頬杖を付いて窓の外を見つめる姿が何ともサマになっていて思わず見惚れてしまう。白亜の世界に閉じ込められていたかのように白い肌、ゆるくウェーブのかかった髪、憂い気な眼差し、彼を形作る全てが儚げに見せる。口を開けばそれらはウソのように掻き消えてしまうのにこうして言葉もなく見つめている今、何だか落ち着かない。

「…精一」
「ん?」
「日誌書き終わったよ」

部の日誌を書くのは私の仕事の一つだ。部活を終えたその後に書くことになるから帰る時間は必然的に一番最後となってしまう。帰りが遅くなることを配慮してはじめは柳が代わりに書いてくれていたが、只でさえ厳しい練習に打ち込む部員に負担をかけたくはないと進言して半ば無理矢理に仕事を奪った。それ以来、帰りは必ず誰かが送ってくれるようになった。自主練で残っている赤也やブン太と寄り道しながら帰ったり、収集した情報をまとめる為にと部室に残っている柳に送ってもらうことがあるが、一番多いのは部長でもある精一だ。部長としての立場上、やるべきことは多々あるらしい。柳や真田がサポートしているがそれでも幸村への負担は大きく部活後にこうして残ることが多い。

「それじゃあ帰ろうか」
「うん」

待たせてしまうのはいつも私の方。今日の練習風景を思い出し、レギュラーメンバーそれぞれの練習メニューを書き込み、気付いたことを細かに記入する。毎日続けているそれは、だからこそ書く内容に行き詰ることも多く、よく手を止めてしまう。日誌一つで頭を悩ませている間に精一は自分の仕事を終えてしまい、待たされる破目になる。私を待つ間、部長としての意見を聞かせてくれることもあるが、今日はどうやらそんな気分ではないらしくずっと窓の外を眺めてばかりいた。
日誌を既定の位置に戻し、鞄を手に取る。すでにテニスバッグを肩に提げた精一は部室の鍵を手にして入口で待ってくれている。明かりを消して私が出たところで鍵をかけた。

「さっきさ何見てたの?」
「さっき?」
「待ってる間。窓の外見てたでしょ」

陽が落ちる時間が少しずつ延びてきている。夏がゆっくりと確実に近づいて来ている。それは練習量が増えたことによっても感じさせられる。もうじき行われる期末テストが終われば練習時間もまた延長されるだろう。高校最後の年。大会に向かう三年の気持ちは中学時代の比ではないだろう。特に、中学のその時期の半分を病院で過ごすことになってしまった精一の心持ちは。最近、時間が空くと何か考えるようにぼんやりとしていることが多いのに気付かないわけがなかった。

「ああ、今度のテストのことを考えたんだよ」
「今から?」
は随分余裕そうだね」
「それ嫌味?」
「優秀なマネージャーが補習になったら困るからね」
「………私より赤也の心配をしたら?」
「赤也も確かに心配だけど、それは蓮二と弦一郎に任せることにするさ」
「面倒なだけでしょう」
「ふふ、俺はの勉強を見るだけで手一杯だからね」

決して成績が良いとは言えない私の勉強をいつだって見てくれていたのは精一だった。入院中でも、授業に出ていないにも関わらず私よりも内容を理解していてお見舞いと称してどれほど教えてもらったか。柳に注意を受けるほどだったから相当なんだろう。
誤魔化された感は否めなかったけれどテストの話となれば耳が痛く、事実精一に教えを請うつもりだった私は返す言葉もない。恨みがましく睨んでみても彼はおかしそうに笑うだけ。いつでも揺るがなく、弱さを微塵にも見せないからこちらが不安で堪らなくなる。それは部長の姿としては鑑のように完璧だけれど全てを抱え込んで欲しいとは思わない。



「……何か私頼ってばっか」

私に出来ることは何だろう。その疑問はいつも私の頭の中で回っている。マネージャーとして精一の為に何が出来たのだろうか。彼の優しさに甘えて頼ってばかりで、優秀なマネージャーとは間違ってもいえない。私の行く道を精一がいつも用意してくれるからそれにそのまま則って歩んできただけ。役に立ちたいと思うのに、迷惑をかけてばかり。日誌を書くのだってそう。引き受けたはいいけれど、私を送る為に帰ることが出来ないのじゃ全く意味がない。

「そんなことないと思うけどな」
「あるよ」

ぼんやりと物思いにふける姿が何よりの証拠だと言わずとも精一は気付いているはず。相談にすら乗れないマネージャーなんて頼りないもいいところだ。

「もっと頼ってよ。精一は部長だからって抱え込みすぎだよ」

最も親しい真田や柳にすら弱音など吐かない。いや、彼らだからこそ吐けないのか。だったら彼の中に蓄積されたモノはどこで発散されるのか。私は彼の鬱憤を晴らす相手にすらなれないのだろうか。

「そんなこと考えてたのかい?」
「悪い?」
「うん、悪いね」
「なっ…!」

うろたえることもなければ微塵の動揺も感じられない。私を見下ろす瞳は水面の如く波紋一つ起きない。奥底の感情を綺麗に覆い隠したその眼差しが私にはどうしても寂しげに見えてしまう。腕を伸ばしてその手を捉まえて存在を確かめたくなる。
険しくなる私の顔を見ながら苦笑した精一は宥めるように優しく頭を撫でた。

「俺の方こそに頼ってばかりだからね」
「え、ウソだ」
「本当だよ。俺が頑張れるのはのおかげだよ」

胡乱気な眼差しで見上げた顔は翳りなど感じさせない、優しく穏やかな笑みだったから知らずに息を呑む。初めて見る表情に直視出来なくて一度視界を遮断させた。呼び戻すように私の名前を紡ぐ声にゆっくりと視界に精一を映す。

「好きな子が傍に居てくれたら、それだけで充分だと思うのは俺だけかな」

自然なほどに私の手をとって歩き出す。足が地面に縫い付けられたように立ち止まっていた私はその手によって機能し始める。歩幅は違うのに置いていかれないのは繋がる掌から伝わる熱が私を動かす原動力になっているからか。何も返せずにいる私にちらりと肩越しに見下ろす精一はやっぱり優しい笑みを浮かべている。

「照れてる?」
「…うるさい」




やさしさを含む夏





20080706  ※たくさんの感謝を込めて。ゆんちゃんに捧げます!