眩しい光が肌を突き刺す。暦の上では春なのに燦々と地上を照らす熱は既に夏の暑さに似ている。良い天気だと呟きたくなるほど綺麗な青空の下、私は立っていた。人気のない屋上で肌が焼けることを懸念しながら。数歩分の距離をとって真向かいに立つ彼を窺いながら。さっきから無言を貫き通され困惑の色が顔に表れる。じわじわと首筋辺りに汗が滲んできて気持ち悪い。気休め程度に吹く風だけが救いのように感じた。それは光を吸い込んでキラキラ輝く彼の金色の髪を静かに揺らす。

平古場凛。
現在クラスメイトでもある彼とこうして時間を共有していることが不思議。ただ時間ばかりが過ぎていく中、何度目かの視線がぶつかった。彼の唇がゆっくりと開くのを見つめながら私はその様子を他人事のように感じていた。





01





トントンと踵を鳴らす。最近新調したばかりのローファーはまだしっくりと馴染まなくてどことなく落ち着かない。履き慣れて磨り減ってしまったローファーが懐かしい。ピカピカの靴に目線を落としつつ校舎を飛び出した。強い西日が眩しい。真っ直ぐ歩いて校門を目指す。ゆったり歩く私を何人もの生徒達が追い越していく。楽しそうに繰り出される会話。何となく聞こえてしまうそれに悪いと思いながら歩いていれば思わぬ話題が出て脈が波打つ。どこから聞きつけたのか知らない噂に冗談交じりの意見を交わしていく様をいつの間にか足を止めて見つめていた。
甲高い笑い声が遠くに響いていく。放課後に突入してから絶え間なく聞こえてくるパコーンと言う音の方に振り向いた。ざわざわとざわつくのはどうしてか。嫌な予感を胸に抱きつつ何事もなかったように止めてしまっていた足を動かす。



高校を出て数十分と歩いたところに喫茶店がある。レトロな外観と落ち着いた雰囲気が人気でOLから女子高校生まで幅広い年齢層の心を射止めている。小さくて可愛らしい門をくぐり店の戸を開ければチリンと涼しげな音が鳴る。いらっしゃいませ、と店員の明るい声に出迎えられた。

「なんだか」
「なんだって…。今日はお客なんですけど」

私の姿を捉えた途端、紫乃は営業スマイルを引っ込めて肩を落とす。その姿にムッと言い返せば慣れた様子でカウンターの席に目線を配らせた。毎度のことなので私も文句は押し込み素直にそれに従って鞄を隣の椅子に置き座った。こじんまりとした店内は学校帰りの女子高生でいくつかのテーブルが埋まっていた。勝手知ったるとばかりに店内を観察する私の目の前にグラスに注がれた水が置かれる。カチ・と氷がぶつかる音に視線を戻す。何か飲む?と視線で告げてくる彼女に「いつもの」と言えば心得ているとばかりに既に新しいグラスを取り出したところだった。

彼女は私と同い年で中学は一緒に比嘉中に通っていた。偶然にも三年間一緒のクラスで親友と呼べる程の間柄になっていた。当然高校も一緒のところにいけるのだと思っていたけれど、彼女は進学を希望しなかった。そうきっぱりと私に言った。あまり深くは踏み込めず詳しいことは知らないけれど家庭の事情らしい。両親が離婚していることは知っていたからその辺りに関係がありそう、だとは思うけれど。今は母親が経営しているこの喫茶店をこうして手伝っている。しかし高校に進学しないと言うのは紫乃自身が自分で決めたことらしく彼女の母親の本音は普通の高校生活を送ってほしいようだった。彼女と母親、それに担任を挟んだ話し合いが何度も行われ、結果母親の方が折れる結果となった。
それでも勉強することは自分の為になるからと言う母親と担任の押しに負け、今は通信制の高校に入学し自宅学習に励んでいる。勉強と部活に、バイトと遊びと。義務教育から抜け出して少しだけ自由を手にする高校生活は誰もが青春を謳歌する時期だというのに彼女はそれを全てあっさりと捨てた。その裏にどれだけの苦悩が隠されているだろうか。いつだって笑顔を忘れない彼女は素敵だと、決して口にはしないが心からそう思っている。
店の手伝いと自宅学習。両立する彼女の手助けが出来たらと休日と忙しい日にバイトを始めたのは高校に入学して間もない頃。それからもう一年が過ぎていた。バイトの日以外では今日みたいにお客として顔を見せる。それは日常の一部と化していた。

「人入ってるみたいだね」
「おかげさまでね」

ぼんやりと照らされるお店の中は外とは一辺して涼やかで暑い日差しの中を歩く女子高生達の休憩所のような存在となっていた。店の雰囲気がそうさせているのかお客の九割が女性で私が知る限りでも男性が訪れることはまずなかった。お客である彼女らもそれを熟知しているのか周囲を気にすることなく様々な話をよく通る声で語ってくれる。たまに、思いもよらぬ暴露話などを耳にすることも少なくはない。

