「あ?情報屋ぁ?」 胡乱気な顔で死んだ魚のような目が新八に向けられる。 「何アルかー?その情報屋って」 神楽の興味を惹いたのか酢昆布をくわえたまま新八を見上げた。 「最近ちょっとした噂になってるんですよ。どんな情報も依頼すれば売ってくれるらしいですよ」 「ふーん、阿漕な商売なこった」 「あんたが言えた義理じゃないだろ」 万事屋なんてやってる時点で阿漕と呼ばれても弁解しようのない。誰にも訴えられていないのは奇跡だと、ここ最近新八は強く思うようになった。 「んでその情報屋が何だってんだ?」 「いえ、別にどうってわけじゃないんですけど、似たような職業なんで銀さんなら知ってるかなーと思いまして」 万事屋と情報屋。万事屋にも似たような依頼が入ったことが幾つかある。完全に同じとは言えないが類似している職業と言っても間違いではないだろう。歌舞伎町には顔の広い銀時だ。もしかしたら知り合いだったりするのではないかと、噂を聞いたときそんなことを思ったのだ。が、銀時の反応を見ると外れだったらしい。 「さぁーな」 ごろりとソファに横になりジャンプを広げ出す。 「何だヨ。全然面白くないアル。だからお前はダメガネって言われるネ」 神楽も面白そうだと感じなくなったのか捨て台詞よろしく立ち上がり定春を連れて出て行った。途端静かになった万事屋で、新八は湯呑を手にしお茶を啜った。銀時が知らないと言うのだから本当に知らないのだろう。 ただ、新八は何か納得がいかないように小さく唸る。彼の勘のようなものだがその情報屋が気になったのだ。何かがあるような気がして。 (…気のせいかな) そんなことを思いつつ、夕食の材料がないことを思い出した彼も立ち上がった。 繋がる絆 02 「姉上ー只今帰りました」 夕食の支度を済ませてから万事屋を後にし、自宅に戻った新八は姉がいるだろう部屋の襖を開ける。この時間ならまだ出かけていないはずだ。 「お帰り新ちゃん」 「こんにちは。お邪魔してます」 返ってきた返事は二つ。そこには姉以外の人物が一人。新八の声に顔を此方に向け、丁寧に頭を下げた。 「あ、どうも」 つられて頭を下げてしまったのは彼の性分か。顔を上げればにこりと微笑むその女性と目が合った。歳は姉よりも幾つか上だろうか。おしとやかで清楚さを感じさせる大人びた微笑にあまり女性に慣れてはいない新八の頬が僅かに赤くなる。 「新ちゃん、こちら仕事で仲良くなったさんよ」 「仕事ってスナックすまいるのですか!?」 「はい。お妙ちゃんには色々仕事教えてもらってほんと感謝してるんです」 肩にかかる程度の短い髪が笑う度に静かに揺れる。驚きのあまり目を剥くようにして怒鳴り声を上げてしまったにも関わらずの表情は変わらない。夜の店で働くイメージとは結びつかないと思うのは自分だけだろうかと新八は思った。 「さん、こちらが前話したと思うけど弟の新ちゃんよ」 「話したって何話したんですか、姉上。変なこと教えてないですよね」 「あら変な事って何かしら?私はただありのままを教えただけよ」 薄ら寒くなる姉の笑みを見て嫌な予感を覚える。別に疚しいことをした覚えはないし、恥じるようなことをした記憶もない。が、相手は姉である。新八の行動をどう受け止めているかは定かではない。 「オィィィ!!何だよその笑み!姉上、僕は真っ当に生きてますからね!」 「なに言ってるの新ちゃん。当たり前じゃない。真っ当に生きてもらわなきゃ姉弟の縁切ってるわ」 血の繋がった可愛い弟に向かって平然とそんな事を言ってのけるのはお妙くらいだろう。もう何言っても無駄だ。笑みを崩さない姉に新八は肩を落とした。くすくすと忍んだ笑みが聞こえて我にかえる。一瞬、の存在を忘れてしまっていた。 「仲良いのね」 お妙と新八を交互に見やってまた笑う。自分達を見つめる瞳が眩しい光を見つめているかのように細められる。 