「「「さーん!」」」 吉野から説教を受けている小松田に代わって校門近くを竹箒で掃いていたは折り重なった三つの声を聞く。集めた落ち葉や塵を散らさないよう一箇所に集め、振り返れば乱太郎・きり丸・しんべヱの三人がかけてくる。乱太郎ときり丸が一足先にのもとに辿り着き、遅れてしんべヱがやってくる。 「三人ともどうかした?」 三人が揃ったところでは話しかける。 「はい。さんこれから暇ですか?」 「この掃除が終わったら時間は空くけど・・・」 ぱっと自分を見上げた乱太郎の声に、この後の予定を思い浮かべる。そろそろ小松田も戻ってくる頃なので自分の仕事もこれで終わりのはずだった。 「じゃあ俺達と一緒に杭瀬村まで行かないっすか?」 「・・・杭瀬村?」 聞いたことのあるような村の名前にはて、どこで聞いただろうかと首を傾げる。この世界について多少知識のあるがうろ覚えのことの方が多い。 「食堂のおばちゃんのお遣いで杭瀬村の大木先生の所にラッキョウを貰いに行くんです」 杭瀬村、大木先生、らっきょ。乱太郎からもたらされた三つの単語にそういえば、と思い出す。元は忍術学園の教師で大木、という名前の人がいた気がする。 「さんも一緒に行きませんかー?」 にっこり笑って見上げられ、は返答に窮する。誘ってくれたことは嬉しいが、勝手に学園から出てもいいものだろうか。は自分が怪しまれていることは重々承知しているので許可もなく己の判断で外に出ることは不味いのではと思う 「だめ、でしょうか?」 乱太郎の眼鏡の奥の瞳が曇るのを見て困り果てる。一緒に行ってあげたいが無断で行動することも避けたい。きり丸としんべヱにも返答を望むように見上げられ、更に困惑する。 「乱太郎、きり丸、しんべヱ、まだそんなところにいたのか」 どうしたらいいのだろう、という迷いは一つの声によって遮られる。届いた声を追ったはその先にいた人を見て僅かばかり身を強張らせた。 「土井先生!」 「誘うのだけにどれだけ時間をかけてるんだ、お前たちは」 「だってさんが・・・」 いつもの黒い制服ではなく私服を身に纏った土井半助はわらわらと寄ってきた三人の様子に気付いてを見る。は困惑の色を滲ませた顔で、半助を窺うように見た。 「乱太郎、きり丸、しんべヱ。お前たちは先に行って着替えてきなさい」 「え、でも!」 「もたもたしていると時間が無くなるだろう?ほら、行ってこい」 「「「はーい」」」 ぱたぱたと三人が長屋の方へと向かうのを途中まで見届け、半助は改まってを見た。三人がいなくなったことによって心細そうだ。怯えているわけではないが、警戒するような視線に思わず苦笑してしまう。の教師に対する接し方は一様で常にこちらの態度を気にして対応していた。それは半助にしても例外ではない。 「あの・・・」 「貴方も早く着替えてきてください」 「え・・・?」 「今回のお遣いは私もお供しますので、何も心配する必要はないんですよ」 顔をあわせる機会があれば冷たい目線ばかり向けられていたからこそ、半助の態度には目を丸くするしかなかった。苦笑いであれど、笑いかけられることもなければ、丁寧に話しかけられることもなかったので驚きだ。 「さあ早く。急がないと乱太郎達を待たせてしまいますよ」 「あ、はい」 思わず頷いてしまったは、内心で首を傾げながらくのたま長屋へと向かった。 杭瀬村に向かう道中、少し落ち着いてきたは半助が自分を監視するために共をするのだと言うことに気付いた。そりゃそうだ。疑っている人間を忍たま達と一緒に外になど出すわけがない。 しかし、その割に半助のに接する態度は至って普通でこれまでの教師達とは明らかに違っていた。取り繕うことが得意だからなのか、それとも半助が一年は組の担任だからなのか。理由は分からないが、あからさまな態度を向けられないのでそれはそれで接し方に困ってしまう。 「あの、どうして私を外に出すことに許可してくださったのですか?」 思い切って聞いてみたのは杭瀬村まであと少しで到着するという時だった。 の少し前を三人組が楽しそうに歌をうたいながら歩く。