目が覚めたら、知らない場所にいた。 知らない、と言うのは少し御幣がある。は座り込んだまま、きょろきょろと辺りを見渡す。この場所は知っている。がこの世界に飛ばされた時に最初に居た場所。ここで兵助と伊助に助けられ、学園に連れていってもらったのだ。 でも、どうして。いきなりこの場所にいるのだろう。学園から出た覚えはない。意識が戻る直前まで何をやっていたのか考えたが、何故か何も思い出せず違和感ばかりが頭の中を占める。 そんな気持ちを振り払うようには立ち上がった。こうなった経緯もよくは分からない。でも、とりあえずは学園に戻らないと。 幸い学園までの道は覚えている。何度か学園の外に連れて行ってもらうようになって少しだけだが道は覚えた。けれど、たった一人で学園の外に出た事などなかった。 不安に駆られながら立ち上がったは学園の方へと歩き出した。の足だと此処からでは少し時間がかかってしまう。一人ぼっちという恐怖と寂しさを忘れるように進める足は自然と早まる。誰でもいいから会いたい。 その時、すぐ近くの草むらからかさりと草を踏みしめる音がした。走ることだけに集中していたは音に気付くのに遅れた。確かめるために草むらの方向を見ようとしたその直後、腕を引っ張られて茂みの中に引き込まれる。上げようとした声は口元を覆われてくぐもって言葉にもならなかった。 「んー・・・!」 「しっ。静かにしてください」 耳元で囁かれた低く落ち着いた声。聞いた事なんてないはずなのに変な違和感を感じては喋るのを辞める。大人しくなった事で口を覆っていた手は外され拘束も解かれる。急いで振り返ったの目に飛び込んできたのは見知らぬ顔だった。でも、どこか見覚えがあるような気がしないでもない。眉間にシワを寄せてその男の顔を見上げながら考え込むに相手の男が笑った。 「やっぱり、分からないですよね」 「・・・え・・・・・・?」 「私ですよ、さん」 目許を和らげて男は笑う。そんなこと言われても分からない。けれど、どうしてだろうか。懐かしい感じがするのは。不思議な感覚に陥っているとザッという音と共に誰かがすぐ傍に着地した。 「庄左ヱ門!・・・良かった無事保護したんだね」 を見て安心したように笑う少年。 けれど待て。彼はを取り押さえた男を何と呼んだ。 「お帰り伊助。まぁ危なかったけど。他の奴等は?」 「派手に暴れてるところ」 「またか。どうせ兵太夫と団蔵あたりだろ?」 「ううん、なんかみんなして張り切っちゃってるみたい」 少し遠くで何かが爆ぜる音や悲鳴に似た叫び声が響いていたがの耳には聞こえていたが届かなかった。それよりも目の前にいる二人に釘付けだった。 「・・・伊助・・・くん?・・・・・・庄左ヱ門、くん・・・・・・?」 二人が互いに呼び合った名はもよく知る名前だ。けれどの知っている彼らはもっと幼い。今この場にいる彼らはどう見てもと歳はそう変わらない。 「はい」 「そうですよ」 にっこりと笑って肯定する二人。 確かに面影がある気はする。でもそんなこと、あるのだろうか。 「先ずは状況から説明しましょうか」 そんなを見て庄左ヱ門が口を切る。 「五年前、さんが教えてくれたんですよ。不思議な体験したって。五年後の僕達に会ったって」 「・・・私が?」 「ええ。伊助がさんを見つけた場所で目が覚めたって言っていたので私達全員で迎えに行こうって話になったんです」 「じゃあ他の子達は?」 「もうすぐ来ますよ。実はこの道、最近山賊が闊歩していて危険なんです」 「目が覚めたさんが学園に戻ろうとこの道を通ったら危ないって庄左ヱ門が言い出して。それで他の奴等はその山賊の退治中です」 「で、私と伊助でさんを迎えにきたんです。発見があと少し遅れたら山賊たちに見つかるところでした」 庄左ヱ門の言葉にそれで茂みに引っ張り込まれ挙句には大声を出されないよう口元を覆われたのだと知る。概ね事態を理解した。しかし、まだ実感が湧かないはぽかんと二人を見るしかない。 「さーん」と満面の笑みで駆け寄ってきて、の手を引いて歩く後姿。時折気遣うように振り返っては見上げる姿が可愛かった。それがの中の彼らだ。 「さん?」 伊助の顔が近づく。心配そうに顔を寄せて気遣うそれは変わらないのに、あの頃とは違う成長した、歳も変わらない男の子が目の前にいる。