ゆったりとしたクラシック調の音色が流れる室内で窓際に備え付けられた椅子に座り憂いの眼で外を眺める。ライトアップされた庭を見つめるその眼差しは一体何を思っているのか。そのくせ背筋はピンと伸びて姿勢は正されている為にその心情は計り知れない。全くもって面倒なお嬢様である。近づけば窓ガラス越しに目が合う。憂いを帯びた瞳に微かな光の色を戻しながらゆっくりと振り返る。

「なんて顔してんだ」
「・・・どんな顔」
「すっげー不貞腐れた顔。めかし込んだ意味がないだろ」

 ぶすっとした顔を戻すこともなければ、かと言ってその姿勢が崩されることもない。幼い頃より身に付いた習慣が染み付いている。翡翠色のドレスに身を包み、いつも以上に丁寧に化粧を施され、髪も綺麗に結われている。彼女を着飾るための様々な装飾品に見劣りすることもなく、それらはをより一層引き立てる。

「だって行きたくないんだもの」
「まだ言ってんのか」

 つい、と逸らされた視線は拗ねている何よりの証だ。これほどに仕立て上げられているにも関わらず当の本人が乗り気ではいのだから、今日の為に選ばれた衣装もさぞかし不本意だろう。尤も不本意だというのならばそれはも同じだろうが。優れない機嫌は今日一日直りはしないだろう。それでもひとたび人前に出れば彼女は仮面を被り、笑顔を繕う。そうすることを長い年月をかけて得てしまった。表面上でしか笑っていないその様子は本来の笑顔を知っている身としては何とも虚しいが、その半面で笑顔を向けられた相手をせせら笑ってしまう。見かけで判断し、真意を読めぬような間抜けな輩にコイツは相応しくはない。

「主催者の娘が欠席するわけにはいかないってことくらい分かるだろ」
「そうだけど、でも憂鬱」
「・・・諦めろ」
「おまけに・・・三郎も、他の誰も側にいてくれないんでしょ」

 三郎を見上げる視線は懇願するような縋るようなそんな瞳。そんな風に見上げられたとて始めから決まっているものは変えられない。執事の分際の三郎にどうすることも出来ない。何も告げずとも覆せぬことなども承知だったのだろう。自らため息を吐いてそれを取り消す。そうしてちらりと壁に掛けられた時計を一瞥して、また別の意味の息を吐き出す。三郎も同じように時間を確認して、己の手をの前へと差し出した。

「さてと、時間ですよお嬢様」
「・・・三郎、どこもおかしくはない?」
「ええ、とってもよくお似合いですよ」

 にこりと笑った三郎に「嘘吐き」との小さな呟きと一緒に手が添えられる。三郎は素知らぬ振りをしてエスコートする。部屋を出ればの歩く歩調が随分と落ちる。数分、数秒でも会場に辿りつくのを遅らせたいと、その魂胆に三郎は敢えて合わせるように歩く速度を極端に落とした。

「三郎・・・やっぱり行かなきゃダメ?」
「ダメだ。何も今日何かあるわけじゃない。あくまで形は立食パーティーだろう」
「立食パーティーね・・・ただのきっかけじゃない」

 大事な大事な一人娘に相応しい男を捜す為の、そんな意図が隠されたパーティー。娘の意思を最優先したいところだが、この先この家を背負って立つ者ともなればそうもいかず、せめてもと今日呼ばれた候補達の中から打ち解けれそうな相手を探せ、と。そういう狙いがあることをは事前に聞かされて知っていた。三郎には聞かされてはいない。しかし、その程度勘付けないほどこの屋敷に奉仕する期間は短くはない。

「そう言えば、今日来る客の中に贈り物してきた奴がいただろ」
「ああ、あれね」

 パーティーで顔を合わす前に少しでも印象をよくしようという狙いは、まぁ悪くはない。むしろ効果的であることには違いはなかった。どのようなものが贈られて来るにしろ、その後のパーティーでの対応の為にも名前は覚えておかなければならないし、必ずこちらからお礼の言葉と共に挨拶に参らなければならないのだから。
 何が贈られてきたのか三郎は知らない。それはあくまでに贈られたもので、三郎はただ包装されたその包みを手渡したのみだ。しかし、のその反応を見ると効果はイマイチらしい。

「中身なんだったんだ?」

 三郎の問いかけにの足が一瞬止まる。ちらと三郎を一瞥し、それから視線を漂わせたは意を決したように口を開いた。

「ドレスだった。純白の、ドレス。今日のパーティーに是非って」
「ふーん・・・・・・どう見ても純白ではないな」
「当たり前でしょ。だって、それを着たら気に入ったんだと思われるじゃない」
「じゃあ気に入らなかったのか?」
「気に入ったわよ。デザインは可愛らしかったもの」

 少し胸元と背中が強調されていたような気がするが、それは確かにの好みだった。けれど―――。
白は純潔の色。「清らかさ」と「正義」を表すものでもあれば、覚悟の色でもある。そこから連想されるものといえば一つしかない。

「お前決めてたもんな。白を着るのは一度だけだって」

 三郎の言葉には頷く。そうしてエスコートする三郎の手をぎゅっと握った。その小さな圧力に三郎は隣の彼女を見下ろした。目が合えば意志の強い眼差しとぶつかる。白いドレスは結婚式のただ一度のみでいい、と昔同じ瞳で見上げられながら告げられた。それ以来何度このようなパーティーがあったとては白だけは選ばなかった。

「三郎私は・・・」
「無駄話はこれくらいにしましょうかお嬢様。遅れると旦那様の顔が立ちませんよ」
「・・・三郎」
「行きますよお嬢様」

 縋る目を見ぬふりしてその背を押して歩き出す。その昔、三郎を一番近くに置くと決めたのはだ。一番仲の良かった雷蔵でもなく、一番執事としての教養を身につけていた兵助でもなく、一番頼りにしていた竹谷でもない、自分だった。その期待には答えてきたつもりだ。他でもないが笑顔でいられるように、努めて来たつもりだった。今も、そしてこの先もずっと。

「・・・三郎のバカ」

 けれど、その隣に立てるのは自分ではない。執事としてならばいくらでも立てるその位置もそれ以上としては望めない。そう遠くない未来、この場には別の男が立つだろう。そして生涯ただ一度のみと決めた白を纏うのだろう。出来るなら、そんな未来こなければいい。そう願うことは執事としては失格なのだとしても、この手を弱くも握り締める掌がいつまでも共にあればいいと願わずにはいられない。
 




いつかあなたが纏う白