「忠告を聞かないからだよ」

優しい響きを含んでいるくせに言っている事は辛辣だ。私の心にぐさりと突き刺さる。知ってか知らずかへにゃりと独特の場を和ませるような笑みを浮かべるから私はそれを見ないように折り曲げていた膝上に額を預けた。泣くまいと決めた心情とは裏腹に瞳を薄っすらと包んだ透明な膜はそのままゆっくり瞼を下ろせばするりと零れ落ちた。次々と溢れ出す滴を止める術も分からずただ悟らせまいと固く唇を結んだ。






やがて気づくの、これが恋






「大体はさぁ、ちょっと優しくされると勘違いしちゃうんだから」

私の頭を撫でる手は慰めるようにとても優しいのにバカにしたかのような言葉に下唇を噛み締めた。肩がぶつかるほど近い距離。背を壁に預けて自分のベットの上に蹲る私の、その隣に感じる存在はずかずかと私の領域に踏み入ってくる。言ってることとやってることが矛盾している。頭の上のそれを振り払うように首をぶんぶんと左右に振った。

「・・・・・・るさい、タカ丸には関係ない」

負けじと言い返す声が涙で迫力の欠片もないことは承知の上で、それでもそれと同時に膝に埋めていた顔を上げてタカ丸を睨む。そんなことを言うため為だけにきたのならとっとと帰ってしまえ。そう伝えても眼光鋭く見つめる先の男が怯みもしないことは分かりきっていた。ただ、垂れ下がった眉だけがほんの少しだけ困っているのだと教えてくれる。

「ねえ、そう思うなら拒絶すればいいんじゃないの」

はらはらと零れ落ちていくことをやめない透明の滴が頬を伝うその前に伸びてきた指が掬っていく。無機質なほどに冷たい言葉とは裏腹にその指先は腫れ物を扱うかの如く繊細に触れるから、振り払えない。矛盾している言葉と仕草に見え隠れしているものを探ろうと試みるものの、すぐに諦めた。
腫れて赤くなっただろう目元をさする親指の腹に小さくも熱が浮かび上がる。呆然とそれを受け入れる私にタカ丸ははじめてその顔に僅かばかりだが険しさを滲ませた。

「僕はね、怒ってるんだよ。ちゃんと忠告したのに聞いてくれないから」
「でも・・・、」
「好きになったんだからしょうがないって?はいっつもそればっか」

壁に全体重を預けていた筈が、左肩を掴まれ強制的にタカ丸の方に転換させられる。向かい合う形で見上げたタカ丸は眉間に深くシワを刻んでいた。横から見たそれは怒っている時の顔だと思ったのに、そうじゃなかった。何かを堪えるかのようにじっと耐えているからこそ、眉間に険しいシワが寄り、泣き出してしまいそうなくらいに弱々しかった。

の人を好きになる気持ちはその程度のものなの?」

ちょっとした優しさに浮かれて、勘違いして。それですぐに好きになっちゃうの?訴えかけるような声にいつの間にか私の涙は引っ込んでいた。目元を撫ぜていたタカ丸の指はそのままするりと下りて頬を包み込む。指先だけじゃない、大きな掌に覆われる。涙の跡が残るかさついた頬にタカ丸の掌に宿る温もりが沁み込んでいく。
違うのだと口に出来ないのは思い返す過去がそれを認めてしまっているからか。改めて振り返れば何とも情けない自分の気持ちに、なんて単純な女なのかと虚しくなった。けれどもタカ丸だけにはそう思われたくないと襲った恐怖に慌てたように私は彼の名を呼ぶ。

「タカ丸・・・!」
「だったらさ」

視界を覆い尽くした金色の髪に目が奪われるのと同時、唇に触れた熱。理解する前にすっと離れた顔は鼻と鼻がぶつかるのではないかと思うほどの至近距離で停止する。こつんと合わさった額に、タカ丸の前髪が私の髪と交じり合う。

「だったら俺を好きになって」

いつの間にかもう片方の頬にもタカ丸の掌が添えられていた。至近距離から私を見つめる双眸は逃げることを赦してはくれない。幼い頃からよく見た何事にも鷹揚な態度と周囲の者を和ませる笑顔はそこに欠片すら残っていない。必死さを伝えるのは私の頬を包み込む掌で、触れている肌の内側まで伝わってくるほどに熱い。彼の隣で、ぬるま湯に浸かったように安心して過ごしてきたこれまでには感じたことのない熱にくらりとした。

「他の男のせいで泣いてるのを慰めるのはもうごめんだよ」

掌は固定されたまま、親指だけを動かして私の唇をそっとなぞる。お互いの息がかかるほどの近さでタカ丸が喋る度に吐息がかかって浮かされそうになりながらも、素直に受け入れえている自分がいる。

「うんと優しくするし泣かせるようなことはしない。ずっと大事にするから」


が好きなんだ。いい加減さ幼馴染から卒業しない?」

嫌だったら拒絶して、と囁くように言われた言葉にそうすることなど出来なかった。ああ、なんて単純な女なんだろう。私はまた同じことを繰り返そうとしているのではないの。タカ丸の優しさに甘えて、縋ろうとしている。けれど再び触れ合った唇の、その温かさに安堵する気持ちはきっと今芽生えたものじゃない。溶けるような熱も、触れた部分から伝わってくる思いも、タカ丸だからこそ受け入れられる。


お願いだから、どうかそれだけは伝わって。






子依さまへささげます。リクエストありがとうございました。