整ったその顔立ちが近くにあっては慌てて顔を引いた。 「あ・・・、」 「さん、どうかしたんですか」 「ごめん。なんでもない、よ」 成長してしまったその姿にどきりとしてしまっただなんて言えない。凛々しい面持ちの庄左ヱ門にも、綺麗とも可愛いともとれるその顔に柔らかさを残した伊助にも。こんなにも立派に成長してしまうだなんて卑怯だ。そんな自分勝手なことを思いつつ少し熱を帯びた頬をおさえた。 「庄左、伊助!ちゃんと保護できた!?」 ザッと空気を斬る音がする。聞こえた声と同時に巻き起こる風。その声に振り返ったは絶句することになった。地面に着地した者、近場の木の枝に立っている者、座っている者、その木の枝に足を引っ掛け逆さまの状態でこちらを見下ろす者等、その数九人。誰だと聞かずともその人数と後ろにいる二人のことを考えれば答えは自ずと浮かぶ。無邪気にも自分を慕ってくれた一年は組の子達で間違いない。 「わぁ!ほんとにさんあの頃のまんま」 「ちょっと半信半疑だったんだけどなぁ」 フッと姿が二つ消えたかと思えばのすぐ目の前に移動し、まじまじと顔を覗きこまれる。あまりの早さにの反応は少し遅れる。 「三治郎くん、と・・・兵太夫くん?」 「あったりー!やったね兵ちゃん」 「分かってくれなきゃ困るよ」 とても綺麗な顔立ちの二人。特に三治郎は笑ったその顔に昔の面影を見た。ぽけっと間抜け面を晒してるだろうこと承知で二人を見上げるに、その両脇からまた別の顔が二つ覗き込む。 「なんつーか、さん小っさくなりました?」 「違うって団蔵、俺らが大きくなったんだよ」 逞しい体躯とすらりと伸びた身長。うわぁ、と上がりそうになった声を慌てて押し込めた。 「団蔵くんと虎若くん」 名前を言い当てると互いの顔を見合わせてニッと笑う彼らのその笑顔が眩しかった。 「さん!ぼくは?分かるよね?」 「喜三太くんだよね」 「そーでーす!ちゃんとナメちゃん達もいますよ」 「・・・喜三太、またナメクジ持ってきてたのか」 「金吾くん・・・も大きくなったね」 「そりゃあ今の俺達は六年生ですから・・・」 「金吾、何照れてるのー?」 ナメクジの入った壷を持ち上げてみせる喜三太と、顔を赤くして口篭る金吾には笑った。 「さん怪我は・・・ってうわぁ!」 「あっちゃー、やっぱこうなったか」 「乱太郎ー大丈夫?」 「うん、ごめんね。きり丸、しんべヱ」 「乱太郎くん」 の元に駆け寄ろうとして石に躓いた乱太郎に彼の不運はそのまま続いているのかと少しだけ同情した。同時にその乱太郎を両側から助け起こしたきり丸、しんべヱの存在に彼らも変わらないなぁと嬉しくなる。 「あっははははは・・・・・・。さん、怪我はしませんでしたか?」 「うん。乱太郎くんこそ平気?」 「平気っすよさん。乱太郎はいつものことですから」 「ダメだよきり丸。そんな本当のこと言ったら」 「しんべヱそれフォローになってないから」 茶目っ気たっぷりに笑うきり丸のその隣でおっとりとした口調でしんべヱが彼を窘めた。 変わっていない部分。変わってしまった部分。その姿はよりもずっと大きくなってしまい、考え方や言動も大人びているのにその根本の性格は変わっていない。ぐるりとを囲って各々に話しかけてくる彼らには誰にどう対応すればよいのか困り果てながらも嬉しくって笑みは消えない。 「はい、そこまで。さんと喋りたいのは分かるけど困ってるだろ。皆離れて」 パッパッとに群がる級友達を振り払ったのは庄左ヱ門。 「庄ちゃんずるい!」 「ずるくはないだろ。大体何がずるいんだ?」 「だって庄左も伊助もさ、昔からさんとは特別仲良かったじゃんか」 「それなのに僕らがさんと話す時間じゃまするんだもん」 唇を尖らせて文句を述べる彼らの真意に伊助は驚きで目を丸くする。そんな風に思われていただなんて知らなかった。その隣で庄左ヱ門が呆れた顔で口を開く。 「邪魔したいんじゃなくて、こんなとこで喋ってたらいつまた山賊に出くわすか分からないだろ」 「そんなのさっきみたいに退治しちゃえば済むだけじゃん」 しれっと兵太夫が言い返す。 「そうだけど。兵太夫、さんにわざわざ恐怖を味あわせたいの?」 「うっ・・・・・・」 「分かった?話したいのなら学園に戻ってから話せばいいよ。