きっかけを、常に探っている。 いい加減この手にしっくりと収まる少し丸みを帯びた箱はそれだけ勝負に出ようとした証だ。しかし、何故か上手くいかない。結局、未だにこの手に収まっているのは失敗したからで、邪魔が入ったりタイミングを掴めなかったりするからなのだ。全く情けがない、と仙蔵に笑われたが言い返す事が出来なかったのは言うまでもない。 夜も遅くまで熱心にバイトに励むを迎えに来てみれば、すでに彼女は上がらせてもらったらしく裏手口に立っていた。・・・見知らぬ男と一緒に。とその男がいる場所からしてそいつは同じバイトの人間なのだろうが、気になったのはそこじゃなかった。見るからに困り果てた顔のと、迫るように言い寄っているその男の近さ。があからさまに嫌な顔しているのに気づいてないのか。くすんだ外灯に照らされて見えた男の顔がしたり顔だったのがまた腹が立つ。 「」 呼ぶ声はおのずと低くなる。俺の声に導かれるようこちらを向いたは助かったとばかりにその相好を崩す。その場で男に何か一言告げてから軽い足取りで走ってくる。その後ろでは振られたと言っても間違いではないその男が敵意丸出しの視線を向けてくる。あげくには舌打をしているのが見えた。舌打したいのはこっちだ。それを一睨み効かせることで押し留めたことには自分で自分を褒めてやりたい。 「留三郎・・・ごめん、助かったよ!」 「いや、それより大丈夫だったか」 「うん。バイトで世話になってる人だから、つっぱねることもできず困ってたの」 だからってそれとこれとは別の話だろう。あからさまに迫られてたことに気付いていないのか。ほわほわと笑顔で俺を見上げてくるが超のつくほどの鈍感だったことを思い出すのはこういった瞬間だ。そのことで片思いだった頃はかなりやきもきしていた筈なのだが、時間がそうさせたのか、それとも彼氏に昇格したからなのか前ほどそういったことに疎くなっていたようだ。もちろん、俺が。 「、お前あのバイト辞めたらどうだ」 「え、・・・うーん、確かに就活に集中しようとも思ってそれも考えたけど」 そうして本格的に悩み出す。留三郎はいいよねぇ、とんとん拍子で決まっちゃって、と妬み半分に思考の片手間では呟く。目星をつけていた会社からは残念ながら内定を貰うことは叶わなかったは就職活動で忙しい毎日を送っている。アルバイトはその合間をぬっての小遣い稼ぎだ。しかしその余裕があるのなら就職活動に時間を注ぎたいのだと言う。まぁその気持ちは分からなくもないが、それで会う時間が減るのも堪ったもんじゃないなと思う。そうして意識はジーパンの後ろポケットにつっこんである四角い箱の存在。 「早く内定もらって楽になりたい・・・」 「だからって見境なく選ぶなよ」 「う、分かってるよ。選ぶのは慎重にやってる」 「・・・なぁ、この際就活するの辞めたらどうだ」 「はぁ?とめ、何言って・・・、」 きっかけとかタイミングとか、大事だろうけどそんな悠長なこと言ってるから今日みたいなことが起こったのだと思えばそんなこと大切でもなんでもないんだと思える。 怪訝そうなその声は左手首を掴んだ辺りで音をなくす。何をするのだろうかと胡乱気に俺を見上げてくる視線を気にしながらも後ろポケットから箱を取り出しその中身を抜き取る。鈍い光に照らされてきらりと光るそれに気付いたのか息を呑む音を聞いた気がしたがそれに対応するほどの余裕は残されていない。汗ばんだ掌に思っていた以上に緊張を強いられているのを感じながら、の左手薬指に銀色のリングを滑らせた。 「とめ、これ――、」 「それつけとけば悪い虫もつかないだろ」 「で、でもバイト辞めたらって!」 「就活するならの話だ。その必要がないなら辞めることはないだろう?」 どのみちこのバイト先は辞めて欲しいところだがそれは今言う必要もないかと心に留めた。は心此処に在らずというようにぼうぜんと薬指を彩るそれを眺めるが、そのままでいてもらっちゃ困るので左手首を掴んだままの手にほんの少しだけ力を込めた。ぴくりと反応したは目を点にしたまま俺を見上げる。 「来年、俺が仕事に就けばお前も養える。だからな・・・、一緒にならないか?」 目をぱちりとさせたの瞳はそれから間もなくして透明な滴で溢れそうになる。潤み揺らいだ双眸は力強く頷いたその途端に涙がぽろぽろと零れ落ちた。言葉の返事などいらない、それだけで俺には十分だった。 頬を滑り落ちるその前に指の腹で拭ってやりながら、泣きじゃくるその姿だって愛しいと思ってしまう。他の誰にも見せたくはないし、この位置を譲ってなどやれないと思う気持ちの分だけ引き寄せて抱きしめた腕に力を込めた。
見果てぬ未来に愛一つ
こうさまへ捧げます。リクエストありがとうございました。 |