巡り合わせとは何とも不思議なものだ。これまでこれっぽっちも関わりもなかった筈の人だったのにちょっとした切欠が数々の偶然を引き寄せていく。中には故意的なものもあるんだろうけど、これは間違いなく偶然が起こした結果だった。だって籤引だったんだから。
引いた番号と黒板に書かれた番号を照らし合わせて、机を引き摺りながら移動すれば雑音に紛れた中で金色の髪を見た。軽々と机を運び彼の歩調に合わせて揺れる髪は窓から差し込む陽の光を浴びてより一層輝いてみえた。運ぶのを中断させて級友達の通行の邪魔をしていることに気付いたのは邪魔だと声をかけられてから数秒した後のことだった。慌てて机を持ち上げる。驚いたのは彼の髪の長さが私のそれよりもずっと長いことに改めて気付いたことへなのか、彼が落ち着いた先が私が行こうとしている場所の隣だったことか。席替えの場所に机を置けば、その音を聞きつけてか机に突っ伏していたその顔が上げられる。睡眠不足なのか半分程落ちかけていたその瞳が私を捉えて大きく開かれた。その瞬間を目の当たりにした私はどんな表情をしていただろう。立場上、喜ぶことは可笑しいような気もしたし、かと言って別に嫌だなんて思っているわけでもなかったから、結局ぎこちないながらも笑っていたのだと思う。

「よ、よろしく」

こんな偶然があるんだろうか。きっとこの時、平古場くんも私と同じようなことを思っていたのだと思う。





05





テストを間近に控えたこの時期の席替えは異例と言えば異例だった。これまで席替えをする気配すら見えなかった担任が何を思ってこんなことを行ったのかその真意は定かではない。が、クラス全体の意見としては大賛成だった訳で、嬉々として行われた席替えは私にとっては劇的な変化をもたらすことになったには違いなかった。籤に書かれていた番号は無難と言う言葉が最適な場所を示していた。窓側から数えると4列目、廊下側からだと3列目、つまり中央の位置。そして後ろから2番目の席。私とすれば一番前の席でなければ良いと思っていたから席としては上々だった。


「…平古場くん」

肩肘を机に付き、その掌の上に顎を乗せて窓の外を眺める横顔は、なるほど、女子生徒の間で騒がれているだけあって整っていた。少しつり上がった瞳が真っ直ぐに見つめる先に捉えているのはここからでは絶対に見えることはないテニスコートだろうか。まだ知り合って間もない私に、その横顔だけで何を考えているのかを予測することは出来ない。ただ、その横顔は彼に接する機会が増えてきた中では初めて見る表情だった。かっこいい、と称されることが多い平古場くんだけど(それを否定するつもりもないけど)、今の彼には綺麗と言う言葉の方が似合ってるんじゃないかとふと思った。

「部活行っていいよ」

呼びかけに視線だけがこちらに移る。昼休みにひょっこりあの小部屋に現れ、悪戯に時間を過ごす時の平古場くんと今の平古場くんとでは、暇だと言う条件は同じなのに纏っている雰囲気がどこか違う気がする。違いの意味すら分かっていないのに、それでも感覚的なモノで変化を感じている。その変化の原因が分からないから、安易に部活へと結びつけた。昼休みと言う時間は確実に私の中での平古場くんの印象を塗り替えていく。彼と交わす会話の中で、テニスに向ける熱意のようなものを知ったのは二日ほど前のことだったと思う。授業はサボりがちなのに、部活だけは朝練も放課後の練習にもきっちり参加している。それだけでも、平古場くんの中でテニスと言う存在は大きいのだろう。中学3年の夏、全国大会で敗れたときの比嘉中の悔しさを私は裕次郎を通して知っている。その敗北の後、部員達のテニスに対する考え方が少し変わったのだと裕次郎が零していたのを私は覚えている。より強く、更なる高みへ。そうして今まで以上に直向きに練習に打ち込んでいるようだった。テニスのことを話す平古場くんの弾けるような笑顔を思い出せば、それは彼にとっても変わりはないのだと想像できる。

「ぬーがよ」
「暇そうにしてるさァ。だったら部活行った方がいい」

席替えを終えて、先ず担任が決めたのは本日から一週間の日直の当番を誰にするかだった。普通なら窓側の一番前の席の子たちや廊下側の後ろの席の子から順番に回していく筈のそれは、思いもよらぬことに私と平古場くんから始まることになった。「普段寝てばかりいる罰だ」そう嘆息しながら平古場くんを名指しした担任は続いて私を見て、「頼んだぞ」と大きく頷いてみせた。言外にサボらせるな、と伝えたかったのは担任の顔からして間違いないだろう。授業態度も真面目とはいえない平古場くんの存在に担任が頭を悩ませていることはこのクラスの生徒なら誰だって知っている。だからって、私にそれを丸投げするのもどうかと思うけど。

「そんなことしたらやーが怒られるやっし」
「平気だよ。あの先生、そんなに怖くはないし」

恐らく軽いお小言は貰うことになるだろうけど、それは私に丸投げした先生にも責任はあるのだからくどくどと説教されるようなことはないだろう。小言程度ならそれほど怖くはないし、此処でぼんやりと座っているくらいなら体を動かしていた方が平古場くんにとっても良いだろう。日直の仕事は後この日誌を書いて提出するだけだ。それだけなら私一人で十分事足りるし、恐らくこれを平古場くんに任せたら私以上に時間がかかりそうだ。

「部活行きたいんじゃない?」
「…………」

言葉を返さないのは肯定の証だ。逸らされた視線もその証拠。ああ、やっぱり部活に行きたくてしょうがないんだ。窺うようにちらちらと送られる視線に吹き出してしまった。不敵で飄々としているのに、素直じゃない。

「もうあと少しで終わるから」

駄目押しに一言付け加える。そこで漸く平古場君に動きが見えた。ゆっくりと立ち上がる。私は日誌を書く手を止めてその行動を目で追う。机横の床に置かれていたスポーツバッグを手にし、私を見た。

「悪い
「ううん。部活頑張ってね」

スポーツバッグを肩に提げ、それから顔の前で両手を合わせて謝られた。笑ってそれを許してそれからもう一言付け加える。そんなこと言わずとも平古場君は部活に真面目に取り組むんだろうけれど、その姿に言わずにはいられなかった。





「でね、その平古場くんがおかしかった」
「…ふーん」

波が過ぎて、落ち着いてきた店内で今日のことを紫乃に話せばあまりにも適当な返事が返って来る。グラスを洗う手元に視線を落としていた私は発注書に目を通している友人を一瞥した。いつもいつも人の話に興味を持って話題を振ってくるのは紫乃なのにその反応はあんまりだ。水道の蛇口を捻り水を止め、タオルで手を拭きながら改めて彼女の方に向きなおせば意味ありげな視線とぶつかった。

「なに?」
「好きになった?」
「は…?」

紫乃の台詞に私は間抜けな顔を曝した。ポカンと口を開けたまま彼女を見る。何を言っているのか一瞬分からなかった。そんな私に紫乃は呆れた顔で小さく息をつく

「席も隣になって日直まで一緒にやって、それを話す顔が楽しそうだったから」
「ま、まさか!それはないよ!」
「うん。分かってて言ってみたの。ごめん、私が悪かった」

この話は終わりだとばかりに再び発注書と睨めっこする友人を暫くぼーっと見つめていたけれどチリンと鳴ったベルに慌てて「いらっしゃいませ」と笑顔を取り繕った。




2009/03/20