・・・誰、あんた」 「わざとでしょ、わざとだよね三郎君」 たっぷりと間を開けた後にしれっとのたまった三郎にはすかさず言い返す。最近、をからかうのが日常と化してきた三郎に、残念ながら分かっているのに言い返してしまう。にんまりと勝ち誇ったような笑みにが苦い顔になるのも日常茶飯事だ。兵助はともかく、竹谷までもが呆れたような顔をしている。 「でもさん、一体どうしたんですか?」 にまにまと笑う三郎を押し退けるようにして雷蔵が前に進み出る。 「これはね、立花君が」 「立花先輩が?」 「また何で立花先輩が・・・。でもこの出来栄えもあの人なら頷けるな」 「確かに立花先輩なら」 カウンター越しに囲まれじっと顔を覗きこまれる。 「作法委員会の手伝いをしたそのお礼だって」 「手伝ったんですか」 「うん、まぁ」 強制連行だった、とは言わないでおいた方がいいだろう。 あれは逆らえるような雰囲気ではなかった。 「でもさすが立花先輩だな」 「うん、やっぱり上手い。さんの雰囲気にすごく合ってる」 褒める言葉は仙蔵に向けられたものなのだろうが、をまじまじと見つめて言うものだからまるで自分が言われたかのように感じて化粧によって淡く染まっていた頬に赤みが差す。下級生に言われたそれは彼らの可愛さも相まって余裕もあっただが、上級生、しかもにとっては友人、いいや親友以上に大切な立場にいる彼らに言われるとなんだか恥ずかしい。言った本人、兵助はそんなつもりがないものだからを不思議そうに見ている。 「さん顔赤い」 「っ!」 竹谷に指摘され、頬を両手で包み込む。 分かってなさそうな竹谷の隣でその意味するところを察した三郎の顔が悪戯に笑う。 「何でもない!そ、それよりどの定食にする?」 三郎が何か言い出すその前に口早にそう告げる。チッと三郎が舌打ちをつくのを聞きながら四人の注文をとったはそのまま逃げるように中に引っ込んだ。 「あらあら、ちゃん顔が赤いわよ」 カウンターの向こう側からは死角になるだろう位置で大きく息を吐き出した。 そのにくすくすと笑いながらおばちゃんが声をかける。 「おばちゃんー・・・からかわないでください」 せっせと働くおばちゃんにも会話は聞こえていたのだろう。がとった注文を伝えるまでもなく配膳していく。それを見ても慌てて手伝った。 「はい、お待たせ」 カウンターに戻る頃には赤みを引き、すっかりいつも通りだ。一人ずつにお膳を渡していく。 相変わらず含んだ笑みを見せている三郎は軽くスルーだ。 「さん、立花先輩とは大丈夫だったんですか?」 テーブルに向かおうとそれぞれがお膳を手にして歩き出す中、雷蔵が立ち止まって声控えめに問いかける。 雷蔵の前を歩いていた兵助もその声を聞いて振り返る。 「大丈夫ってなにが・・・あ」 心配をしてくれていたのだと気付く。 「平気だよ。信用はしてないってきっぱりと言われちゃったけど、でも逆にちゃんと受け止められたから」 信じてもらえないことへの覚悟はもう出来ていた。疑われていないのなら、それだけで十分。 だって、今こうしてを気にかけてくれている人達がいることもちゃんと分かっているから。 「だから大丈夫だよ」 「無理はしないでくださいね」 「うん。ありがとう」 その気持ちが嬉しい。だから頑張ろうと思える。 紛れもない、の心を支えてくれているのは彼らの存在だった。 BACK : TOP : NEXT 2009,09,02 |