歌舞伎町の夜はネオンに包まれ、賑わいは昼のそれ以上の場所も存在する。スナックすまいるも同様に仕事は日が暮れてから朝日が見え始める頃まで。店は多くの客を迎えていた。もお妙のヘルプにつき、客に酒を勧めながらとりとめのない会話に花を咲かす。 「えぇーちゃん辞めちゃうの?」 頬を赤らませた客の言葉に控えめに頷く。が今週一杯で辞めることをどこからか耳にしたらしく残念そうに項垂れる客の姿をここ数日で何度か目にした。 「そうなんですよぉ。本当に残念だわ。さんが居てくれて私も助かってるのに」 お妙のそのセリフも何度目だろうか。聞く度に嬉しくなりながらも苦笑するしかない。近藤からの依頼のおかげで知り合うことになったお妙だがは彼女とは何かと気が合うと思っていた。その容姿からは想像出来ぬ凶暴な性格を知ったときはさすがに驚いたが、今ではそれも彼女らしさだと思えてしまう。 「そんな顔しないでください。忙しい時は手伝いに来ますし、時間が出来たらまた顔を見せますから」 にっこりと笑みを浮かべてグラスを差し出す。受け取った客がそれを一気飲みの如く飲み干す様子にお妙に目配せしながら手を叩いて持て囃した。 昼間、依頼結果を報告した近藤の姿はまだ見ていない。両手を握られ土下座してお礼を言われた時は困惑したが、それほど近藤にとっては貴重な情報だったのだろう。土方に隊士への示しがつかないから辞めてくれと引き離されていた姿が面白くて思い出しては笑えてくる。果たしてどのようにしてプレゼントするつもりかは知らないが早ければ今日中にでもお妙の元に来るのではないかと踏んでいた。 「さん、指名ですよ」 一礼して告げられた言葉に腰を浮かす。ヘルプとして入ることが多いが、中にはを気に入って指名してくれる人も少なくはない。客とお妙に詫びを一言入れては席を離れた。 繋がる絆 05 「……よぉ、この不良娘が」 案内されたテーブルに座る男に固まる他なかった。自身を指名してくれる客は全員顔と名前を覚えていたが、そこに座る男はその誰にも当てはまらなかった。偉そうに足を組み、両腕は広げてソファの背凭れに放り投げている。ポカンと口を開けたまま立ち尽くすだったが、数秒の後には立ち直り、銀髪の男を見下ろして一つ息を付く。 「天パーの娘になった覚えはないけど」 「誰が天パーだ。天パーをなめんじゃねぇぞコラ」 銀時の悪態をさらりと無視してはその隣に座る。どこで聞きつけたのかと思ったがそう言えば新八はがここで働いているのを知っていることをすぐに思い出す。 「女漁り?」 「ちっげーよ!んなことしなくても銀さんモテモテだから」 「見栄張らなくてもねぇ」 「おい喧嘩売ってんの?売ってんですかコノヤロー」 相変わらずな様子に耐え切れず吹き出す。本当に変わらない。 声をあげて笑うを横目で銀時はじっと見た。再会した時点で見間違う筈はなかったのだが、こうして話していれば確かな実感を得る。やがて笑いが収まったが銀時の視線に気づいて眉を下げて微笑んだ。 「…久しぶり銀時」 あの日、確かにこの掌から零れ落ちた存在となっていた幼馴染。既に遠い記憶となった存在が今こうして隣にいることが不思議な気分だった。銀時はポリポリと頭を掻く。 「たくよォー生きてんなら連絡くらい寄こせっての」 「消息不明の相手にどう連絡すればいいのよ」 は嘆息する。何か言いたげな銀時を見やり何となく彼の言いたいことを察した。 「私、死んだことになってたんだね」 再会した時、驚愕し青褪めていた銀時の姿を思い出す。今思えばあれは死んだ筈の人間が当たり前のように立っていることへの驚きだったに違いない。彼は確かお化けや幽霊と言った類が苦手だった筈だから。が化けて出たとでも思ったのだろう。無理もないか。ふっと自嘲げな笑みが浮かぶ。 「見つかったのはおめーが愛用してた刀だけだったからな」 「あの刀見つけてくれたんだ」 「あの後どうなったかは覚えてねーがな」 「…そっか」 明るく振舞おうとした声は、思っていたよりも低いトーンで呟かれる。周囲の騒がしい声が嘘のように二人を囲む一帯だけが酷く重苦しい空気に包まれていた。自然と下に落ちた視線の先では己の掌をじっと見つめた。同じ年頃の女性のそれと比較すると皮膚は固く厚い。見た目では分からないそれは触れられれば一発で剣術を学んだ者のそれと分かる。その事を悔いたことはないが、何とも言い様がない気分に襲われる。 悔いているのは刀を握ったことに対してではないのだと本当は知っているからか。護りたかったモノが何一つ護れず、代わりに大切なモノは次々とこの手から零れていった。