とんとん、と叩かれた戸の音には返事をした。
「失礼します」
少しして開かれた戸から顔を覗かせたのは伊助と庄左ヱ門だ。礼儀正しくも入る前に頭を下げる二人に微笑ましさを感じながら招き入れる。それから用意しておいたお団子を準備しお茶を淹れる。どちらも食堂のおばちゃんからお裾分けしてもらったものだ。
毎日時間を見つけては様子を見に来てくれるこの小さな来客には救われている。授業であった出来事を話してくれたり学園の事について教えてくれるのだが、その実が自分を心配してくれているのだと気付くのには時間を要さなかった。
さん、伊賀崎先輩のペットに出くわしたって聞きましたけど」
お団子を頬張る伊助の隣で庄左ヱ門がお茶を啜った後に口を開く。その姿は何とも落ち着きがある。あぁ、と昨日のことを思い出すを余所に初耳だったのか伊助が驚きのあまり頬張っていた団子を咽喉に詰まらせてむせた。
「伊助!?」
「お茶っ!伊助君、お茶で流し込んで」
咽喉元を押さえる伊助に駆け寄って湯呑を渡す。真っ赤な顔でごくごくとお茶を飲み込む伊助の背を優しく叩きながら落ち着くのを待った。
「し、死ぬかと思った・・・」
「大丈夫?」
「・・・はい。すみませんでした」
元の位置に戻りながらすっかり空になった湯呑に新しくお茶を注ぎ、伊助の前に置く。
「伊助は知らなかったの?」
「うん。全然知らなかった。さん大丈夫でしたか?」
「まぁ何とかね」
あの後ジュンコは竹谷によって飼い主の孫兵の元に帰され、その日の夕食時に厨房の方にまで顔を見せた孫兵に丁寧にお礼まで言われた。特別何かしたわけでもないはどう反応すればいいのか困ったものだった。
「竹谷君と兵助君が来てくれて、それで竹谷君がジュンコをあっさりと捕まえたから」
「うわぁ・・・逃げたのジュンコだったんですか」
「咬まれたりしなくてよかったです!」
伊助の言葉に苦い笑みを浮かべてしまう。竹谷曰く何もせず大人しくしていたおかげだろうとのことだがそれは逃げ出そうとしたら危険だったかもしれないと言っているようなものだった。思わず冷や汗が出たである。
「でも偶然にも久々知先輩と竹谷先輩が通りかかるなんて運が良かったんですね!」
にっこりと笑った庄左ヱ門の発言には一瞬固まり、それから思い出した。
「・・・そうだった!」
「どうかしたんですか?」
「団蔵君にお礼言ってなかった」
「団蔵?」
緊迫した空気から解放されたことであまり気にしていなかったが、事情を知っていた竹谷達に後になって疑問が生じたのだ。それについて二人に聞けば通りかかった団蔵が教えてくれたのだと言う。あれから姿を見せなかったのでどうしたのだろうかと気にしていたのに安心感で気が抜けたのと、夕食の準備が迫っていたことで記憶の隅へと追いやられてしまっていた。そのことをは二人に簡単に説明してみせた。
「そうだったんですかぁ」
「団蔵は、昨日は確か委員会で呼び出しがあったみたいですけど」
いつもの元気が欠けている団蔵を伊助も庄左ヱ門も目撃している。いつもの事ながらご愁傷様としか声のかけようのない状況に仲間達は笑って彼の肩を叩いていた。
「ねぇ伊助君、庄左ヱ門君。団蔵君がどこにいるか分かる?」
助けてくれたのは竹谷と兵助だったが、その二人を呼んでくれたのは紛れもない団蔵だ。今更感はあるが、団蔵にお礼を言わなければの気が済まない。
「団蔵は今なら忍たま長屋にいると思います」
「案内しましょうか?」
「いいの?」
「「勿論です!」」
二人揃って笑顔で頷く。早速とばかりに立ち上がって両側から手を引いてくれる。この二人には世話になりっぱなしだ。そう思わずにはいられなかった。



