「久々知先輩、これで全部ですか?」
両手で大きな袋を抱えて落とさないように気をつけながら伊助は自身が所属している委員会の委員長代行をしている兵助を見上げた。両手で抱えなければ落としてしまいそうな荷物でも、四つも上の先輩だと片手一つで事足りるらしく、兵助は空いている手で懐を漁り四つ折に畳まれた紙を取り出した。それは確か、出掛ける前に火薬委員会の顧問でもある土井半助から渡された買ってきて欲しいものが書かれた紙だ。紙を開き、兵助が一つ一つ確認しているのを伊助はじっと待つ。
「うん、これで全部だな」
「じゃあ学園に帰りましょう」
「ああ。伊助、落とさないように気をつけろよ」
「はーい」
先に歩き出す兵助に遅れて伊助もそれに続く。学園から一番近い町への買い出しだったので学園までの道のりはたいしたことはない。抱える荷物は重いと言えば重いのだが、これ程度なら学園まで我慢できるだろう。火薬委員会は人数が少ない。伊助と伊助の隣を歩く兵助の他に2年の三郎次と4年のタカ丸がいるのだが、後者の二人はそれぞれの学年で実習が入っているらしく仕方なく二人での買い出しとなった。
「そう言えば先輩」
「ん、どうした?」
「この買い出しのお金はどこから出たんですか?」
確か、前回の予算会議でタカ丸が雑費代について甘酒代等と書いてしまったが為に火薬委員会の予算はゼロとなってしまったはずだ。その後、タカ丸がこってり半助の説教をくらったのは伊助の記憶に新しい。只でさえ、何してるのか分からない委員会等と言われているのだ。甘酒代なんて書いてしまってから他の委員会からの視線は更に冷たいものとなっている。
「ああ、これは授業で使う材料の買い出しだから学園からのお金なんだ」
「そ、そんな大事な物を僕達が買い出しなんかして大丈夫なんですか?」
「これも火薬委員会の仕事のうちだ」
「ほえー」
「まぁ本来は土井先生の仕事なんだけど、他に用事があるらしくてな」
「だから僕達火薬委員会に任されたんですね」
「そういうこと」
一つ一つ丁寧に説明してくれる兵助を伊助は見上げた。何をしているか分からないとか、影が薄いとか級友達からは酷い言われようの火薬委員会だが、実のところ伊助はこの委員会が嫌いではなかった。委員長は居ないし、人数は少ないと様々な面で不利ではあるが、他の委員会と比べれば随分と平和な委員会だ。火薬委員会にはギンギーン等と徹夜で鍛錬に参加させるような先輩がいなければ、いけいけどんどーんと叫びながら後輩を連れ回す体力バカな先輩も居ない。それ故に目立たないが、大きな問題は何一つ起こさない平穏に日々を過ごすには一番最適な委員会だった。

「うわっ!」
「伊助!」
兵助を見上げるようにして歩いて足元が不注意になっていた。伊助の足は何かに引っ掛かったらしく体が傾く。両手で大事に抱えていた荷物が腕の中から飛び出した。受け身をとるよりも先ず、伊助は精一杯腕を伸ばして手から離れた荷物を拾おうとする。これでもし、折角買ったものが台無しにでもなれば火薬委員会の評判が更に落ちてしまう。必死な思いで伸ばした腕は何とか荷物に届き、しっかりと掴んで腕の中に引き寄せた。そしてこれから来るだろう衝撃に目を瞑る。しかしその衝撃は待ってもあらわれず、変わりに自分のお腹辺りに腕が回されていることに気付いた。
「久々知先輩!」
「危なかったな。平気か?」
「はい。ありがとうございました」
「にしても何に引っ掛かったんだ?」
町から離れ、人の通りも少ない山道だが、ここらは平坦な場所で人が通る道にしては歩きやすい場所だ。転びそうなものなど何もないはずだ。兵助の言葉に伊助は自分が引っ掛けたものを見た。そして、驚きのあまり数歩後ろに飛び退く
「く、久々知先輩!ひ、ひひ人の足が・・・!」
道の横は草が生い茂っていて、そこからほっそりとした白い足が片方だけ道端に飛び出していた。伊助が引っ掛かったのは正にそれだった。咄嗟に死体か何かと思った伊助は兵助の後ろに逃げ込んだ。兵助の服の裾を掴む。死体が、こんなところに放ってある筈がない。そう思いながらもその予感を捨てられず、そんなものに足を引っ掛けてしまった自分が恐ろしくなる。どうしよう、と頭を悩ませていると伊助、と自分を呼ぶ兵助の声とポンポンと何度か優しく頭を叩かれた。
「安心しろ。死んでなんかいない、ちゃんと生きてるぞ」
「ほ、本当ですか?」
「ああ、よく見てみろ」
死体かもしれない、なんて思っても口に出してはいないのに。伊助の態度からそれらを察した兵助は勘が鋭いというのか肝が据わっているというべきか。兵助の声に促されて恐る恐る彼の後ろから顔を出して茂みの方を見た。道端に飛び出た色白の足。やっぱりこれだけ見たら死体かもしれないと思ってしまう。その足の先を追うように茂みの中を覗きこむ。
「・・・・・・女の人?」
伊助が見たのは草むらの中に眠っているかのように倒れている女の人。女性にしては短めの髪が顔にかかり、どのような容姿をしているかははっきりと確認できない。伊助が足を引っ掛けたにも関わらず反応がないことを考えれば、気を失っているのだろう。目を覚ます気配も見られない。困惑気味な顔で伊助は兵助を見上げた。
「先輩、どうしましょう?」




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2008,12,01