見上げた空は青かった。澄んだその青色は町中でふと見上げたそれよりもずっと綺麗な色をしている。あんなにも澄んだ青い空は父親の実家がある田舎でしか見たことがない。視界を遮る建物も何もない、長閑なあの田舎町で見た空に似ている。 此処は、どこだろう・・・? 「・・・あ、久々知先輩!目覚ましたみたいですよ」 青い空しか映さなかった瞳に影が差す。ひょっこりとの視界に入り込んできたのは男の子だった。よりも幾つか年下だろう可愛らしい顔をした男の子。上から覗きこむようにしてを見つめるその子は、が目を覚ましたと気付くと後ろを振り返って誰かを呼んだ。 久々知先輩・・・? その名に聞き覚えがあるような気がする。知り合いやクラスメイトにそんな名前の子がいただろうか。思い出そうとするが、先ほどととは別の声が聞こえて中断される。 「大丈夫ですか?」 いつの間にか先ほどの男の子の隣に人が増えていた。少し低めの落ち着いた声にはこくりと頷いてみせる。最初に自分を見た男の子よりも大人びた顔立ちをした彼が、久々知と言う名なんだろうか。ぱちりとした大きな瞳に高めの位置で結われた黒い髪が彼の動きに合わして揺れているのが見れる。男にしては随分と長い髪だと思ったが口には出さず、は身体を起こした。 「あの・・・・・・」 言葉が続かない。何を言えばいいのかが分からなかった。倒れていた自分の脇に座る二人の少年を見て、は眉を寄せる。久々知と言う名前にも聞き覚えがあるのだが、その久々知と言う少年の隣に座りの様子を窺う男の子にも何故か見覚えがある気がした。 「よく、分かりませんが・・・助けていただいたみたいでありがとう、ございます」 とりあえず、頭を下げた。状況すら理解出来てはいないが彼らが自分を助けてくれたことだけは確かなようだった。それにしても、どこで二人の名と顔を見たのか。年下だろう、まだ幼さを残す男の子は弟の友達の誰かだろうかと疑ったが、彼は弟よりももう少し歳が下のように見える。久々知と言う名にしても聞き覚えはあるのだが、今自分の目の前にいる久々知と呼ばれた少年の顔には見覚えはない。 それに、助けてくれた彼ら二人の格好が気になった。どう見たって今時では見ることはない服装だった。これはそう、例えるなら時代劇などでよく見る格好だ。二人して何故そんな服装をしているのか甚だ疑問だ。おまけに今達がいる場所についても眉を寄せずにはいられない。360度、辺りをくるりと見渡しても見えるのは舗装もされていない山道と木々が茂った森林ばかり。見慣れた町並みの気配は微塵にも感じられない。どうして私はこんなところにいるんだろう。自分はさっきまで何をしていたんだっけ? 「もう暫く目を覚ましそうになかったら学園まで運ぼうかと話していたところでした」 「・・・・・・学園?」 「はい。一流の忍者になるべく忍術を学ぶ忍術学園です!」 「こら伊助。そう容易く正体を明かしてどうする」 窘める久々知と言う少年の声にしまったとばかりにしゅんと項垂れる伊助と呼ばれた男の子。彼ら二人を見つめながらは先ほど二人が口にした言葉を頭の中で復唱させた。 忍者。忍術。忍術学園。伊助。 そのままは伊助をまじまじと見つめた。そうだ、思い出した。伊助だ。二郭伊助。某教育テレビで夕方頃に十分間放送されるアニメに登場しているキャラクターだ。 「・・・・・・うそだ」 二人を見つめてはぽろりとそう零す。の呟きに二人が顔を見合わせて怪訝な顔をしようが、それにすら気付けず無言で頭を抱えた。 小さい頃から大好きだった世界だ。昔は弟と二人でテレビの前に陣取って見ていた覚えがある。さすがにこの歳になると見る機会は減ったが、バイトがない日は夕食を作りながら何となしに見ていた。 でも、何故そのアニメの世界に自分はいる?目が覚めたらアニメの世界でしたって…そんな話が信じられるか。そもそも、何がどうなってこの世界に来てしまったのだろう。 目覚める前、私は何してた? 「あ、あの!」 伊助の声にはかろうじて反応し、伊助の方を見つめる。すると彼はおずおずと何かをの方へと差し出した。それを見て、の脳裏に此処に来る前の出来事が鮮明に思い浮かんできた。 「貴女が倒れていた場所にあったものです。恐らく貴女の物だと思うのですが」 説明が足りていない伊助を補足するように久々知がそう付け加えたが、最早の耳には届いていない。 「―――あ」 耳に響くブレーキ音。眩しいライトの光。目前に迫った車体。そして母親の声。伊助から意識が途絶える瞬間までこの手の中に収まっていた携帯を受け取る。震える手でそれを開き着信履歴を開けば一番上に母の名が書かれている。 「おかあさん・・・」 絶望が駆け巡る。眩いライトに包まれるその直前、途切れ途切れに聞こえた母の声。あれは何て言っていたのだろう。それを知る事すらもう出来ないだろうと一瞬にして悟った。 BACK : TOP : NEXT 2008,12,02 |