長い長い攻防戦は一向に終着に向かわず均衡状態が続いている。ずっと続いているそれは一体どれほどの日数が経ったのか。左近の姿が見当たらなくなったその日から指折り数えているわたしははっきりと覚えているのだけれど、わたしと対峙するこの男は同じように知っているのだろうか。どの言葉を投げかけても無言を貫き通すその様があまりにも堂々としているからいらいらは次第に募っていき、そろそろばくはつ寸前まで来ているのではないかと自分自身のことながらに思う。

「池田」
「なんだよ」
「いい加減白状したらどうなの」
「知るか」

 すっぱりと切り捨てるそのセリフも今日までに何回口にしていることか。よくも同じ顔をして同じことを言えるものだと思う。仏頂面でみおろす池田のその瞳はわたしの問いかけを頑なに拒否している。いやどちらからといえば言うことを止められているといった感じの方がしっくりとくる顔だった。いつものことだけど池田は意固地だなと思う。わたしも人のことは否定できないのだけれど。諦めて久作や四郎兵衛に聞けばすんなりと答えてくれるかもしれないけれど、池田以上の情報を持っていることはないだろう。確信を持っていえる。

「なんでよ」
「なにが」
「どこに行ってるのかくらい教えてくれてもいいじゃない」

 左近はいつもそう、なにも教えてはくれない。気がついたらその姿が見当たらず、事の次第を聞くべくわたしはいつも池田のもとを訪れる。池田が、教えてくれたことは一度もなかったけれど。たかだか一日程度で戻ってくるのならわたしだって別に強くは聞かない。もちろん心配はするけれど陽が落ちる前にはその姿を見かけることができて胸の内でほっと安心するから。でも二日も三日も学園をあけているとなると気にならないわけがない。
 今日とて左近の姿を見なくなってから四日目になる。薬の匂いに満ちた保健室を覗いても左近がいないその違和感がわたしの中で不安へ色を変えて膨らんでいく。

「別に心配するほどのことじゃないだろ」
「池田は、全部知ってるからそんなこといえるのよ」

 あいつがヘマしたことあったか。そう訴えかける瞳にこれまでを知っているわたしはもちろん自分のそれが要らぬ心配なのかもしれないと思うのだけれど、こればかりはどうにもならないのだと池田も分かってくれればいいのに。左近の顔を見なければ、いつものようなそっけない態度を、そのなかに含まれる優しさを感じなければ安心などできない。

「せめて、いつ帰ってくるかくらい教えて」
「・・・・・・・・・今日だ」

 すこしの沈黙のあと、溜息をついた池田がちいさくも零した一言に弾かれたように彼の顔を見上げた。わたしの視線から逃げるように顔を逸らしたのは口止めしていたことをうっかりにもばらしてしまった罪悪感からなんだろうか。でもそんなことどうでもいいわたしは続きを待つようじっと池田から視線を逸らさなかった。

「今日の、昼までには戻れるっていってた。・・・予定ではな」
「それってすぐじゃない!何でもっと早くに教えてくれなかったのよ、池田の馬鹿!」

 その言葉を置き去りにわたしの足は保健室へと向けて走り出す。実習や学園長のおつかいから戻ってきた左近が自室に戻る前に必ず寄るのが保健室だ。委員長になり、その責務を負ってからは生徒達の怪我の状況や、包帯や薬の数などを把握しておかないと気がすまないらしく自分のことそっちのけで仕事に没頭するようになった。
 スパンと音を立てて開いた襖のさき、ここ数日は見かけることのなかった姿がくっきりとわたしの瞳に映った。音に反応して眉間にシワをぐっと寄せた顔が振り返る。

「おい、もっと静かに開けろよ・・・って?」

 つん、と鼻を刺激する薬品の匂いなんていい加減慣れているはずなのに今日ばかりはわたしの涙をさそうかのように強い気がした。彼がいないからとここ数日は保健室から遠ざかっていたせいに違いないと、思い込む。左近を見つめるわたしの顔はここ数日の思いが全て詰め込まれているからそれはそれはぶさいくなんだろう。

「なんて顔してんだよお前。また怪我でもしたのか?」

 鼻で笑うようにそう言った左近があまりにもいつもの様子と変わらないからいよいよわたしは自分の心が制御できなくなりそうだった。睨むに近い視線で左近を見ていたわたしは彼の制服の袖から覗く右腕にちらりとだが白を見つけた。そろりそろりと左近のそばに寄って、その右腕に触れる。

「左近のばか」
「はぁ?なんだよいきなり」
「ばかばかばかばかばかばか、おおばか」
、お前何が言いたいんだよ」
「人に、心配かけるなって言うくらいなら・・・自分だって心配かけるようなことするなばかぁ!」

 左近は不運委員会と呼ばれる保健委員会の委員長で、やっぱり不運だから、彼が怪我をすることはさほど珍しいことじゃない。それでも下級生だった頃に比べれば少しずつ回避することを覚えた左近の傷の数は減ったようにも思えるし、出かける前怪我は一つだってなかった。右腕に浮かび上がる白い包帯の下にあるものは出かけた先で負ったことは間違いなかった。
 ついには零れてしまった涙を見てぎょっとしたような左近の顔がおぼろげに、瞳に映る。ぶさいくと思われてもしょうがないと思いながら必死に堪えていたのにそれも台無し。はらはらと落ちていく滴を手の甲で拭えば包帯を巻いた右腕がやんわりとそれを止めた。

「ばか、んなことしたら腫れるだろ」
「だ、だって左近が・・・」
「あーもう、俺が悪かったよ」

 そっと目許に押し付けられた手拭いと、少しだけわたしへと身を寄せた左近からはよりいっそう強い薬品のにおいがした。左近に染み付いているその香りは私には精神安定剤かのよう。ぶっきらぼうにわたしの背を撫でる手に、そこに隠された優しさにずっと抱えていた不安はすうっと掻き消されていった。






白濁としたやさしさに




たくさんの感謝を込めて「La France」の梨紗ちゃんに捧げます。
ツンでデレな左近を目指したかったのに撃沈でした。
こんなのでよろしければもらってやってくださいませ!