※伊助と三治郎が意味もなく女体化してます。ご注意ください。














 不思議と覚えていることは多かった。沈んだ意識の中でおぼろげながらも映り流れ行く光景は目が覚めても確かに自分の中に残っていて、記憶は拡張の一途を辿っていく。少しずつ増え行くこの記憶が急激に覚醒したのはかつての級友達と再会したときからだった。懐かしい顔触れを前に目頭がじん、と熱くなって、まるでそれが当然のようにするすると名前が出てくる。そうやって驚くほど順調に浮かびくる記憶に、なんの疑問も抱いたことはそれまでなかった。あの日、夏の終わりの境目までは。

「なぁ伊助ちゃん、何で思い出せないんだろ」
「そんなこと僕に聞かないでよ」

 だらしなく机に頭を預ける俺の上から呆れたような伊助の、あの頃よりも少し高めの声が落ちてきた。視線を動かして見上げた先の伊助と目が合うと苦笑される。その笑い方が以前よりもずっと穏やかで丸みがあるのを感じると、ああ変わったなぁと思う。

「伊助くらいしか相談できる相手がいないんだけど」
「相談くらい乗るけどさ、今の僕としては団蔵よりもの味方かなぁ」

 俺達とは離れた席で三治郎と話すを見て伊助が口元を緩める。その笑い方はこの時代にて見かけるようになった、女の子特有の笑い方って奴だと思う。性別を変えて現れた級友に心底驚きはしたけれど根本的な部分は何一つ変わってなどいなくて相変わらず世話焼きで放っておけない性質の伊助に相談事を持ち込んだのは彼・・・じゃなくて彼女がとも親しいからだった。

「まぁいいけどね。今回は庄ちゃんもの味方みたいだし」
「・・・」

 庄ちゃんの名前を聞くたびに夏の終わりを思い出す。心臓が早鐘を打って、焦燥がかきたてられて、何かが燻る。庄左ヱ門の手から奪うように抱え込んだその体は予想以上に小さくて細く、そして柔らかかった。おさえこんだ口元から漏れる吐息の温かさを思い出せば心ががざわつく。あの感覚は忘れようとしても忘れられるものではなかった。
 それ以来だ。視界にちらつく回数が俄然増えた。ちらつくだけじゃない、俺自身が気になって視線を向けてる。どんな些細な表情でさえも新しく見つける度に新鮮さと懐かしさに襲われる。きっと知ってるんだ。俺は、を。を見てると無性に抱きしめたくなるときがあるし、寂しげに瞳を伏せる姿を見かければ名前を呼びたくなる。衝動だけでそうしてしまいそうになるのを堪えるのがどれだけ大変か。何も思い出せない俺が、それをやっていいわけがないんだ。待つ、と言ってくれたの為にも俺はやっぱり思い出さなくちゃいけない。庄左ヱ門の言う、一番大事な事を。

「団蔵は難しく考えすぎ」

 頬杖をついた伊助の言葉に無意識での方を見ていた視線を戻す。 その瞬間に眉間をぐいぐいとほっそりとした指先が押す。遠慮のないそれは決して痛くもなかったけれど、唐突な発言と行動にぽかんと伊助を見ることになった。

「そういうの得意じゃないのにあれこれと考えるからいけないんだよ」
「じゃあどうしろって言うんだよ」
「一歩引いて考えてみるんだよ。思い出そう、って考えるから思い出せないんだよ」
「伊助ちゃん、もう少し分かりやすく・・・!」
「つまりは庄ちゃんがに迫った時、団蔵は純粋にどう思ったの」
「どうって・・・」

 何かを考える間なんてなかった。二人の距離が近づくのを見て、体が勝手に動いた。俺の方へと視線を寄越してきた庄左ヱ門の眼差しが挑発しているようにも見えて、あの頃に負けも劣らない速さでを引き寄せていた。それは本能で動いたと言った方がしっくりと来ることで、意識なんてものはどこかに置き去りにしていた。けど今改まってどう思ったと言われたら、体を支配していたそれは―――。

「・・・嫉妬?」
「そう、それが答えだよ」

 独占欲とも言うかなぁ、と付け足される言葉にああ、そうなのかもと何だか頷けてしまう。多分その通りなんだ。

「団蔵にとってのがどういう位置にいた子なのか分かるでしょ?」
「・・・うん」
「じゃあもう大丈夫。それが何よりのきっかけになると思うよ」

 今までずっと順調に記憶は蘇っていて、なのに一番大事なことだけが思い出せない、それに焦りを感じて捉われすぎていたのかもしれない。本当に気にしなきゃいけない感情の部分をすっかり取り残してしまっていた。あの鼓動の高鳴りも奪われてしまうのではないかという焦燥も、胸のざわつきも全部一つの結果へと結びつく。誰にも触れて欲しくない、その笑顔を向けて欲しい、守りたいと思うそれは恋以外の何ものでもない。が、好きだったんだ。・・・いや、今も好きなんだ。 
 
「はい、相談は終わり。言っといで、泣かせたら承知しないからね」

 勢いよく立った衝動で椅子が後ろへと倒れていく中で伊助の落ち着いた声が背中を押した。