ひたと見つめる先は大抵決まってる。授業中のふとした拍子や休み時間に何気なく見るといつも彼女の視線の先には同じ人物がいた。は慣れたことのようにその相手に気付かれないように視線を送っていた。窓の外の景色を見ているかのような振りをしてみたり、相手の周囲が煩かったりするのを言いことにその存在が煩わしいとばかりにそちらを見てみたり。視線一つで彼女の恋愛事情が見てとれた。





覚醒少年






「栄口くん」

柔らかい声音に黒板消しを手にしたまま肩越しにを見た。自分の席に座り、日誌を書き込んでいた筈のその双眸が俺の方に注がれている。それだけだと言うのに、まるで魅せられたかのように身を硬くしてしまった。時間にして僅か数秒、その瞳に惑わされた時間はもっと長かったような気がしたけれど、本当に短い間のことだった。

「栄口くん?」
「え?ああ、なに」
「4限目って何だったっけ」
「確か選択だったと思うよ」

ああ、そっか。ありがと。くすりと微笑を最後に添えてお礼を言ったはあっさりと日誌へと視線を落とし、スラスラと書き込んでいった。しばらくその姿を見つめていたけれどそんな行為無意味だと気付き、黒板に集中を戻した。一通り綺麗に消してしまったから後は日直の名前と明日の日付を記入することだけだ。黒板消しを置き、真っ白なチョークへと手を伸ばす。自分との名前を消し明日の日直の人たちの名前を書き込む。ついさっきまで並んでいた筈の二つの名前があたかたもなく消えてしまったのが何故かとても虚しく感じた。

「栄口くんはさ、報われない恋をしてるんじゃない?」

こと、と全て書き終えチョークを置いたところで謀ったかのようには口を開く。手に付いた白い粉を払いながら振り返れば、は日誌を見つめたままだった。けれどその口元は緩やかに、仕方なさそうに弧を描いているんじゃないかと思った。

「何でそう思うの?」
「何となく。直感だよ」

黒板から遠ざかるように彼女へと近づいていく。やるべき事を終え、手持無沙汰になったからと言ってじゃあ部活行くから、なんて行動を起こす気にはなれず彼女の前の席を拝借する。予め花井に日直で部活は遅れるとメールを送ってあるからその辺りは何も心配はいらない。椅子を引く音に引きつけられたかのようには顔を上げた。パチリと目を見開き隠すことなく驚いたと表情を顕にするのは珍しい。

「部活行かないの?」
「日直だしね。書き上げるまで付き合うよ」
「――・・・優しいね栄口くんは。普通ならとっとと行っちゃうよ」

窺うようにじっと俺を眺めたかと思うとふっと崩して笑みを見せる。ありがとう、と紡がれる言葉はとても真実味を帯びている筈なのに素直に喜べないのはどうしてだろう。表面上はにっこりと笑っていいよ、なんて言えるのに。あとちょっとで終わるから、とはシャープペンシルを握り直す。

「それは誰の事を言ってるの」

好奇心からか、さっきのへのささやかな報復なのか自分でも判断はつかないけれど気付けば口走っていた。弾かれたように俺の見つめるは実にらしくない。いつもは綺麗に隠してばかりの感情を気遣うこともなく表に出している。そうさせているのは紛れもない自分なのだと分かってるんだけど。

「知ってた、の?」
「何となく。直感だよ」

ほんの数分前、彼女が口にしたことと同じセリフを笑みを携えて言ってみれば、気分を害したかのように眉が寄せられる。

「・・・・・・栄口くんは意外と意地悪なんだね」
は意外と嘘をつくのが下手だね」
「栄口くんが見抜くのが上手なだけだよ」
「そんなことないよ」

負けたよ、零すようにそう言ってはシャープペンシルを放り出した。諦めたように付く溜息と悔しそうな表情は全て誰でもない思いを寄せる相手の為のモノだと思うと、内心面白くはない。頬杖をついて話をする体勢になったはその視線と窓際へ、いや実際は彼の机へと向けた。

「想うだけなら自由でしょ?」
「そうだね」
「例え望みなんてないって分かってたって止められないんだもん」

が相手を想って見せる視線は酷く切なげだった。気付く度にその色は濃く深くなっているようで、ゆらゆらと揺れている。普段はまるでそんなことを見せないのは募る想いが強いからこそだ。気付かれて音もなく崩れ去ってしまった瞬間、全てを放り出さなければならないことを知っている。そしてそんな日がいつか来るということすら。

「栄口くんだって同じじゃない?」
「俺の場合はちょっと違うよ」
「どこが?」
「望みがありそうなところ」

日が経てば経つほど思いは募っていくのだと言うなら、そんな想いこれ以上募らなければいい。すっと伸ばした腕はいとも容易く彼女の手を掴む。驚いたように俺を見つめるにごめんねの意味も込めて困惑を滲ませた笑みを一つ。

「けどそれはがアイツを諦めてくれればの話、だけどね」

その日を先へと延ばし続けて、己を余計に苦しませるはめになるなんて俺はごめんだよ。



2007/08/29  thanks:SBY