季節外れの拾いものをしてしまった私を見て「さすが不運委員会」とのたまった同室の友人は大人しく床に就く私を見てからからと笑った。うるさい、と反論してみたけれど乾いた喉から零れるのは掠れたような声で、虚しくも軽く一蹴されてしまう。それよりも、とばかりに私の額に触れた友人は分かりやすく眉間にしわを寄せた。 「本当に保健室に行かなくていいの?」 「・・・うん」 「そう。私これから委員会だから一緒にいてあげられないけど」 「平気だよ」 彼女はこれからあの地獄の会計委員会の仕事が入っているらしく、さきほどからずっとそのことを気にしていた。会計委員会の仕事が日付を超えるまで行われているのは最早有名だし、同室の私も彼女がいつもへとへとになって帰ってくることは知っている。だからこそ風邪をこじらせた私を一人残していくのが心許ないからと保健室に行ってはどうだとすすめられたけれどそれに対する私の態度は行かないの一点張り。彼女がほとほと困っているのはその顔からもよく分かる。 保健委員会の一員である私が保健室を遠慮するのはひとえに被害拡大を防ぐためだ。保健委員会の誰かが風邪を引くと、それを看病してくれていた子に移してしまうのは嬉しくもないが最早確定事項だった。風邪の菌を広めてしまうのを分かりきっていて保健室に行くという選択肢が思い浮かぶはずもない。私だって保健委員会の人間だ。他の生徒が休む場所を占有するわけにもいかないし、委員会の面々に移すようなことはしたくはない。 「それじゃあ行くけど、ちゃんと寝るのよ」 結局折れたのは友人の方で布団の横に座っていた彼女はすっと立ち上がる。そろそろ行かないと潮江先輩に怒鳴られると部屋を出て行く彼女の背にいってらっしゃい、と声をかけたけれどかすかすの私の声がはたして彼女に届いたかどうかは定かではなかった。 一人きりの空間に退屈を感じるまでにそう時間はかからなかった。それ自体は会計委員を同室に持つ身としては慣れているのだけれど、何も出来ずただじっと横になっているだけというのは思いの他辛い。寝てしまえれば楽なんだろうけど朝からずっと臥せっていたおかげで眠気は欠片も感じられず、ゆらゆら揺れる蝋燭の灯ばかりを見つめていた。 小さな物音を聞いた気がしたのは同室の友人が出て行ってどれほど経った頃だったか。。風邪で五感が鈍っているだろう今の私にとっては気にするほどのことではなく幻聴だっただろうかと結論づけていると今度はさきほどよりも大きな音がする。カタ、と言う音と一緒に天井板が一枚外される。 「ちゃん」 聞き覚えのある声と一緒にひょこと覗かせた顔は私と目が合うと優しく微笑む。驚きで声をあげるよりも先に、唇の前に持っていかれた人差し指がそれを制する。それから顔を引っ込め、すとんと布団の横に着地した伊作先輩はそのままその場に座りこんだ。 「風邪引いちゃったんだってね」 「先輩・・・どうして」 「ちゃんの友達がわざわざ教えてに来てくれたんだよ」 伊作先輩の掌が私の額に触れる。少し熱いかなぁ、と零す先輩のその手を見つめながら今頃帳簿と戦っている同室の友人を思い浮かべる。気持ちは嬉しいけれどまさか伊作先輩に話してしまうなんて。彼女の気遣いに私の思慮は跡形もなく崩れ去った。数日後にこうして臥せっている伊作先輩の姿がありありと想像できる。友人を責めるつもりはないし、話を聞いて忍んでまで来てくださった先輩を今更押し返す気力は私にはなければ伊作先輩も退こうとはしてくださらないだろう。病人が目の前にいるのに放っておくような人ではないことは百も承知。それでも、私の配慮すらも彼女から聞いているだろう先輩にはもっと自分を大事にしてほしかった。 「伊作先輩には、移したくなかったのに」 「私が風邪をもらうことはもうちゃんの中で決まってるのかな」 「否定しないってことは、伊作先輩もその可能性をお考えなんでしょう?」 私の問いかけに苦笑でもって答えた先輩の掌が額から離れる。触れ合った部分から私の持つ熱をそのまま伊作先輩に与えてしまっているように思えた私は安心する。その反面で離れていったその手が名残惜しいと思ってしまったことにほとほと厭きれてしまったけれども。 「ちゃんの気遣いは嬉しいけど、保健委員の前に今の君は病人だってことを忘れちゃだめだよ」 「それは、そうですけど・・・」 「風邪を治すのがちゃんが今第一に考えることだ。違う?」 病人相手に伊作先輩がよく言う台詞を言われてしまえば私は返す言葉もない。伊作先輩の真似をするように同じ事を風邪で寝込んだ後輩の子に言ったことがあるものだから尚更に。 「分かったら大人しく看病されること」 「・・・はい」 「私に移ってしまったらその時はその時だよ」 慣れてしまっているからか、少しの自嘲めいた笑みを浮かべるだけの伊作先輩を私は遠慮がちに見上げた。私に風邪を治すことが第一だとさとす伊作先輩は、ご自身が風邪を引いてしまったのならそれこそ私と同じように自室にこもるのだろう。そうなった時に伊作先輩を看病するのは同室の食満先輩かなぁと考えていたらぽつりと言葉を漏らしていた。 「その時は・・・、私が看病します」 つい口走ってしまった言葉に伊作先輩は少し驚いた顔をしたけれど、その直後には笑っていた。 「ちゃんに看病してもらえるのなら風邪を貰うのも悪くないかもね」 すっと伸びてきた手が私の頭を撫でる。ちらりと見えた顔が赤かったのはすでにこの風邪を移してしまわったわけではなさそうだった。
尽きぬ夜の底で
みゐさまへ捧げます。リクエストありがとうございました。 |