「団蔵ー入るよ」
文机に頬杖をついて今日出た宿題に目線を落としていた団蔵はハッとなった。昨日の委員会の疲れがまだ残っているのかいつの間にか瞼はとろんと落ちていたらしい。まだ少しぼぉっとした意識のままに振り返る。顔を見なくても声で誰が来たのかは分かる。開けられた戸の先には声をかけた庄左ヱ門、その隣には伊助がいた。二人揃っての登場に団蔵はすっかり目を覚ました。この二人、特に伊助が団蔵・虎若の部屋を訪れた時は良い思い出だった試しがない。
「な、何だよ。部屋の片付けも溜め込んでた洗濯もこないだ終わらせたばっかりだろ!」
思わず開口一番にそんな事を言ってしまった。けれどもしょうがない。伊助が団蔵と虎若の部屋を訪れる時は決まって溜め込んでいた洗濯物を洗うよう説教されたり、部屋を片付けろと煩く言われ伊助の監視のもと大掃除が行われるのだ。それに加えて庄左ヱ門まで揃ってるのでは団蔵が身構えてしまうのも無理はない。
そんな団蔵に二人は顔を見合わせて笑った。それから違う違うと首を振る。
「今日はそんな理由じゃないんだ団蔵」
「さすがにぼくも委員会でお疲れの団蔵にそんなこと言わないよ」
「じゃあ二人して一体どうしたんだ?」
肩すかしを食らわされた気分の団蔵は不思議そうに聞く。それにお互い目配せをした伊助と庄左ヱ門は頷いて後ろを振り返った。丁度戸が死角になって二人が向いた先が見えない団蔵は訳が分からないとばかりにぽかんとするしかない。
「こんにちは団蔵君」
二人の視線に促されるようにして入ってきたに団蔵は吃驚した。
さんっ!?」
「お邪魔するね」
伊助に手を引かれては団蔵のすぐ側まで来て腰を下ろした。庄左ヱ門が開けっ放しだった戸を閉めてからの隣に座る。
「どうかしたんですか?」
伊助と庄左ヱ門、それにまでもが揃って自分に何の用だろうか。
「団蔵、委員会が大変だったのは分かるけど昨日の事もう忘れたの?」
「昨日・・・?」
「委員会の前は何してた?」
庄左ヱ門、伊助に言われ団蔵は昨日のことを振り返る。いくら計算しても合わない帳簿に時間ばかりが過ぎていき、ようやく終わったかと思えば会計委員長の鍛錬に委員全員で付き合わされて…徹夜は免れたがヘトヘトになって自室に帰ってきた。そんな記憶が強すぎた。しかし無理矢理それを振り払ってその委員会の前の出来事を思い出す。
「・・・・・・・・・あーー!!!」
暫くして大きな声を上げたかと思えば団蔵は口を挟まずに座っていたへと振り向いた。
さん!昨日あれから大丈夫でしたか!?」
どうして忘れてしまってたんだろう。大事なことだったのに。
「団蔵君が竹谷君と兵助君を呼んでくれたから平気だったよ」
たいするは焦り顔の団蔵に笑いかける。
「今日はねお礼が言いたくて二人にここまで案内してもらったの」
「え?」
「ありがとう」
団蔵の目を見ては告げる。きっと団蔵本人は大層な事をしたとは思っていないかもしれないがにとっては違う。頼れる人が少ないこの学園で、あの時偶然にも通りかかったのが団蔵だったことはにとって幸運だった。通りかかったのが他の生徒だったらあんな風に助けを求めることなんて出来なかったに違いない。
「そんなお礼を言われるようなことしてませんよ」
思ったとおり困惑気味の団蔵にはくすくすと声を上げて笑った。


「それで戻ってこれなかったんだね」
「はい、呼んでくるって行ったまま戻ってこなくてすみませんでした」
「さっきも言ったけど私は感謝してるの。だから謝らないで」
宿題をそのまま放置した団蔵の部屋では何とも和やかな空気が漂っていた。
「それにしても会計委員会って大変なんだね」
「そうなんですよ!」
「なんせ地獄の会計委員会なんて言われてるくらいだからね」
「戦う会計委員会とも言われてるよね」
伊助と庄左ヱ門の言葉に団蔵ががっくりと項垂れる。それを見た二人がまぁまぁと肩を叩いて励ましているのを微笑ましく見つめていたはかたり、と戸口の方から聞こえた音に振り返った。
さんどうかしましたか?」
の様子に気付いた伊助が問いかける。
「ねぇ、物音がしなかった?」
三人は揃って首を横に振った。どうやらその音を聞いたのはだけだったらしい。しかしその直後庄左ヱ門が何かに気付いて立ち上がった。
「庄左ヱ門?」
「もしかしたら・・・」
足音を立てぬように戸口へと近寄った庄左ヱ門が耳を澄ませる。そうして聞こえてきた声にやっぱりと内心で思いながら戸に手をかけ、思いっきり開いた。
雪崩れるようにして部屋へと入ってきたのは1年は組の良い子達。「うわぁ」「ぐぇ!」などと押し潰された子達の声が部屋に響く。
「皆一体どうしたのさ?」
「あはははは」
呆然とそれを見つめるの隣で伊助が動くに動けないままの仲間たちに声をかければ、皆一様に何ともいえない笑い声を上げた。
「あのね、わたしときり丸としんべヱが伊助と庄左ヱ門を見かけたんだ」
一番に話し始めたのは乱太郎だった。
彼が一番下の位置で押し潰されているのは最早不運以外の何の理由でもないだろう。
「そしたらさ、二人ともくのたまの長屋に入ってくだろ」
続けてきり丸が口を開く。くのたま長屋は男子禁制だ。それを知らないはずがないだろう二人が堂々と入っていくものだから乱太郎、きり丸、しんべヱは首を傾げたのだ。
「そこで待ってたら二人がさんを連れて戻ってくるから気になってそのままついてったの」
おっとりとした口調のしんべヱに二人が頷く。
「その三人をぼく達が見かけて皆で団蔵の部屋の前まで来たんだ」
まとめたのは兵太夫だ。それに他の皆も同意するようににっこり笑った。
「だからって皆で押しかけなくっても」
「庄左ヱ門と伊助ばっかりズルイよ。ぼく達だってさんと話してみたかったんだもん」
「でもさんを見かけることなんて全然ないしさ」
「だからこの機会を見逃すなんて勿体ないことは出来ないと思って」
「おまけにいつの間にか団蔵も仲良くなっちゃってるし」
どこか拗ねた口調の級友達には反論の言葉が出なかった。
「ってわけでさん!」
「あ、はい」
「ぼく達もお喋りに混ぜてくださーい!」
無邪気な笑みに嫌などと誰が言えるだろうか。
全員が納まるには狭い部屋にわらわらと入ってくる子達に頬が緩む。
は組の生徒達の事は伊助や庄左ヱ門がよく話してくれていたが、本当にそのままだなと思う。それに皆仲が良い。この子達ならば無条件で信じられる。向けてくれる満面の笑みを見てそんな気がした。




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2009,02,07


これでは組の子達とは仲良くなります。それに伴って出番も増えるはず。