微笑ましい三人とは対称に、は隣を歩く半助の様子を気にしてばかりだった。 「乱太郎達から聞いてないのですか?」 「・・・?はい」 「伊助が頼んだんですよ」 「伊助君が?」 「気晴らしに貴方を一緒に連れて行ってくれないかと言ったそうです」 伊助がを心配してくれていることは知っていた。庄左ヱ門と一緒に毎日のように顔を見せてくれるだけでも随分と救われていたのにまさかそこまで考えてくれているなんて思いもしなかった。 「伊助の気持ちをくんでくださるなら、私のことはあまり気になさらず楽しんでください」 はそこでまともに半助を見た。 「私はただ付き添いでいる、それだけですよ」 暗に監視だと思うなと言う半助には戸惑う。 「私の所為で気晴らしにならなかったとなれば伊助に怒られてしまいますからね」 それは優しさだろうか。当たり前のようにに笑いかける半助はやはり他の先生方とはどこか違う。そのどこか、を見抜かしてくれる相手ではないのでは深く考えるのをやめることにした。半助の言うとおり、伊助の気遣いを無駄にしてしまうことはしたくはない。 「そう、ですね・・・分かりました」 完全に意識から外すことなど不可能だろうが極力そうするよう努めることは出来るだろう。 「さん、土井先生遅いっすよー!」 「ごめんね!今行く」 いつの間にか前を歩く三人との距離が空いていた。振り返りながら歩くきり丸の声には慌てたように歩く速度を早めた。もう目と鼻の先に杭瀬村は見えていた。 「「「大木雅之助先生こんにちはー!」」」 「乱太郎、きり丸、しんべヱ、久しぶりだなぁ!」 大木雅之助という男は会ってみれば、見たことのある顔だった。の中で顔と名前が一致していなかっただけらしい。しかし見たことはあってもどのような人なのか知らないは乱太郎達が雅之助と話しているのを一歩後ろでじっと見ていた。 「それで、土井先生の隣に立ってる人は誰なんだ?」 それまで乱太郎達と話していた雅之助の視線がへと向けられる。 「新しく雇われたさんです」 「食堂のおばちゃんの手伝いしてるんです」 「あ、あと事務の仕事も手伝ってんでしたっけ?」 乱太郎がに代わって紹介し、しんべヱがつけたし、きり丸は確かめるようにを見上げる。 合ってるよと伝える代わりに笑って頷いた。 「です」 すっとしんべヱの横に並び、は名を名乗る。 「大木雅之助だ。よろしくな」 にかっと笑いかけられ、知らずと張っていた気が緩む。 仮にも相手は元忍術学園の教師。その意識が強かったらしい。 「大木先生、今日はよろしくお願いします」 「しかし土井先生が一緒とは珍しいな・・・」 丁寧に頭を下げた半助を見てなにやら考えるように呟く。 「それじゃあ大木先生、私達野菜取りにいってきまーす」 「さん行きましょう!」 「え?うん」 しんべヱに手を引かれ、は畑の方へと向かう。乱太郎ときり丸と比べると些かゆったりとしたペースで走るしんべヱに合わせながらはちらりと背後を振り返った。残った半助と雅之助がなにやら話す様子が目に映る。その内容が気になったが、ついさっき伊助への気遣いを無駄にはしないと思ったばかりだ。気にすることはやめようと軽く首を振って忘れることにした。 野菜取り――とは言ってもラッキョウばかりなのだが――を始めて半刻で体力の限界を感じてきたは音を上げる。都会育ちのにとって畑仕事とは無縁に過ごしてきたために乱太郎達に一から教えてもらいながら作業していたのだが、思っていた以上に重労働ですでにヘトヘトだった。すぐそばで同じように作業をする三人はまだまだ平気そうだ。若干、しんべヱが疲れを見せ始めているがそれでもと比べればまだまだ元気だ。は立ち上がってどっと息をついた。ずっとしゃがんだままだったので腰が痛くなっていた。 「さん大丈夫っすか?」 きり丸が疲労の色を濃く顔に滲ませるを見て声をかける。その声に反応して顔を上げた乱太郎もを見て、すぐさま心配そうに顔を曇らせた。 「さん、無理しないで少し休んできてください。私達はまだ平気ですから」 「ありがとう。