「銀ちゃん」 神楽の声に銀時は視線を右下へ落とした。傾けた傘の隙間から神楽の双眸が真っ直ぐ銀時を見上げていた。 「新八が何か気持ち悪いネ」 眉間にシワが寄っている神楽を見つめ、それから自分達より数歩前を歩く新八へと視線を移す。万事屋を訪れた時から気付いていたが今日は機嫌が良いらしい。ツッコミの鋭さは相変わらずだが何をするにも文句の一つも漏らさなければ時折鼻歌も聞こえてくる。 「何か変なものでも食ったアルか?」 今にでもスキップを始めてしまいそうな新八は確かに変だ。気持ち悪い。神楽の言うこともよく分かる。 「男にはそういう日もあんだよ。放っておけ」 「なにヨそれ。意味分からないネ」 納得がいってない様子の神楽は、けれどそれ以上追及はしてこなかった。銀時は前方を歩く新八をもう一度見た。何か良いことでもあったんだろう。話したくなればそのうち嫌でも上機嫌で話し出すだろう。なのでわざわざこちらから聞いてやる必要もない。 「銀ちゃん」 神楽の足が止まる。 「あァ?」 「やっぱ新八気持ち悪いアル」 どうやら気になって仕方ないらしい。銀時はめんどそうに頭を掻きながら神楽を見下ろす。 「いーんだよ。それにホラ、アイツが機嫌良いと夕飯もサービスしてくれるかもしれないぞ?」 「マジでか?」 「そーだ。だから変なこと言って機嫌損なわすなよ」 「分かったアル!」 元気な返事が返ってきて銀時は一息付いた。神楽を納得させるにはやはり食べ物で釣るのが一番だ。 繋がる絆 04 銀時と神楽が足を止めているうちもそれに気付かず新八が歩を進めていた為にかなり距離が開いていた。スッキリした顔で傘を回しながら歩く神楽の一歩後ろを銀時は歩く。 「あ、」 不意に神楽がそんな声をあげた。 「銀ちゃん、新八が女と話してるアル」 傘の中から真っ直ぐ伸ばされた腕が前方を指す。それを追うように少し先を視線で追った銀時も新八が女性と親しげに話している姿を目撃する。遠目から見ても新八より歳が上に見える女性相手に照れながらも笑顔で話すその様子に銀時の中でピンと糸が繋がる。なるほど、上機嫌の理由はコレか。お通ちゃん一筋等と言っていたが新八もやはり男だ。手の届かない存在より手を伸ばせば触れる事が出来る相手の方が良いということだ。一人納得し、頷く銀時をよそに神楽は新八の方へと駆けていった。 「新八ー誰アルか?その女」 「か、神楽ちゃん!」 神楽のでかい声がペースを速めることもせずのんびり歩く銀時のところまで聞こえてくる。新八の慌てたような声もそのすぐ後に耳に届く。人の事を言える立場ではないが全く周囲を気にする様子もなく騒ぐので既に注目の的だった。 そんな中でのんびりとした穏やかな笑い声が聞こえた。控えめで、けれど可笑しそうに笑う声はどうしてか耳に馴染む。新八と喋っていた女の笑い声だ。そう気付いた時、新八と神楽を見つめて笑う横顔が視界に飛び込む。一瞬時が止まった。銀時の中で心の奥底にしまい込んでいた記憶が溢れ出す。 『銀時』 そう自分を呼んで笑う姿が鮮明に甦る。 「銀ちゃーん!」 「銀さん!」 いつの間にか立ち止まってしまっていたらしい。神楽と新八が大きな声で自分の名を呼ぶ。その声につられるようにして女がこちらを振り返った。はっきりと視線が交じり合う。 「……銀時…?」 驚きで見開いた双眸が揺れていた。小さな呟きは銀時の元にまで届かなかったが、その唇が紡いだのは確かに自分の名だった。 一瞬、軽い眩暈を覚えた。少し遠くにいる銀髪の男をはよく知っていた。彼のその髪色はそうそう見かけるものではない。