刹那の合間、視界を照らしたその光を幻想的だと思った。きらりと走った稲妻はとても美しくて、自分が置かれている現状すら忘れてぼおっと魅入ってしまう。見上げた空にひびを入れるように線が走るのをじっと見つめることくらいしか出来ない今の現状を、私はもう少し悲観するべきなんだろう。
 容赦なく叩きつける雨は視界を悪くする。陽も暮れる時間帯、雨雲に覆われた空はどんよりと重たく薄暗い。裏裏山は更に色濃い暗さを纏い、それは夜の気配とはまた違っている。いつもは感じない不気味さは立ち入る前から薄っすらと感じていたけれど、どうすることも出来やしなかった。

「闇雲に動き回るは危険だね」

 ポツリとそう呟かれる。隣にある雷蔵の顔を見上げれば、その視線に気づいたのか此方に振り返って安心させるかのように笑顔が向けられた。私はそれに同意するように小さく頷く。

「みんなどうしてるかな?」
「この天候じゃ一時避難してるんじゃないかな」

 昼間から行われている実習の中断、または強制終了を告げる合図は今のところ見られない。つまりはこのまま続行ということだ。この程度乗り切れなければこの先、忍として生きていくなど不可能だと、そういうことなのだろう。それにしても少し遠くの空で煌めく光を見れば、天候はよほど酷いものだと分かる。またもその綺麗さに目を奪われていたけれど、雷蔵が辺りを窺う様子に気付いてハッと我に返った。光は刹那のもの。それでも鬱蒼としたこの一帯を照らす。近くに他のペアでも潜んでいたらすぐに気付かれてしまう。

「誰もいないみたいだね」
「ごめん・・・気を緩ませすぎてた」
「ずっと動き回ってたからね。少し休憩にしようか」

 雷蔵を真似るように周囲に気を配らせる。雨が匂いを掻き消し、風が物音を隠す。何とも気が散り、察しづらい状況ではあったけれど、周囲に人の気配はなさそうだったので警戒をほどく。とっくに警戒を緩めた雷蔵が先ほどの私を倣うように頭上を見上げた。

「少しずつ近くなってきたみたいだ」
「・・・なにが?」
「雷の音だよ。避難したのが岩陰でよかった。木の下だと落ちる可能性があるから」

 五感の中でも聴覚を特に澄ませてみる。煌めきが走ってから間を置いて鳴っていたその音の感覚が確かに近くなっている。一瞬だからこそ美しいあの光も、そのあとに聞こえてくる雷鳴が全てを台無しにする。その大きさに一々心臓が跳ねる。雷は好きだ。昔からあの一瞬を見る度にはしゃいでいた。けれどあのけたたましい音だけは終に好きにはなれなかった。
 また一つ、空に稲妻が走る。遅れること数秒、轟きが裏裏山を包んだ。予測していなかった出来事に体は竦み上がる。この森のどこかに落ちたのだろう。近くはないが、遠くもない。

、雷苦手だったの?」
「・・・音がね」

 悲鳴をあげるほどおそれてなどいないが、思わず息を呑んだ私の様子は雷蔵に伝わってしまったらしい。よりにもよって雷蔵と一緒に組んでいる時にこんな事態にならなくてもいいのに。少しおかしそうに笑いながら大丈夫かと問うてくる雷蔵に私は無愛想な顔を向けてしまう。

「ごめんごめん。まさかが雷が苦手だと思わなくって」
「だから音の方だけよっ!雷自体は嫌いじゃないわ。見るのも好きだもの」
「さっきから空ばかり見てたのはそういう理由だったんだね」

 ああ、もう。たいしたことじゃないけれど、それでも弱みにはなるから知られたくなかったのに。これが鉢屋や竹谷だったら完全にネタにされて暫くはからかわれていただろう。それを思えば雷蔵がペアで良かったかもしれない。そんなことを滔々と考えていればまた、辺りが光に包まれた。そして遅れて鼓膜に突き刺す雷鳴。

「っ!」
「・・・やっぱり平気じゃなさそうだね」

 ぴく、と音に合わせて反応した体が恨めしい。眉尻を下げた雷蔵にそんなことないと反論するよりも先に、私の耳に宛がわれたてのひら。雨に打たれて体の芯は冷え切っている筈なのに小さなぬくもりが伝わってくる。

「これでどう?」

 小さく首を傾げて笑うその顔が、ちょうど稲妻が走ったことで浮かび上がる。鮮明に映ったその真っ赤な顔に心臓が大きく飛び跳ねた気がした。とくとく、と内側から鼓動の音が広がる。雷蔵の掌を通して、遠のいた雷鳴の音が聞こえてくる。確かに音量は落ちたからおそれるほどじゃない。でも今ばかりは、鼓膜に響くこの不規則な鼓動をその雷鳴で掻き消して欲しいと思った。






響く雷鳴
(どうにかなってしまいそう)