別れを惜しみ教室に残って騒いでいたクラスメイトたちは一人、また一人と帰っていって気がつけば私一人が取り残されていた。隣の教室に残っていた生徒たちも帰ってしまったらしく、不思議な空間がそこに存在する。自分の机の上に取り残された鞄がとても虚しく、今更になって寂しさがこみ上げてきた。緩慢な動作で一年間お世話になった机へと近づいていくと机の上には鞄以外にも何か置かれているのに気がついた。昨日貰ったばかりの卒業アルバムだった。



写真の撮り合いが終わると、皆自分のアルバムを取り出して一番後ろの見開き一ページの空白部分にメッセージを書き始めた。一人の子のを書けばそれは次に回して、また新しいアルバムを手にしてその子へのメッセージを書く。私も皆と同じように自分のアルバムを適当に誰かに渡して回ってくるクラスメイトのアルバムに言葉を書き残していた。メッセージを書く友人との思い出を浮かべ、丁寧に一つずつ書いていた。全部書き終わった時に顔を上げてみれば、辺りには机に向かって真剣にメッセージを書く生徒ばかりで皆まだ書き終わっていなかった。自分のアルバムも行方知れず。誰かが持っていて言葉を書き残してくれているんだろう。きょろきょろと見ていると三年間、ずっと一緒のクラスだった田島くんの姿が目に入った。彼もまだアルバムに目線を落として手を動かしている。何だかとても楽しそうだった。スラスラと動いていく腕を見つめ、誰のアルバムに書いているんだろうかと気になった。全て書き終えた私は窓の方へと移動して外の景色を眺めながら時間を潰すことにした。



アルバムの表紙をそっと撫ぜた。一番最後に書き終えた子がわざわざ私の席に置いてくれたんだろう。ようやく戻ってきた自分のアルバムを手にして一枚ずつ捲っていく。メッセージを書く欄はページの一番最後だ。嬉しそうな笑みを浮かべて言葉を書いていた田島くんの顔が脳裏に浮かぶ。彼は私にどんな言葉を残してくれたんだろう。実を言えばそれがずっと気になっていた。ただ皆が残っている中で見るのは何だか嫌で、静まり返った教室でまるで重要機密を覗くかのようにしてページを開く。指先が少しだけ震えてしまう。そんな自分に小さく笑みが零れる。田島くんが、私に残してくれた言葉なら何だって嬉しいのに。真っ白だったページは鮮やかに彩られていて隙間なくクラスメイト達からの言葉が書き綴られていた。様々な文字が散りばめられている。幅をとって大きく書いてくれている子やとても小さな文字でたくさんの言葉を書いてくれている子、たった一言だけ残してくれた子。一人一人のメッセージを丁寧に読んでいく。途中、笑みが漏れてしまうような言葉もあって懐かしさに包まれていくのがとてもよく分かった。皆、しっかりと気持ちを込めて書いてくれていた。左上の端から順に読んでいきちょうど真ん中辺りにまで進んだところでついにと言うべきなのか探していた名前を見つけた。

(……田島くんの、だ)

名前を確認しなくってもその文字を見るだけで田島くんが書いてくれたんだと分かってしまった。そんな自分に苦笑しつつも田島くんが残してくれた文章を読み始める。田島くんのことだからさっぱりとだけどインパクトのある短めな文だとうと思っていたら意外と長々と、細かく色々と書かれていて驚きだった。三年間一緒だったと言うことを彼が覚えてくれていたことをその文を読んで知ったときは涙さえ零れそうだった。三年も一緒のクラスで過ごしてきたのに交わした言葉はそんなに多くはない。その一つ一つを私はこれから先、新しい恋でもしなければ忘れることはないだろう。

"俺さ、と話したこと全部覚えてんぜ!"

飛び込んできた文面に目を止めた。正に自分が思っていたことが書かれていて心臓が跳ね上がる。嘘だ、そう呟いてしまったのは仕方のないことかもしれない。クラスでも人気者だった彼がクラスでも存在感があまりなかった私と交わした会話の全てなど覚えていられるのだろうか。こう言っては失礼かもしれないけれど彼はあまり物事を記憶することが得意ではなさそうだし。私だって田島くん以外の人と交わした言葉など全部覚えているわけがない。私が、田島くんとの会話を全部覚えているのは、それは私が彼に想いを寄せていたからで。
――あれ?思い当たった予感に自分でも分からないほど必死になって首を振った。まさか、そんなことがあり得るわけがない。自惚れるな自分、と言い聞かせる。取り乱しそうになる自分を落ち着かせて、読みかけだった文字の続きを読もうとアルバムへと目を落とした。

見っけ!」

掌からするりと落ちたアルバムが床に大きな音を立てて落ちる。びくりと揺れたのはその所為じゃなくて、入り口の方から届いた声が原因。未だこの校舎に残っている生徒など誰も居ないと思っていたから。それもその人が田島くんなら尚更。田島くんは教室にずかずかと入り込んでくる。

「田島くん」
「何でまだ校舎なんかに残ってんの?」
「何となく、かな」

静かに高鳴る鼓動は気づかれていないだろうか。いつも以上に話すことに神経を使っている。目に焼きついた文章が離れてくれない。目の前に立つ田島くんを見て、期待してしまうことは愚かなことなのだろうか。もし最後に書かれていた文章が私の見間違いなんかじゃなければ。田島くんはいきなりしゃがみ込んだかと思えば落ちたままだったアルバムを拾い上げた。

「たじ…」
「これ、読んだ?」
「…うん」
「そっか。嘘じゃないかんな」

一番最後のメッセージが書かれているページを広げて田島くんはアルバムを差し出した。その真剣な眼差しに驚かされながら受け取って、もう一度最後の一文を読み直す。嘘じゃない、ならそういうこと?ゆっくりと目線を上げて田島くんを見上げれば、さっきまでとずっと変わらない表情でこちらを見ているから、泣きたくなった。

「俺、のこと好きだよ」

涙腺を弱くなってしまったのは田島くんのせいだ。最後に書かれていたことと同じことを言ってのけた田島くんに溢れてきた涙が落ちて行く。何度も頷きながら、涙の所為で歪んだ視界の中、田島くんは私が好きになったその笑顔で笑っていた。



引っ 繰り 返っ た未 来図


20070311   (close