「・・・・・・面白くない」 「ぬーがや?」 「居たの?」 「たった今、来たんさぁー」 ひょっこりと顔を見せた平古場くんはさも当然のように今は空いている前の席に座った。彼がこの教室に来ることは珍しくはない。むしろ最近は毎時間見かけているような気がする。そんな彼とは特別親しい間柄ではなかったはずなんだけど。 「裕次郎に用があって来たんじゃないの?」 「あい?」 「あい?・・・じゃなくって」 「やー機嫌悪いな。何わじわじしてるさー」 「してないよ、別に」 敢えて言うならば平古場くんが来たことで私のテンションは更に下がった。幾つかの視線がこちらへと注がれている。嫉妬と言う名のそれは私だけに向けられているものであって平古場くんはこれっぽっちも感じてない。彼はもう少し自分と言うものをしっかりと把握するべきだと思う。その外見からとっつき難い印象を与える平古場くんは女子からすれば話しかけ辛い存在だ。一度話してしまえさえすれば打ち解けることだって容易だと思うのに、控えめな子たちにすればその切欠が掴めないらしい。故に何もすることなく平古場くんと当たり前のように話をしている私に厳しい視線が送られてくる。 気にしないようにとそんな彼女達は視界の隅から追いやる。変われるなら変わってあげたいところだけれど、そんなことできるわけもない。外見と印象はやっぱり大切なんだなぁと改めて思う。そこで損をする人もいれば得をする人だっている。 そう例えば、少し離れたところで女の子と楽しそうに話している奴とか。 「へぇ、裕次郎の奴やるやっし」 「・・・・・・ぃやーもね」 「あい、わんも?」 本気で分からないという顔をする平古場くんも、こっちにまるで気付くことなく笑顔を見せる裕次郎も。どちらも私の機嫌を落としてく原因だ。平古場くんの言う通り。機嫌は確かに良くない。でも、だからと言ってそれほど親しいとは言えない彼にあたるのはお門違いと言う奴。ここ最近、私の前にやって来るそれが全てを物語っているかのようで認めたくない。 「」 「やーも裕次郎もしにふらーやし」 今まで当たり前のように在った場所をいきなり失い、ポカリと空いてしまった空間を埋めてくれる人は望んでいた人じゃなくて。我侭だと思うけれど、これが私の気持ちなのだからしょーがない。未だに感じる嫉妬言う名の視線も、彼女達の気持ちも分からなくもないけど、私の今の状況も彼女達と同じだから。 「ふらーなのは裕次郎さー」 「平古場くん?」 ああ、そろそろチャイムが鳴る頃だよと教えようと思ったのに。前の席の子がとっくに戻ってきていて座りたいのに声をかけ辛そうにしているのだって彼は気付いているんじゃないんだろうか。何も知らないのだとばかり思っていた筈のその双眸が見透かすかのように私を捉える。バレているのかもしれない、と。それとも、これは単なる偶然で思い過ごし? 「裕次郎なんてやめてわんにしとけよ」 「えー凛、いつの間に来たんだよ」 「さーな。そうそう裕次郎、教科書借りるさぁ」 平古場くんの存在に気づいた裕次郎が彼女から離れてこっちへとやって来る。彼は何事もなかったように裕次郎と会話をしている。私を置いた二人の会話だけが入ってきては抜けていく。 「またかよ!やーいい加減自分の持ってくるさ・・・・・・、どうした?」 「え?」 「ボーっとして何かあったのか?」 「・・・ううん、別に何も」 心配そうに顔を覗きこんでくる裕次郎から逃れるようにサッと逸らした視線は平古場くんの方へと移る。彼は普段と変わらぬ表情でそこに居る。あまりにも普通すぎるから、さっきのあれは私の聞き間違いなのだと、そう思ったほど。 「それじゃー戻るか」 「それ返しに来いよ」 「分かっとるさー。それと、」 「なに」 「さっき言ったことしんけんさぁ。忘れんなよ」 彼は不敵とも取れるような笑みを残してあっさりと教室を出て行った。纏わりつくように裕次郎が何のことだと聞いてきたけれど、そんなこと言えるはずもない。
メランコリックに染まる空 |