掬い上げようともがいても変わることのない現実。それでもまだ大切なモノがあったから刀を握り続けていた。負け戦だと言われても帰りたかった場所が確かに存在したから、戦い続けた。終わりは、足音もなく訪れてから全てを奪っていった。 「まぁ…なんだ、生きてんならそれで十分だ」 不意に、頭の上に大きな掌が載せられ、次々と蘇ってきた過去の残像は消え去る。隣の銀時を見やれば何ともやる気のなさそうな顔がそこにあった。目が合うとその顔に確かな笑みが浮かべられる。 「……うん」 その掌が温かな何かを注入してくれたような気がした。言葉の中に込められたモノがちゃんと伝わってくる。銀時の言う通りだ。生きていたから、また会えた。それは決して悲しいことではなかった。途切れてしまったと思っていた繋がりは気付かぬほどに細かったけれど確かにまだ繋がっていた。それで十分だった。 「せっかく来たんだし飲んでく?今日は奢ってあげるよ」 「え?マジ?いやー助かる。銀さん金なくって」 「ただしドンペリとか高いのはなしね」 そう言って笑うの顔は昔見た笑顔と何ら変わらない。あの頃、確かに自分達のすぐ側にあった笑みで、自然と銀時にも笑みが浮かぶ。 「ところでお前ここで働いてんの?」 何杯目かの酒を仰いだところでふと疑問に思ったことを口にする。そう言えば新八が臨時で働きに来てるとか何とか言っていた気がしないでもないが、銀時は真面目に聞いていなかった所為で記憶は曖昧だった。空になったグラスにお酒を注ぎながらが答える。 「仕事上ここで働く必要がどうしてもあってね」 「ふーん。その仕事ってのは?」 「私ね、今情報屋やってるの」 袖の袂から一枚の名刺を取り出し銀時に差し出す。 「その依頼内容上ここで働いてたってわけ」 名刺の名前を携帯番号を眺めながら銀時は数週間前、新八が言っていたことを思い出す。江戸で噂の腕の良い情報屋のことを。あの時新八が言っていた情報屋と言うのがのことなのだろう。知り合いか、と言う新八の問いに適当に流してしまったがあながち外れてはいなかったと言うことだ。 「なるほどね。随分と儲かってるみたいじゃねぇか」 「え、知ってるの?」 「新八が言ってたんだよ。どんな情報も依頼すれば売ってくれるってな」 噂になるくらいだ。それなりに依頼は舞い込んで来ているのだろう。不定期にしか依頼人が訪れない万事屋とは大違いに違いない。 「んで、どんな依頼なんだ?」 「それは言えないわ。依頼内容は漏らさないのがうちの商売のルールなの」 興味本位で聞いているのがとって見える銀時の顔には眉を寄せながら軽くあしらう。今回に限ってはも依頼人もお互いにルールを破ってしまっているので今更な気がしたけれども。 グラスを空にした銀時の為にお酒をもう一本頼む。と、こちらに向かってくるお妙の姿を見つけた。 「さん……あら、銀さん来てたんですか」 「来てますけど何かー?俺だってな飲みたい時はあんだよ」 酔いが回り始めてるな。薄っすら赤い銀時の頬を見ては次の一本で最後にするべきかと考え始める。銀時とお妙が知り合いだったことに驚いたけれど、すぐに新八繋がりだと思い当たった。 「いつもの間違いなんじゃないんですか?しかもさんを独り占めして」 「んだよ、こちとら客だぜ?なんか文句あんのかよ」 「お金も碌にない人が何言ってんですか?しかもそんなにも飲んで」 「あー…お妙ちゃんいいよ。放っておいてあげて。今日は私の奢りってことになってるし」 「そーいうことですぅ。だから飲ませろってんだ」 お妙の額に青い筋が浮かぶのが見えた。何だかこのままでは不味い気がしてお妙の注意を引こうと会話に割り込む。もう完全に酔い始めている銀時は少しくらいは放っておいても害はない筈だ。そもそも他のお客の相手をしていたお妙がわざわざ自分のところに来ると言うことは何か用があったんだろう。 「お妙ちゃん、どうかしたの?」 「ええ。たいしたことじゃないんだけどね、さん暇な時ってある?」 「え?」 仕事の話だとばかり思っていたはきょとんとお妙を見た。そんなにお妙は懐から薄っぺらい紙を二枚取り出した。 「実はねゴリラから温泉旅行のタダ券を貰ったの。良かったら一緒に行かないかと思って」 にっこり満面の笑みのお妙に対しては温泉旅行のタダ券をまじまじと凝視した。それからお妙が接客していただろうテーブルの方にゆっくりと視線をずらす。 「………」 案の定、と言うべきかそこには仰向けに倒れ、恍惚とした顔で気絶している近藤の姿があった。 2008,11,15 →明瞭な瞬き 01 |