「そう言えばさ、さっきのとこの学校の生徒が来てたさァ」
「私の知ってる子?」
「全然。先輩っぽかったから。でさ、面白いこと話してた」

レモンティーを差し出したついでにカウンター越しに身を乗り出した紫乃に私も顔を近づける。普通の声で話してしまえばお客に聞こえかねないのはここでバイトをしている私も店を営んでいる彼女もよく知っている。
私の通う高校の近場と言うこともあってうちの生徒の子もよくこの店に寄り道している。その為に紫乃はうちの高校の情報を私よりも早く掴んでくることがある。

「あの平古場くんが振られたって」

ひっそり告げられた内容にあの時と同じ、脈が波打つ。幻か、私の脳裏に瞬き一つ見せない真摯な瞳が浮かび上がる。けれどそれは一瞬のうちに跡形もなく消え去る。
大げさな程の驚きか、はたまた素っ気無い返事を期待したのか。どちらにしろ何の反応も示さない私に唇の端を持ち上げていた紫乃は訝しげな顔を向ける。ぎこちなく、私はそんな彼女を見上げた。

「それ言ってたのどんな人だった?」
「顔まで覚えてないけど、どうかしたんばー?」

私を追い越していった人達の顔は見てないけど先輩ではなかったような気がする。それに私がこの店に来るまでの間に彼女達がこの店に来て、出て行ったとは考えにくい。と言うことはそれを噂していた人は私が見た人とは別人と言うこと。
ざわついた心と嫌な予感を感じた理由。それがちらつかされた気がして肩を落とす。訳が分からないと首を傾げる紫乃へ小さく手招きをした。どうせ話す予定だったし、話しやすくなったと思えばいい。

「どこから聞きつけるんだろうね。誰もいなかったはずなのに」

顔を近づけた紫乃の瞳が大きく開かれていくのを見つめ苦笑する。ストローをかき混ぜながらカチカチと氷がぶつかる音が私の心音を正常に戻していく。パチパチと何度か瞬きを繰り返した紫乃が確かめるように「しんけん?」と聞くのに頷き返して、レモンティーを口にする。

「はぁやぁ。なんて言ったらいいのか」
「うん。私もでーじしかんだよ」

彼とは今年初めて同じクラスになった。小学校は別だったけれど中学は私や紫乃同様に比嘉中に通っていて、その頃から彼のことは知っていた。比嘉中テニス部を全国へ導いた立役者の一人でもあり、自らが校則を違反しているにも関わらず風紀委員に所属していた風変わりな人。それに加えて金色の長い髪に端正な顔立ちをしている平古場くんは女の子からも絶大の人気を得ていた。だから本当に驚いたのだ。中学の間、彼との接点はなかった。今年になって初めて同じクラスになったけれど彼と話したことは多分一度だってないはず。それに、

「でもさ、確かちょっと前に彼女と別れたばっかじゃなかった?」

そう、それだ。その噂は校内で広まり一時期ひどく騒がれていたから最早うちの生徒なら誰だって知っている。高校一年生の冬頃、あの平古場くんに彼女が出来たと話が出回った。中学の頃から人目を惹き、多数の告白を受けてきたのに浮いた話がコレと言ってなかった。その分、その当時から密かに想いを寄せていた生徒達には衝撃的だったに違いない。その彼と付き合うことになった彼女がどれだけ羨望され嫉まれただろうか。関わりはなかったけれどそういった不穏な噂は流れに流れて私のもとにも届いてきた。傷つき疲れ果てた末の別れなのかどうかは知らない。彼女が別れを切り出したのか、それとも平古場くんだったのかも。噂を流す生徒達にとって重要だったのはそこではなくて平古場くんと彼女が別れたことにあったのだから。

「二年になってすぐだったかな」
「一ヶ月前か」

休み時間、通りすがりの生徒たちがチラチラと教室の中を覗いている姿を何度も目撃している。それらは全て平古場くんの姿を探していたんだろう。堂々と覗けないにしてもあれだけ好奇な視線だと鈍い子ですら気付いていた。現に私がそうだったし。当の平古場くんはと言えば机に突っ伏して眠りこけているかふらりと教室を出てしまい不在だったりと覗こうとした生徒達にとっては残念な結果に終わったに違いない。

「明日学校は大騒ぎだね」
「人言みたいに」

ほんの数時間前の出来事なのにどこからか話は漏れて既に一部の生徒に知られている。明日登校した頃には学校中に広まっているんだろう。ちばりよー。そう言って苦笑する紫乃に返す言葉もなく項垂れた。




2008/09/13