友達に彼氏が出来たそうな。
 吐く息が白く濁る寒空の下、携帯電話越しに一時間程惚気られた挙句に彼女が言いたかったのは私との約束は破棄にして欲しいという一言だった。彼氏と過ごすのだとウキウキと告げる友人に軽く殺意を覚えた私は決して悪くはないはず。ほんの数日前までは一緒になってクリスマスなんてイヴなんてとぶつぶつと愚痴っていた筈なのに何なのだこの変わりようは。・・・まぁ、逆の立場だったとして私がそれをやらないとはいえないのでこれ以上は口を噤むけれど。
 すっかり悴んでしまった指先を擦りあわせて息を吹きかけながらぽっかりと空いてしまった予定をどうしようかと思案する。しかし、親しい友人達は皆何故か揃って彼氏持ちなのだ。交友関係は狭く深くをモットーとしてきたけれど、それがこんなところで裏目に出るなんて思いもよらなかった。

「コンビニでケーキでも買って家で食べようかなぁ」
「寂しい奴だな」

 誰に聞かれることもなく空へと消えていくはずだったひとり言に返事が返ってくる。追いかけてくる足音に歩を止めて振り返る。哀れむような視線を寄越してくるのは紛れもなく鉢屋三郎だった。面食らう私に彼のついたため息が白く浮かび上がって上空へと拡散していく。

「・・・なに、バイトの帰り?」
「いや、ちょっとそこのコンビニまで行って来た帰り」

 片手に提げていたコンビニの袋を持ち上げて軽く揺らすのを視界に留めながら珍しいこともあるものだと思った。寒さに弱い三郎がこんな時間にコンビニまで出歩くなんて。揺れる袋の中身が気になったけれど、彼は同時に気まぐれでもあるので特にたいしたモノではないだろう。
 寒いな、と零しながら歩き出す三郎を追う。そう言えばこの男も私の中では友人の一人であった。友人、と呼ぶよりは悪友の方が正しいのかもしれないけれど。無駄に顔が良くて、おまけに何でもそつなくこなすからそれなりに人目を惹いて人気もあるのに女関係の噂を耳しない。あまり恋愛関係の話に首を突っ込んだ事がないから私が知らないだけかもしれないが少なくとも彼女が今現在いないことくらいは知っている。

「お前本気で一人でケーキなんて食うつもりなのか?」
「だって、予定なくなったし。そういう三郎は?」
「いつものメンバーだ」
「ああ・・・ってことは買い出し?負けたんだ」

 しかめっ面を見せる辺り私の予想は外れてはいないのだろう。それにしても彼らも仲が良いなぁ、とその面々を思い浮かべる。それに比べて私は友人にも見捨てられ、大人しく家に帰るしかないとは本当に寂しい奴だ。身を切るような寒さがその心までにも浸透していくようで虚しいなと俯く。
 例えばそれを素直に口に出来れば呆れた顔をしながらも隣を歩くこの男は彼らの元へ連れて行ってくれるだろう。口は悪いし、からかわれる事は多々あるけれどそれが三郎なりの接し方で気に入られてるからこそだと分かっている。だから私は憎まれ口には憎まれ口を以って返す。お互いに素直じゃないね、なんて雷蔵に言われたことがあるが三郎と私の関係と言うのはそうして成り立っているのだからしょうがない。

「去年もそうやって集まってたけどさ、三郎好きな子とかいないわけ?」

 私は彼らとも仲は良い。なのでそれぞれの恋愛事情はそれとなく把握しているけれど、全く掴めないのがこの男である。思わずその領域に踏み込んでしまったことに言った後で後悔したけれど後の祭り。たじろぐ私に隣から視線が突き刺さる。何故か視線を合わすことが出来なくて前ばかり見つめて歩けばこの時期にしか見られない輝く電光飾が眼の奥でチカチカする。

「気になるか?俺の好きな奴」
「別に・・・っているの?」
「いちゃ悪いかよ」
「悪くないけどいる、んだ」

 見上げた先の表情が照れているようで、三郎は隠すようにマフラーを口元まで覆う。そんな見たこともない顔に言葉が上手く紡げず詰まらせる。どくどくと血が巡り、心臓が騒ぐことで晒されたように自分の気持ちが顕になった。にも関わらず音を立てて崩れていく感情に私は今日という日を盛大に呪うしかない。自覚した瞬間に失恋、それもこんな日にそれを体験するなんて。煌びやかなイルミネーションが揺れた。歪む視界に慌てて下を向こうとすれば両頬を挟む何かがそれを阻む。

「その顔は期待しろと言ってるようなものだぞ」

 無理矢理上げさせられた視線が真摯な瞳とぶつかった。途端に心が落ち着きなくなる。熱の篭った指が寒さで引き攣った頬を融解していく。三郎の鼻先が僅かに赤いのは寒さ故だとしても、その頬の赤みは別のところから来るものか。そうだったら、いいのに。そんな微かな期待を込めた眼差しを向ければ三郎が笑った。それは凍えた心に熱を灯す。

、期待してもいいんだな?」

 自分でそうであればいいと願ったくせにどうしたらいいのか分からなくて視線を彷徨わせればくつくつとおかしそうに笑う声が耳に突き刺さる。顔赤いくせに、何でそんな余裕に満ちているんだ。なんだか悔しかったから、そのままその胸へと突進してやった。





色めく





たくさんの感謝とお祝いの言葉を込めて。へきちゃんへ捧げます。