「これ全部食べていいアルか?」 瞳を輝かせて問う神楽には笑って頷く。 「もちろん」 「キャッホウ!最高ネ。どっかのマダオとは大違いヨ」 「誰がマダオだ!おい神楽んなこと言ってる奴にケーキなんざやれねぇな」 銀時の言葉などお構いなしに神楽はが手土産にと持ってきた何種類ものケーキに手を伸ばす。その神楽の隣で新八はお茶を注いで銀時、神楽との前に置く。最後に自身のを注いで一口啜った。 「神楽ちゃーん?聞いてる?」 「銀時が買ってきたケーキじゃないでしょ。それにこれは新八くんと神楽ちゃんに買ってきたの」 「え?おい、じゃあ俺の分は?」 「あるわけないでしょ」 先日のお詫びの意味を込めての手土産だ。その侘びは神楽と新八への侘びであって、決して銀時へではない。 「オィィィ!酷くない?何で俺だけなしなんだよ」 「甘い物控えなきゃ駄目なんでしょ?」 「お前なんでそれ知ってんの?」 「情報屋を甘くみないで」 ケーキへと手を伸ばす銀時の手をピシャリと叩く。ケーキをのせた皿を遠ざけ、そのまま銀時の隣に座る新八の方へと差し出す。 「新八くんも早く食べないと隣の天パーにとられちゃうよ」 「そうネ。銀ちゃんにやるくらいなら私がもらってやるヨ」 もごもごとケーキを頬張りつつ、神楽の手が銀時の横から伸びてくる。気付いた新八が慌てて自分の目の前の皿を避難させた。 「ちょっとォー誰も食べないなんて言ってないでしょ!」 「チッ」 神楽の目の前にはまだ幾つかのケーキが並べられている。それらを銀時の手から守りつつ新八のケーキにまで手を出す。万事屋三人の掛け合いが面白く黙って様子を見守っていたに一息ついた銀時が頃合いを見計らったように声をかけた。 「んで、何の用だよ?」 明眸の瞬き 01 「実はね依頼をもってきたの」 隙を狙っては神楽と新八のケーキを奪い取ろうとする大人気ない姿に見兼ねて、仕方なく残っていたいちごのショートケーキを銀時に差し出す。目にも留まらぬ速さでそれを受け取り遠慮なく頬張る姿に呆れながら本来の目的を告げた。依頼、と言う言葉に3人の動きが一瞬止まる。 「それはほんとアルか、姐御」 「おいおい、からかってるんじゃねぇだろうなぁ?」 「そんなわけないでしょ」 目がマジなところを見ると相当依頼に餓えているようだ。疑惑の眼差しの銀時とは対称に新八の神楽の顔はまともな依頼が入りそうだからなのか綻んでいる。 「依頼と言うのはさんが?」 「私じゃなくて、私に依頼してきたお客さんなんだけどね」 そう前置きして、経緯を3人に話し出す。 が営んでいるのは情報屋だ。仕事はあくまで情報を売ることであって、その情報を受け取った依頼人がそれをどう利用するかはの与り知らぬ部分である。依頼を受ける際、前以ってそのように説明をするのだが、中には情報を得ただけでは意味がないと言い出す客も少なくはない。今回の客の場合もそうだった。 「依頼人の大事な簪が盗まれてしまったみたいで、依頼を受けて犯人を突き止めたの。けど、犯人がまぁそれなりに腕っ節の良さそうな男でね、依頼人はまだ若い女性だから自分では取り返せそうもないって言うの。その男他にも金目の物を盗んでいて近々まとめて売り捌くみたいなの。だからそうなる前に取り返して欲しいってわけ」 盗まれた簪は伝統工芸品で値が張るものらしく、それが狙われた理由だった。ただ高額なだけなら盗まれた時点に諦めていたのだが、依頼人にとってその簪は母の形見なのだと言う。だからどうしても取り返して欲しいと、切に懇願され、も無碍に突き放すことが出来なかった。 「ふーん、なるほどねぇ」 「どう?受ける気はない?」 悪い話ではない。情報屋のにとっては情報を売る以外の仕事を引き受けることは、今までの依頼してきた客への裏切りにも繋がってしまう。どうにかしてあげたいと考えていたところで思い浮かんだのがこの万事屋だった。彼らは常に依頼が入っているわけではなさそうだし、お金にも困っている。