「よ。よろしくね新八くん」 そう言って差し出された手を新八は戸惑いながらも握り返した。 「へぇ、じゃあ期間限定での仕事なんですか」 新八の言葉にが頷く。夕食を食べ終え、お茶を注ぎながらも会話は続く。今日は姉の妙がを誘ったらしい。夕食を終え、これから二人一緒に仕事に向かうのだと聞いた。新八にとっては今日一日は終わったようなものだが姉も目の前のも一日はこれから始まるようなものだ。改めて姉が選んだ仕事は大変なんだと感じる。ただ当の本人はそれなりに楽しんでるようなので別に何も言うことはないが。 「そう。人手が足りないからって知り合いに頼まれたの」 「そうなんですか。あの店意外と大変なんですね」 「でもお妙ちゃんのおかげで楽しく仕事させてもらってるわ」 「すみません。姉上が、その何か迷惑をかけてませんか?」 お妙は今仕事に行くために準備をしているらしい。待たせる間、の相手をきっちり弟に押し付ける辺りちゃっかりしている。期間限定の仕事とは言え、家に呼ぶほど親しくなったのだ。もお妙のその容姿とは裏腹の性格・行動を目の当たりにしているだろう。弟として何ともいえない気持ちになりながらも恐る恐る聞いた。 「全然。むしろ助けてもらってばかりよ」 一度はきょとんとして新八を見ただがすぐに笑顔に変わる。その言葉にホッと胸を撫で下ろした。とりあえず本人に迷惑はかけていないらしい。 「それでね新八くんに聞きたいことがあるんだけど…」 「僕にですか?」 お茶を注いだ湯飲みをの方へと差し出す。両手で暖をとるようにそれを受け取ったは一度、ちらりとお妙が出て行った襖の方を見た。 「もうすぐ期間が終わるんだけど、お世話になったお礼に何かしたいと思ってね」 「姉上にですか?」 「うん。お妙ちゃんが今欲しいものとか何か知らない?」 先ほどよりも幾分か潜めた声で襖の先をちらちらと気にしている。果たしてお礼をする程のことを姉がしたとは思えなかったがはいたって真剣な表情だった。なので新八も頭を捻らせ、ここ最近姉と交わした会話を思い浮かべた。 働いて貯めたお金は生活費と借金の返済に回されている。決して贅沢出来る生活ではなかった。けれど姉も欲しい物の一つや二つはある筈だ。問題はそれを口にして言っているかどうかだ。昔から新八に心配させまいと弱音も甘えも吐かない人だった。故に本来思っているはずの思いもしまい込んでいることもありうる。 しかし折角自分を頼ってくれようとしてくれているのだから力になってあげたかった。自分の記憶を必死に思い起こそうと更に頭を捻らせる。 「―――そういえば」 新八の脳裏にある日の記憶が駆け巡る。 「物、じゃないんですけどゆっくり旅行をしてみたいって…」 姉は働き始めてから長期の休暇など一度もとったことがなかった。月に数回の休みは貰っているが連休で休みを貰うことは先ずなかったので遠出をした記憶はない。 丁度、今の仕事を始めて数週間程経った頃だろうか。何気なく姉が口にした言葉は新八の耳によく響いた。 "一度くらいゆっくりどこかに行きたいわねぇ" 漸く仕事に慣れ始め気が緩んだのと、逆転生活での疲れが見え始めた時だった。だからこその言葉でそれ以降そのような事を言ったことはないが、あれは確かに姉が漏らした本音だった。 「…旅行か」 復唱し思案するように新八から視線が外れた。こんなんで役に立てただろうか。些か不安だったが他に姉が何かを欲しがっていた覚えはない。……いや、色々物騒な要望は耳にした気がするがそれをに伝えるのは憚られた。何よりプレゼントとしては向かない。 「新八くん」 「あ、はい」 視線が再び新八を捉える。 「情報提供感謝するわ。ありがとう」 満面の笑みを向けらる。どうやら役に立ったらしい。ホッとして新八の頬も緩んだ。 2008,10,16 →繋がる絆 03 |