何より、長い付き合いのある幼馴染を見間違うはずがなかった。気付いた時にはその名を、口にしていた。 「さん?」 「ーどうしたアルか?」 新八と、たった今新八の紹介によって知り合った神楽が自分の名を呼んでいる。だと言うのにそれに応えることもせず、じっと視線は銀時にすえられていた。瞬きすることなく見つめた先にいる銀時の顔は驚愕の表情に満ちていた。…無理もないかもしれない。最後に銀時の顔を見た頃を思い出せばそれは道理と言うもの。 「さん、銀さんと知り合いなんですか?」 ゆっくり新八を振り返る。哀愁を漂わせるような笑みを新八に向けた。 「…うん」 そこに含まれた感情に新八が目を瞠る。自分で聞いておきながらどう応えればいいか分からず新八は押し黙る。困惑に満ちた顔を見て、はその笑みを苦笑へと変える。年下に気遣わせてしまうなんて失態もいいところだ。 「新八くん、神楽ちゃん」 うろたえたような瞳と、きょとんとした瞳がを見上げる。 「もうちょっとゆっくり話していたかったけど、残念ながらこれから用事があるの」 申し訳なさそうに瞳を伏せ、それから一度銀時を見た。彼はまだその場でありえない者を見るような顔をして立ち尽くしている。 「また改めて万事屋、だっけ?顔見せに行くから」 「もう行っちゃうアルか?」 「ごめんね。次行く時はお土産にケーキか何か持ってくから」 「分かったネ。約束アルよ!」 妙にあっさり頷いた神楽の瞳はきらきらと輝いていた。そんな神楽に頷き返して、黙ったままの新八に視線を移す。 「新八くん。詳しいことはまた今度に。何なら銀時に聞いてくれてもいいから」 「あの、何だかすみません…」 「新八くんは謝るようなことは何もしてないよ」 でも、と言いかけた新八の言葉を制し、それじゃあまた、と二人に向かって微笑んだ。それから少し離れた位置に立つ銀時にも。 の背が見えなくなったところで二人は銀時へと駆け寄る。その頃には彼の顔も普段のそれと全く変わらない表情をしていた。ただ何事か考えるかのように視線は二人をとらえることはない。それと些か顔色が悪い気がしないでもない。神楽も新八も、二人そろって銀時の名を呼ぶ。 「…新八ィ。何アレ、俺一瞬幻覚見えたんですけど?」 今はもう誰もいない先を見つめて青褪めた顔で喋る銀時。心なしか声も震えているような気がする。 「何言ってるんですか幻覚じゃないですよ」 「そうネ。ちゃんと存在してたアル」 「じゃああれか。ゆ、幽霊とか言うんじゃないだろうなァ?」 幽霊?そんなわけがない。新八はきっぱり否定する。いきなり何を言い出すのかと胡乱気な顔で銀時を見上げれば、今度は何か気付いたかのようにハッと目を丸くして思案するように視線があらぬ方向へ向けられた。 「銀さん、さんと知り合いなんですか?」 おそるおそる銀時に問いかける。知り合いであることはが認めているが、あの時の笑みは新八の心に引っ掛かった。銀時に聞くことも躊躇われたが、どうしても聞かずにはいられなかった。 「あ?…あーまぁ、昔の、な」 言葉を濁す銀時にこれ以上は踏み込めまいと新八も神楽も気付く。空気がどんよりと重たいものに変わって、新八は言葉を閉ざす。立ち入ることが出来ない領域にもどかしさを感じる。それがのことだから余計にそう感じるのかもしれない。 「……おら、行くぞ」 漂う空気を払拭させるように二人へと銀時が声をかけ先に歩き出す。の去った方向をもう一度顧み、そして銀時の背を追うように新八も歩き出した。 2008,10,24 →繋がる絆 04 |