そうしたら僕も止めないからね」 庄左ヱ門は十人をぐるりと見回し、誰も依存はないことを確認した。 「それじゃあ目的も果たしたことだし帰ろうか」 その一言にそれぞれ立ち上がる。つられて立ち上がったはその直後には浮遊感に襲われた。 「庄左ヱ門くん!?」 「さんの足に合わせると遅くなってしまいますので、少しだけ我慢してください」 背中と膝の裏に腕が回され抱き上げられる。所謂お姫様抱っこ状態にそんなこと初めてされたは驚いた。 「庄ちゃん・・・やっぱりずるいよ」 「何が?」 「ちゃっかりそういう役とってる辺りが」 「伊助に言われるとは思わなかったな」 外野の文句の声もさらりと無視して、すぐ隣にいた伊助の問いかけにのみ答える庄左ヱ門の口元は綻んでいた。その役目を他者に譲る気はないらしい。吐き出しそうになった溜息を飲み込み、庄左ヱ門なら安心だろうと伊助はそれ以上は何も言わなかった。伊助では抱えて走ることは出来ても大幅に速度が落ちてしまう。こういう事は腕力があり、且つそれなりの速さを兼ね備えた者でないと。 「「「「「庄ちゃんずるい!!!」」」」」 口を揃えてあがった一部の声は綺麗に聞き流し、庄左ヱ門はこの場にいる全員に向かって指示の声をあげる。 「三治郎は先に行って前方の様子を。団蔵、金吾はそれに続いて。万が一山賊や敵に出くわしたらすぐに対処。その時点で三治郎は引き返して少し後ろを行く僕たちに報告を。道を変えなきゃいけない。きり丸、喜三太、兵太夫は念のために退治してきた山賊の様子を一度確認してから後を追ってくること。伊助と虎若としんべヱは僕と一緒に行動だ。乱太郎は先に学園に戻って山田先生と土井先生、それから学園長先生にさんを保護したと報告してきてくれ」 渋々ながらも庄左ヱ門の指示にそれぞれが頷き、行動を開始する。鮮やかなほどに素早い対処と的確な指示、そして不平不満を漏らしながらもそれに頷く他の子達。どれだけ成長しようとも彼らの絆も互いを信用している部分も変わらないのだと感じる。 「それじゃあ私は先に行くよ。庄左ヱ門のことだから心配してないけど、くれぐれもさんに怪我をさせないようにね」 しっかりと釘を打ってから乱太郎は真っ先に学園へと向けて駆け出した。その速さはの目では追うことなど出来ず、忽然と消えたように見えた。 「さん、学園に戻ってからたくさん話を聞かせてくださいね!」 呆然と乱太郎がいなくなった方角を見つめるを上から覗き込み、三治郎がにっこりと笑う。うん、と返事をする間もなく乱太郎同様に三治郎の姿は消える。代わって膨れっ面を隠さないままの兵太夫が庄左ヱ門を睨む。 「庄左はやり方が汚いよ。これじゃ文句も言えない」 「よく言う。顔に不満だって書いてあるよ」 「・・・まぁいいよ。学園に戻ってからでも時間はありそうだし?」 不敵に笑った兵太夫はきり丸と喜三太の名を呼ぶ。 「おい!兵太夫!!あーあ行っちまった。しょうがねぇ、喜三太追いかけるぞ。それじゃあさん、また後で!」 「あ、きり丸待ってよ!さん、ナメクジさん達後で紹介しますね」 片手を上げてにっと笑ったきり丸は茂みの方へと消えていった兵太夫を追う。あっという間に見えなくなった姿をのんびりとした様子のまま喜三太も追いかけていった。 「そろそろ俺達も行くか。三治郎に追いつけなくなるし」 「だな。じゃ庄左、先行くぜ。さんのこと頼んだぞ」 団蔵が庄左ヱ門のその肩を軽く叩く。行くぞ、と金吾が団蔵に声をかけ二人は行ってしまった。 そうして残ったのは四人。囲うように残りの三人が庄左ヱ門の周りに集まる。 「庄左ヱ門、僕が代わろうか?」 「しんべヱは力はあるけど速さが足りないだろう」 「そうそう。それにどうせ譲る気ないんだろう庄左」 「まぁね」 庄左ヱ門、しんべヱ、虎若と三人が笑って話す中で伊助がを覗き込む。 「さん、僕たちが必ず五年前に帰しますので心配しないでくださいね」 安心させるような優しい声には頷く。ああ、きっと何の心配もいらない。 「伊助そろそろ出発するよ」 「うん、了解。庄ちゃん、さんを落とすようなヘマしないでね」 「そんなヘマしないさ」 自信たっぷりに言ってのける庄左ヱ門に三人は朗らかに笑い合う。 自分はただ、そんな彼らを信じればいいのだと思った。
はぐれ星ひとつ
華花さまへささげます。リクエストありがとうございました! |