じゃあ、ちょっとだけ休んでこようかな」 このまま続けると学園までの帰りが辛そうだと思い乱太郎の言葉に甘えることにする。足元を少しふらつかせながら近くの木のもとにまで歩き、その幹にもたれかかるように座り込んだ。 生茂った青葉が日光を遠ざけ、そこだけ少し気温が低く感じられて気持ち良い。さわさわと揺れる葉の音を聞きながら畑で精を出す三人を見て己の体力のなさを実感する。中学の頃は今よりは少しマシだったはずだ。部活を引退して極端に運動量が減ったことが原因かと考える。 「なんだもうへばったのか」 いきなり聞こえた声にはぎょっとする。いつの間にかの目の前には大木雅之助が立っていた。肩を竦めたは雅之助を見上げ、咎めているのではいのだと知り少し安心する。 「・・・あの」 「ほれ、茶だ」 「ありがとう、ございます」 スッと顔面に差し出された湯呑をまごつきながらも受け取った。淹れたばかりなのか触れた湯呑は温かい。体を動かしてきたばかりのには少し熱いと感じた。両手でしっかりと包むように持ち、数度息を吹きかけ、冷ましてから口につける。 「・・・おいしい」 雅之助の淹れ方が上手いのか、よほど疲れていたからなのかそのお茶はとても美味しかった。意識していたわけではなくポツリと漏れた言葉にはっと雅之助の存在を思い出して顔を上げれば、じっとを見つめる瞳と、目が合った。 「どう見てもそこらの町の娘と変わらんのだがなぁ・・・」 しげしげと観察された上での言葉に引っ掛かりを覚える。そういえば半助はと視線をうろつかせばいつの間にか畑で乱太郎達と一緒に作業をしていた。甲斐甲斐しく動く姿がここからでもよく見える。 「それは・・・」 「お前さん、異世界から来たんだって?」 なんてことのないように聞くので、一瞬何を言われたのか分からなかった。 「なんだ違うのか?」 「いえ、その通りです、けど・・・」 疑っている気配はあるが、警戒しているような様子は感じられない。 だからか、半助の時同様にどう対応すればいいのか迷う。 「・・・土井先生が?」 「ああ。わしもこれでも元忍術学園の教師だからな。話しておいた方がいいと思ったんだろう」 やっぱり。半助と深刻そうに話す様子をちらりと見た時にそんな気はした。 「しかしなぁ、異世界と言われても想像がつかん」 「・・・疑わないんですか?」 「疑って欲しいのか」 「そうじゃないですけど」 忍術学園の教師達は誰一人としての言っていることを信用してないようだった。そしてそれが当然の反応でもあることは言うまでもなかった。 「まぁもちろん信じたわけじゃないがな」 きっぱり言われたのに不思議と嫌な気分にはならなかった。 そこにを危惧している気配がないからなのか。 「だが疑うつもりもないから安心しろ」 「・・・はぁ」 「わしは既に教師を辞めた身だしな。お前さんを見極めるのは学園の仕事だ」 そう言って豪快に笑う雅之助をはぽかんと見上げる。 「それにここに来たのは息抜きのためだと聞いたからな」 常に教師の目が光る学園と違う、何も気にしなくてもいいという点ではこの杭瀬村は気晴らしには確かにもってこいの場所のように思えた。町などと違って人が行き交うこともないので周囲に気を配る必要もなく、見知らぬ人と接することに敏感になっているには過ごしやすい。 畑の方を見やれば手を休めている乱太郎と目が合う。 満面の笑みと一緒に大きく手を振る乱太郎に自然と頬は緩む。 「あの、大木先生・・・」 「なんだ?」 「また来てもいいですか?」 畑仕事は大変だったけど、時間を忘れて作業するほど夢中になっていた。その間はの中に常に付き纏う不安や悩みも忘れてしまうほど集中していた。そういう意味では気晴らしになったと言っても間違いではないだろう。 「次来る時はもう少し体力をつけておくんだな」 「・・・・・・善処します」 にやりと笑った雅之助の肯定的な返事を聞きながら、もう一仕事するべくは残ったお茶を流し込んで立ち上がった。
泡沫の昼下がり
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