心はいつも葛藤を繰り返している。


 揺らめきながら襲いかかってきた緋色の炎はあっという間に村全体を包み込んでいった。家々が崩れる音に混じって悲鳴が耳を劈き、鼻が曲がるような腐臭が漂い、熱気に包まれた見知った場所は一瞬にして姿を変えた。途切れた悲鳴の行方は確かめるまでもなく、漂う腐臭の正体など聞くまでもない。竦んでしまいそうになる悪夢のような世界の中で逃げろと言ったのは、一生を添い遂げることとなっていた人だった。あの人の声が私の背を押し、まろびそうになりながら必死に駆けたのだ。あの場に留まったあの人の行く末をその時の私は一瞬にして理解してしまったけれど、足を止めるわけにはいかなかった。
 振り返った私に笑いながら「生きろ」と確かにあの人はいったのだ。





 あの時との境目が分からず、開いた眸はしばらく宙を彷徨った。此処はどこだっけ。
 追ってくる炎から逃げおおせた後のことは、あまりはっきりとは思い出せない。火の粉を被り頬に煤がつくのも厭わず崩れそうになる足を叱咤して走り続けて森に入った。茂る木々の合間から見えた赤が夕陽の色と重なって見えたことに絶望を覚えた。理由は分からずとも戦に巻き込まれたことだけは一瞬にして理解したのは忍術学園に入った幼なじみから色々と聞いていたからだろう。全てを失い奪われ、意識も生きる気力も失いかけそうになった時、聞こえたのはそんな幼なじみの声だった。それだけは覚えている。

 震える睫を押しのけ広げがった視界に飛び込んできたのは見覚えのある顔。戻ってこれたと安心すれば自然と名前がぽろりと落ちた。

「・・・作」
、大丈夫か?魘されてたぞ」

 胡坐を掻いて座りながら私の前髪を梳く表情は優しいけど痛みも含んでいる。私があの日を思い出したように、作もまた思い出したのだろう。しまったなと思う。体を起して辺りを見渡せばそこは今の私の新たな生きる場所。与えてくれたのは他でもない作兵衛だ。
 作とは幼なじみで昔から仲は良かったけれど、私の嫁ぐ先が決まった日から会うことはなくなった。もう会うことはないと思っていた。おめでとう、とくしゃりと笑った顔は今でも思い出せるし、そんな彼を見て心臓をわしづかみされたような感覚に陥ったことも覚えている。私は、作が好きだった。作が一番で、作と一緒にいられたらとずっと願っていた。けれど、そんな願いは無情にも切り捨てられ、嫁ぐ相手が決まり、ちょうど作が忍術学園を卒業する年にその人の元へ嫁いだ。優しく穏やかな人だった。一心に愛情を注いでくれて私はとても恵まれていたと思う。作への思いは捨てきれずとも、彼の気持ちに応えたいと思う気持ちも芽生えていた。
 戦に巻き込まれたのは、そんな時だった。村は綺麗に焼き尽くされ、あとには何も残らなかった。生き残った人は極僅かだと聞く。その中に、あの人はいなかった。

「作、そんな顔しないで」

 彼の体を抱きしめる。背中に腕をまわしてぎゅっと力を込めながら私の中でも常に迷いとの隣り合わせ。作兵衛の手が私の背にまわり、力強く抱きしめられる。そうやって互いの中にちらつく惑いを押しつぶす。私の生きる場所はここしかないのよ、と心の中で今はいないあの人へと言いわけを繰り返す。

「私には、作しかいないの」
「ああ」
「生きる為には作が必要なの」

 生きることがあの人の最期の願いならば、私は生きなくてはいけない。私に向けて微笑んだその意味合いこそ今でも分からないけれど、もしかしたら別に想う人がいたことを勘づいていたのかもしれないと思う。優しく穏やかで、そして敏い人だったから。

「俺はあの人の代わりじゃねぇ」
「うん」
「でも、を生かしてくれたあの人の代わりに俺が絶対にを護るから」

 生き抜いて、大好きだった人と一緒にいることが彼への最善の報いかは分からない。でも、私がこうして息をしていられるのは作が助けてくれ、生きる気力と居場所を与えてくれたから。無事で良かった、と目を覚ました私を抱きしめた作の腕の中で私は確かに生きたいと思ったのだ。作でなければ、そうは思えなかった。この戦乱の世に絶望し身を捨てていたかもしれない。だから、どうか作と生きることを許してといつも問いかける。





冤罪シンドローム




 闇が訪れる一歩手前の燃えるような茜色の夕焼けが優しく映り、小さく涙した。







たくさんの感謝とスケブのお礼を込めまして。央ちゃんへ捧げます。