瞳に優しい薄桃色がふわりと舞うのを目で追っていた。河川敷にずらりと並ぶ桜の木は私の瞳をその色で埋め尽くす。春の風に揺られて早咲きだった花弁が少し離れたこの場所にまで運ばれてくる。土手を下りた先は露店が立ち並び、普段では有り得ないほどの人で賑わっている。行きにここを通った時にはまばらだったのに、ほんの数十分と言う間にどこから人が集まってきたのか。仕事帰りらしきスーツを着たサラリーマンの集まりを目に止めて納得しつつ手に持つコンビニで買ったビニール袋を揺らす。そんな私を追い越して、全く見当違いの方向へと向かおうとする背中に気付いて急いで腕を伸ばした。

「待って次屋くん・・・!」
「え?」
「一人でどこか行こうとしないでってば」

掴んだ彼の右腕を少しだけ引っ張りながらほっと一息。そんな私を不思議そうに次屋くんは見下ろす。その彼の左手には私が持っているものよりも一回り程大き目のビニール袋。動く度にカチカチと聞こえる音は今頃桜の木の下で皆が待ち侘びている缶チューハイが何本も入っていた。
ジャンケンで負けて買い出しにいく時、富松が私に「三之助から目離すなよ」と言ったその意味を私はようやく理解してきた。逸れるなよと告げたかったのだと意味合いは当たっていたけれどそれは私にじゃなくて次屋くんに向けてのものだということ。彼がこんなにも方向音痴だなんて思いもしなかった私はちっとも気が抜けない。
そもそもどうしてお互いに顔見知り程度の私と彼が買い出しになんて行かなければならないのか。いくら勝負だと言ってもちょっとくらい配慮してくれてもいいのに。にっこりと笑顔で送り出した彼らの笑顔が憎い。特に私の気持ちを知っている富松は思わず睨み返したくなるほどにんまり笑っていた。

「あとちょっとだから、お願いだから私についてきて」
「いや、でもさ・・・」
「いいから」

早まる口調は同時に鼓動をも高まらせていく。申し訳程度に掴んだ腕を離すタイミングを見逃して私は彼の先を歩き出す。掌はそのまま、次屋くんの腕を掴んだまま。じわじわと体が熱くなる。ただ二人で買い出しをしているだけなのに熱が指先にまで伝わって、そのまま彼にまで届いてしまうんじゃないかと気が気でなかった。でも、その腕を離すのは勿体無いような気がして結局力は込められたまま。
春先の少し冷えた夜風が私の熱を冷ますように吹き抜けていく。時折ちらつく薄桃色の桜の花弁に目を細めながら皆が陣取っている場所まではそう遠くはないと足を急がせようとすれば僅かに重心が後ろに傾いた。

ちょっと待った」
「なにどうしたの?」

前へ進もうとする私よりもその場で立ち止まった次屋くんの方が力は強く、彼の腕を掴んでいた私は同じように足を止めて彼を振り返る。

「んな急がなくてもいいだろ」
「でも、皆待ってるよ」
「平気だって。まだ酒もつまみも残ってたし」
「そうだけど・・・」

少し考えるように、迷ってから次屋くんは私の手を外す。すっと離れていった彼の熱と共に私の心も急激に冷えていった。私の手は虚しくも宙で行き場をなくす。富松が彼の腕を掴んで引っ張る、その光景が私の中で強くて思わず同じ行動を取ってしまっていたけれど。迷惑、だっただろうか。まだたいして親しくもない私なんかに腕を掴まれるのなんて。

「あ、ごめ・・・、」
「そうじゃなくて」

引っ込めようとした手に、感じた確かな温もり。温かいどころか、熱い。私が一方的に掴んだそれとは違う、しっかりと握られた掌に私は顔が赤くなるのを感じながら次屋くんを見上げた。

「あの、」
さ、歩くの早すぎ」
「・・・え」
「せっかくだからもっとゆっくり行こうぜ」

するりと繋がれた手の、その真意はどこにあるんだろう。あまりにもさり気なく私の手をとって歩き出すから呆然とそれに続いてしまう。けれど、ふと我に返って慌てて次屋くんを引き止めた。

「ま、待って!次屋くん、そっちじゃない」
「え、こっちだろ?」
「そっちからだと遠回りになっちゃう」

本当は遠回りでも大歓迎なんだけど。そんな思いを封じ込めてこっちだよ、と正しい道を指差しながら私は一歩を踏み出そうとする。それを遮ったのは次屋くんのその手だった。繋がれままの掌に少し力が込められた気がして、私はぴくりと反応してその場で固まる。

「いいじゃん別に」
「・・・え、・・・・・・なに、が」
「遠回りでも。その方が俺としては大歓迎なんだけど」

ねぇ、それはどういう意味でしょうか?聞く勇気もない私は笑ってそういった次屋くんを見上げることしか出来ない。淡くも期待してしまう私の目の前を、夜風に乗った薄桃色の花弁が横切った。




はじまりを手にしたなら



皐那さんに捧げます。「次屋」で「ほのぼの」とのリクエストでした。
三之助・・・に見えてたらいいのですが(汗)ほのぼのって感じなのかも微妙なところです。
こんなお話でよろしければどうぞお持ち帰りください!