依頼の金額の問題にしても情報屋への依頼とは別途で依頼料も払うことは依頼人側にも既に了承をとっている。銀時達が断る理由はないはずだった。なので余計な口出しはせず、は黙って銀時の返答を待つ。 「…しょーがねぇな。おめェがどーしてもって言うんなら引き受けてやるよ」 やや間を置いて、そんなえらそうなセリフが返ってくる。上からな物言いだが、は特に反論もせず、ただ僅かに頬を緩めた。 「じゃあハイこれ。依頼人の連絡先と住所」 懐から取り出したそれをはスッと机の上に置き銀時達の方へと差し出す。 「あとはお願いね」 「ってオイ!俺らだけで行けってか!?」 しっかりメモしてある紙を受け取りつつも銀時の叫びが飛ぶ。その紙を覗き込むように新八と神楽が身を乗り出す。 「依頼人にはちゃんと説明してあるから。私が行かなくても大丈夫でしょ」 「仲介人ならちゃんと最後まで務めを果たせってんだ。俺らに丸投げじゃねぇか」 不満気な銀時を一瞥し、は面白げに唇に笑みを乗せる。 「別に受けてくれなくてもいいのよ。他に頼む宛てもあるし」 「喜んで行かせて頂きますッ!!」 銀時が受け取った紙を取り返そうと腕を伸ばせば、ひらりと交わされ、すかさずそんな返事が返ってくる。は満足そうに笑った。それを見た銀時から恨みの篭った視線が送られる。さすがに怒ったかと取り繕う言葉を探していると、何か閃いたように銀時の顔が怪しげな笑みに変わった。 「よーし、そんじゃその代わり俺らが帰ってくるまでここの留守番頼むわ」 「……は?」 「それと確かおめー料理は得意だったよな?疲れて帰ってくる銀さんの為に美味い飯頼むぜ」 「ちょ、銀時?」 何か企んでいる時の顔だ、と思ったときには遅かった。の返答などまるで無視して銀時は話を進めていく。 「ちょっと銀さん!いくら何でもそれは!」 「美味い飯作れるアルか?!」 銀時を諌めようとする新八の困惑した顔と、美味い飯と言う単語に飛びついたのか輝かしい笑みを浮かべた神楽の顔には言葉を詰まらせる。新八はともかく、神楽のその笑みはに拒否の言葉を呑みこませる程の効力を持っていた。純粋なその笑みを落胆に変えさせてしまうのは忍びないような、そんな気がしてしまうのだ。 「もう銀ちゃんと新八の手抜き料理は飽きたアルよ!」 「そーだろそーだろ。神楽の為にも作ってやってくれよ、な?」 いつもなら神楽に否定の言葉を浴びせる筈の銀時は今回、ここぞとばかりに神楽に同意する。が情に厚く、押しに弱いことを長い付き合い上銀時はよく知っている。同時に彼女が一度決めてしまえば、何があってもそれを貫き通すことも。 「ちょ、手抜き料理って…銀さんと一緒にしないで欲しいんですけど」 「何言ってんだ新八ィー。男の手料理なんてみんな同じようなもんだ」 「あんたの料理とだけは一緒にされたくないわっ!!」 ニンマリ笑う銀時を怒鳴りつけてから新八は悩んでいる様子のに振り返る。 「あの、さん。銀さんのバカな提案に付き合わなくてもいいんですからね」 「…新八くん」 「確かにまともな食事とは言えませんけど、パンのみみを齧ってたときよりはマシですし」 「………パンのみみ」 はじとりと視線を銀時に移す。ちょうど、その無言の追求から逃れるように銀時は視線をあらぬ方向へとずらした。その行動が先ほどの新八の言葉が事実だと告げていた。深い溜息がから零れる。 「育ち盛りの子にそんなもの食べさせるなんて」 「しょーがねぇだろ。お前と違ってうちの家計は火の車なんだよ」 「だとしても、それは酷すぎるわよ」 銀時はともかく、神楽も新八もまだまだ成長の過程にある。栄養がありバランスのとれた食事を摂ることは最低限、必要なことのはずだ。 「ご飯作って留守番してればいいのよね?」 「え、さん?」 「作ってくれるアルか?」 「新八くんと神楽ちゃんの為にね」 「おい、俺の分は!?」 喚く銀時をさらりと無視して、は夕食の献立を考え始めた。 2008,12.01 →明瞭な瞬き 02 |