往来のど真ん中で立ち止まる。そして後ろを顧みた。新八や神楽達と別れてから大分立つので、その姿は既にどこにも見られない。あの、銀色の髪の男も。けれど、にはとても鮮やかに驚きに満ちたその顔が浮かんでいた。 「…銀時……まさか江戸にいるとはね…」 ポツリと呟く。行方知れずだった幼馴染の一人とあんな形で再会するなど誰が想像できただろうか。お妙の弟・新八のことを詳しく調べ上げていればその再会はもう少し早く迎えていたのかもしれない。銀さん。そう親しげに新八が呼んでいたことを思い出す。おそらく、彼が働いている万事屋の主人が銀時なのだろう。何度か顔を合わせ、話をしているうちに新八の勤め先を知ったのだが今回の依頼とは関係ないだろうと調べることはしなかったのだった。 「全然変わらないわね」 口許に笑みが浮かぶ。数年ぶりに会った彼は何も変わっていない様子だった。少しくらい変わっていてもいいのに、と思うのに心のどこかで変わっていないことが嬉しくて堪らない。 新八にもああ言ったし、神楽との約束もある。近いうちに訪ねにいこう。その時は、久しぶりと笑って、昔のように話せれたら良い。そんなことを考えながら止めた足を動かし、目的地へと向かう。 繋がる絆 04 特別警察・真選組屯所。はその門の入口に立った。近藤に依頼を受けてから数週間。お妙が働くスナックすまいるに潜り込み情報を聞き出すと言う手段に出た為に時間がかかってしまったが、それは仕方ないだろうと思う。それに働いている間に分かったことだが近藤は時間があればお妙に会いにスナックすまいるに足を運んでいるようだった。顔を合わせた時はお互いに驚いたが近藤はその理由を素早く察知して初対面を装ったおかげで事は上手く運んでくれた。同時に近藤のお妙への愛の深さと、お妙の近藤に対する感情がどのようなものかも把握できてしまった為に今回の依頼は無駄になるのでは、と内心で思案していた。物でつられるようなことは先ずありえないだろう。プレゼントだけ受け取って本人は殴り飛ばされるに違いない。確信を得られる未来に何ともいえない気持ちになる。 けれど、依頼は依頼。受け取った情報をどうするか、それがどのような結果になるかはには関わりのない部分だ。これは仕事。情報を得るのに対して労した分の報酬は頂かなければならない。近藤に依頼の結果を告げるためには屯所に足を踏み入れた。 「あの、すみません」 入口には誰もいなかった。警察にも関わらず無用心だなと思う。勝手に敷地内に入ることに多少なりとも抵抗はあったが、意外にも中は広そうなので入口で声をかけても誰も気付いてはくれそうになかった。の声に対しての返事はない。近くに隊士は居ないのか。もう少し奥まで進んでみようとした矢先、背後に気配を感じた。 「誰でィ、あんた」 背筋に冷たいモノが走る。それは感じたことがある感覚。振り返れば刀の切っ先が向けられていた。刀を一瞥し、それを構えた男を見る。真選組の隊服に身を包んだその男は自分よりも歳が下に見えた。殺気を放つわけでもなく、けれど隙を見せずただを見据えている。ごくり、と唾を飲み込んだ。 「うちに堂々と浸入するたァ、良い度胸ですぜ。あんた何者だ」 真相を吐かせる為なのか、角度を変えて突きつけられる。脅しではないのだと語っているようだった。 「近藤さんに御用があって参ったのですが…門に見張りの方がいらっしゃらないので人を探して足を踏み入れてしまっただけです」 全てを語るわけにはいかない。嘘はつかず、しかし事の次第を省略しては答える。胸元に突きつけられた刀に生きた心地はあまりしないが冷静さを失うことはなかった。 「もうちょっとマシな嘘をつくことだねィ。あの人に女が訪ねてくるなんて天地が引っ繰り返ってもありえねェや」 「…そう言っても現に私が訪ねてるんですけど」 仮にも部下が真選組のトップに対してなんて言い草か。しかし、きっぱり断言する辺り、以外に近藤の元に女性が訪ねてきたことがないのだろう。顔とストーカーにも似た行為はともかく、人柄は悪くはないと思うのに。依頼を受ける時に話した印象とスナックすまいるでのお妙とのやり取りを見ていても悪い人ではないことくらい分かる。ただお妙曰くゴリラと呼ばれるその容姿故に親しくなる前に女性が近づかないのかもしれない。 「おい総悟どうかしたのか」 そんなことをつらつらと考えていると入口の方からまた一人、誰かやってきた。男が口にした総悟と言う名に自分に刀を突きつけている青年を一瞥する。これでも情報屋だ。江戸の町のある程度の噂は網羅している。真選組で「総悟」と呼ばれる男は一人しか存在しない。一番隊隊長沖田総悟。先鋒をきって切り込みを主とする一番隊の指揮を執る人物であり、真選組随一の剣の使い手だ。その名は新聞でもよく見かける。厄介な人物に会ってしまった。 「土方さん、不法侵入を許すたァ副長として失格ですぜ。責任とってその座を俺に渡してくだせェ」 「誰が渡すか!つーかそりゃ俺の所為じゃねぇだろーが」 沖田に怒鳴り返した後、その視線はを捉える。 「不法侵入だと?」 「近藤さんに用があるって言うんですが、ありえねぇ話にも程がある」 「そりゃ確かにそうだな」 この人たちはどこまで上司を蔑む気なんだろうか。こんな部下ばかり持つ近藤が些か可哀相にも思えてきた。は煙草を口に銜えた土方と呼ばれた男を見上げる。こちらも有名な人だ。