「うわぁ・・・・・・」

最早襖すら吹っ飛んだその部屋の惨状に自分の意志とは関係なくそんな声が漏れた。部屋の外には塹壕らしき穴が幾つかあり、そこに保健委員会が落ちたのかトイレットペーパーの名残らしき白いモノが見える。火薬委員が投げた焙烙火矢で吹っ飛ばされたのだろう襖は少し遠くに黒く焼け焦げた状態で落ちていた。部屋の中はまた別の意味で凄まじく、用具委員会の喜三太くんが可愛がっているナメクジが床を這ったヌメヌメとした跡が残っていれば、作法委員長の兵太夫お手製のカラクリが披露された残骸が散らばっている。壁に突き刺さったままの図書の貸し出しカードに縄標が刺さった形跡が見られるそれは図書委員会ときり丸くんだ。部屋のあちこちに破片が飛び、粉々になっているそれの元は恐らく文机であり、私の推測が当たっていれば生物委員会の虎若くんの仕業だろう。
見事なまでに原形を留めていない部屋を見回しながら、よくもここまでやり合えるものだと感心の域にまで達した自分の思いに嘆息する。その中で、唯一まだまともに残っている文机にぐったりと伏せっている背中は疲労感をたっぷりと背負っていた。ご丁寧にもその文机の端には会計委員会お馴染みの十キロ算盤が置かれていた。

「・・・団蔵」

ナメクジの這った跡をなるべく避けながら歩く場所もないような床の上を進み、その背中の目の前にまで辿り着く。「あー」とか「うー」とか言葉にもならない呻き声に苦笑を交えながら様々な邪魔な破片などを足で退かし背中合わせに座りこんだ。

「お疲れ」
「・・・まじ疲れた。しんどー・・・」

うん、本当に。団蔵の声がそれを雄弁に語っている。どうせまた剥きになって無茶苦茶な事を言って普段は何だかんだで仲の良い級友達の怒りを買ったんだろう。後先考えず発言をするのは団蔵の昔からの悪い癖だ。まぁでも、その団蔵の性格を知っている彼らもそれを利用して楽しんでいる様子が見られるけど。

「回を増す毎に酷くなってよね。もう皆さ、予算なんてどうでも良いんじゃない?」
「俺が知るかよ。てか、あの作法委員会の作戦立てたのお前だろ」
「あ、ばれた?」
「ばれた?じゃねぇ!あれのおかげで酷ぇ目に遭った・・・」
「それはご愁傷様でした」

くすくすと笑えば残った力を振り絞ったかのようにくるりと首を回した団蔵が眉をぐっと寄せて睨んでくる。その顔を見て、私の立てた作戦は思いの他上手く行ったことを知る。今回の予算会議に向けて兵太夫と共にに練りに練った作戦だ。寸分の狂いもないように念入りに確認を行ったのだが何分本番一発勝負の代物だったので、気持ち不安は残っていた。ここに来る途中に出会った兵太夫は結果を何も教えてはくれなかったし、その表情も無表情で機嫌が良いとはとれなかったので少し不安だったのだ。でもどうやら私の杞憂だったらしい。と言うよりは兵太夫に謀られたのか。そうやって人を騙すのは機嫌が良い証拠。つまりは私達の考えた作戦は成功したということだ。兵太夫は分かり難い。その点で言えば団蔵はすごく分かり易い性格としていると思う。・・・まぁ、昔からの馴染みだということもあるかもしれないけど。

「でもしょうがないじゃない。うちも予算取る為には手段を選んでられないし?」
「お前と兵太夫が手を組むと性質悪ぃんだよ!」
「団蔵が予算をばっさりと削っちゃうから悪いんでしょー」
「にしても作法の希望予算額おかしいだろ」
「・・・そこに関してはうちの委員長に言ってよ」
「言ったさ!言ったらあれを食らったんだよ」
「・・・・・・・・・・・・あ、そう」
「・・・・・・・・・・・・おう」

数秒の無言の後、疲れたように団蔵が再び机に突っ伏した。その直後にごん、と言う音が聞こえた。やっぱりよほど疲れてるんだ。鈍い音を立てたそれはかなり痛い筈なのに団蔵は気にしてる様子がない。寝不足で感覚が麻痺してきてるのかもしれない。今日の予算会議の為に昨日の夜から煮詰めていたらしい。なので当然団蔵は徹夜で一睡もしていない。

「団蔵、あんた何でまだこんな部屋に残ってんの?」

徹夜した挙句、地獄のような予算会議を目の当たりにした会計委員会の下級生達は揃って保健室に運ばれたらしい。その後それぞれの長屋に帰され今はぐっすりと夢の中だろう。団蔵と同じ会計委員で六年い組の佐吉くんもふらふらになりながら自室に帰っていくところを見かけた。さすがの佐吉くんでも徹夜であの予算会議は辛かったみたいだった。予算会議に参加していない私には分からないがこれまでで最も酷い有様だったに違いない。そんな予算会議も終わり、一段落ついだのだから団蔵もとっとと長屋に帰って寝ればいいのに。

「んー・・・・・・待ってた」
「んん?・・・ちょ、団蔵重っ!」

声がとろんとしている。半分眠りかけている状態のまま体を起こしたのを気配で察知すれば、次いで背中に感じたずっしりとした重み。いきなりだったのでその重みに押されて前のめりになる。床にぶつかるだろうと言う寸でのところで留まり、何とか先ほどの位置まで押し返す。加減することなく全体重預けてくるから気を抜いたらまた押し潰されそうだ。

「団蔵、寝るなら自分の部屋で寝てよ!」
「・・・やー今さ、俺らの部屋…悲惨なことに、なってんだよなぁ・・・」
「ちゃんと起きてよ!眠りかけてるってば」
「そんなとこで寝たくないだろー・・・」
「・・・聞いてないし。しかも自業自得」

団蔵と虎若くんの部屋がどんな状況かは敢えて聞かないでおくことにする。聞いたとしても今の団蔵じゃまともな答えなど返ってこないだろう。ふよふよとした声は夢と現との狭間を行き交っているようだ。

「団蔵、だからってこんなところで寝なくっても・・・・・・って、ちょ!」

背中にあった重みがふっと消えた。そのことに驚いて振り返れば、何とも良いタイミングで頭から団蔵が落ちてきた。それはそのまますとん、と私の膝の上に納まる。

「団蔵!?」
「だからさ、膝貸して?」

私を見上げてニッと笑ったかと思えば、そのまま瞼は閉じられスゥと眠りについてしまう。不覚にもその笑みに見惚れてしまった私は顔が赤くなるのを抑えられなかった。最後のあの台詞と笑みには自覚があったのか、なかったのかそれは団蔵にしか分からない。・・・多分ないんだろうなぁ。長年の付き合いだから何となく分かる。だから団蔵はずるい。

「・・・しょうがないなぁ」

仕方ないから膝くらいは貸してあげよう。一体どのくらいこの散らかった部屋に居なくちゃいけないのか分からないけれど、原因の一端は私も担ってることだから大目に見てあげるとする。それでもやっぱり私ばっかり損してる気がするから、後で伊助くんのところに行って団蔵達の部屋のことは伝えておこう。虎若くんには悪いけど明日には伊助くんの監視のもと大掃除が行われるだろう。

「お疲れさま。・・・おやすみ」

少しごわつく髪に触れながらその寝顔を眺める。襖のなくなった部屋をゆるやかな風が通り過ぎていった。そのうち眠気に襲われた私はウトウトし始める。火薬の臭いが微かに残る部屋で眠りに着くまでに時間はそうかからなかった。




いとおしむように目を閉じて