真選組を纏める鬼の副長・土方十四郎。真選組の頭脳とでも言うべきか。沖田に引き続きどうしてこうこちらが不利になりそうな相手ばかり現れるのだろう。状況は更に悪化している。先ほどの銀時との予想外の再会と言い、ひょっとして今日の自分の運勢は最悪なんじゃないだろうか。 「あんた何者だ?」 土方の鋭い眼光に沖田からは刀を向けられたまま。逃げ場も何もないその状況にさすがには困惑の色を顔に滲ませた。近藤に用がある、と言う理由じゃ疑いは晴れないらしい。仕事上、自分で作り上げた規律はきっちり守ってきたつもりだったがこの場合は致し方ないだろう。それに今回の依頼人ならば、このことも許してくれそうな気がする。賭けてみるしかなかった。 「私は情報屋のと言います」 「情報屋だァ?」 「はい。数週間前、近藤さんより依頼を受けまして本日はその報告に参っただけです」 包み隠さず語ることはさすがに出来ない。情報屋は顔が割れると動き辛くなる。依頼人はともかくそれ以外の人間に正体がバレるのは極力避けるようにしたかった。が、今回の場合は事情が事情なので諦めるしかなかった。 「…依頼っつーのは?」 沖田と土方が顔を見合わせる。半信半疑なのは二人の表情が物語っていた。 「それは私からはお話出来ません。依頼内容は多様無言を誓ってますので。これでもお疑いになるのなら近藤さんに直接聞いてみてください」 依頼を受ける際に内容については多様無言を貫くと説明し、近藤もそれに従うことを約束してくれたのだ。己の素性を明かすことはともかく、依頼内容はどうあっても語ることは出来ない。 「だから、とりあえずその刀は収めてもらえませんか?」 こちらが喋っている間すらも隙を見せず、怪しい動きでもしたら斬るとばかりに向けられている。息をつくことすら気を遣うこの状況だけはどうにかしてもらいたいたかった。 「トシに総悟。何やってるんだ?」 砂利、と背後で音がしてどこかで聞いた声が聞こえる。肩越しに振り返れば探していた相手が漸く姿を見せた。近藤と目が合う。 「こんにちは近藤さん」 「あれさんじゃあないですか…って総悟、何刀向けてんのォォォ!」 収めなさい!と言う窘めの言葉に渋々と言った様子で沖田が刀を収める。圧迫感がなくなりホッと肩を落とす。よほどのことがない限りはすぐに斬られることはないだろうと思っていたがやはり生きた心地はあまりしない。に駆け寄り頭を下げる近藤を宥めつつ苦笑を零した。 「で、近藤さんソイツは本当に情報屋であんたが依頼したのか?」 冷静さを失わないのは真選組副長の威厳か。未だに向ける眼差しに鋭さは消え失せない。疑われていることは一目瞭然だった。 「え?何でトシがそのこと知ってんの?」 「スミマセン近藤さん。私がお話したんです。刀を向けられてしまっている以上黙っているわけにもいかず…ですが依頼内容は決して口外してませんので」 きょとんとした顔の近藤にすかさずは謝罪する。依頼を受ける側のがルールを破ってしまうことは前代未聞だ。依頼人の情報は守ったがそれでも信頼を失うに値する行為をしてしまった自覚はあった。 情報屋は信頼が命。信用を失えばもう二度と依頼は持ち込んではもらえない。顔が割れるとやり辛い仕事だからこそ、一度依頼を受けた相手からの信用は重要だった。 「さん、顔をあげてください」 優しく叩かれた肩と声には下げていた頭をそっと上げる。 「うちの奴等が乱暴をしたみたいでスミマセン。けど悪気があったわけじゃないんですよ。許してやってください」 「近藤さんっ!」 「トシ、総悟。この人は怪しい人じゃない。事実通り俺が依頼した」 を背に庇い土方と沖田にきっぱり釘を刺す。その言葉には局長としてではなく、一人の人間としての威厳があっては目を丸くする。お妙を相手にしている時とはまるで違う。凛々しさを漂わす近藤の背を見ながら、普段からこの姿でお妙に接していれば少しは与える印象も違うだろうにと思う。 「じゃあ近藤さん、一体何を依頼したんですかィ?」 沖田の言葉にぎくりと言った様に近藤の肩が飛び跳ねる。 「べ、べべべべべつにお妙さんの欲しいものを調べて欲しいなんて頼んでないからね!それでお妙さんの気持ちを惹こうなんてこれっぽっちも考えてないから!」 「いや、全部喋っちまってるから近藤さん」 土方の煙草を吹かしながらの冷静なツッコミに近藤が焦り顔になる。あっさり依頼内容を吐いた近藤に今しがたの自分の謝罪の必要性を感じざる得なかった。ここまで悪意なく規約を破った人間は初めてだ。それを誤魔化すように近藤が顎に手を当てゴホンと咳を一つした。 「とにかく総悟、さんに謝りなさい。理由もなく女性に刀を向けるもんじゃない」 肩を落として溜息を付く。何だかもうどうでもよくなってしまった。 「近藤さん、もういいですよ」 「え?ですが、」 「勝手に敷地内に入った私にも非があります。お互い様ってことで片付けませんか?」 冷静に考えれば沖田の行動は度が過ぎたかもしれないが当たり前の反応でもあった。許可も得ずに他人の敷地に足を踏み入れたの行動が原因でもある。刀を抜く行為はさすがにやりすぎだとは思うが、そこは敢えて口にはしなかった。 「それよりも依頼の件のお話をしたいのですが、お時間はありますか?」 「もちろんです!」 先ほどまでとは打って変わったようにパァと笑顔になる近藤には苦笑した。 2008,11,01 →繋がる絆 05 |