物腰柔らかで落ち着きのある人で、困っているとさり気なく手助けしてくれて感謝の言葉だけじゃ足りないってくらいに力になってもらっていた。先月の席替えで席が近くになったことから話す回数は圧倒的に増えていた。変に気を遣わずに済む辺り、接しやすく共通の話題も意外と多かった。クラスメイト達の中でも親しい位置にいたとは思うし、嫌われてはいないことくらいは自覚していた。でも、

「その、好きなんだのことが」

告白のスポットとして密かに知られている校舎裏の木の下に呼び出された時、既にこの展開を予測してしまった。けれど信じたくないような気持ちが潜んでいて、考えることを放棄するように放課後になるまで心ここに在らずと言ったサマだった。
リアルな世界に放り込まれて呆然と立ち尽くす。正直なところ、告白を受けるのは初めてで言葉に詰まってしまう。初めての告白を受けた優越感を感じたのは刹那で、飛ばされる意識の先はいつだって一人の男が存在するのだ。

「よかったら付き合ってもらえないかな」

はにかむ、と言う言葉がピッタリ重なるような笑み。少し照れた様子はそのまま私に伝染してしまいそう。けれど、それはどうしても間違っているから微笑み返すことは出来なかった。胸を衝く痛みは私の答えが既に出ているからに他ならない。彼の気持ちへの精一杯の返事をしようと重たい唇を持ち上げた矢先、左腕を強く後ろに引っ張られ、そのまま体が後ろへと傾いた。

「悪いが、」

トン・と背中が何かにぶつかり、開きかけた唇は大きな掌に覆われる。頭の上からの声は低く冷たい。普段と多少違いがあるけれどその声を聞き間違えるわけがない。
私の口許をおさえる掌は力を込めているのか頭すら思うように動かせず、目線だけ移動させれば銀髪が僅かだけどちらついた。告白をしてくれた彼の瞳が見開かれている。

「他の奴をあたってくれんか?」

仁王、と言おうと口をもごもごと動かせば「黙っとれ」とささやくように耳元で言われ、それだけで言葉は咽喉の奥へと消えていく。疑問は尽きないけれど今問い質すことじゃない。気まずさから視線をどこに据えればいいのか分からず私の口をおさえるその腕につけているリストバンドをじっと見つめていた。確か、真田に言われて強制的につけているものだといつだったか教えてくれた。

「コイツは既に先約済みじゃ」

冷静沈着な彼は驚いていたのは僅かな間で、その双眸は仁王から私へと移る。静かに問いかけてくる瞳に私が出来る返事はたった一つだけだった。そうか、と彼は呟いてそっと目を伏せる。そしてそのまま身を翻していってしまった。





空いてる右手で私の口許をおさえている腕を軽く叩いて離すように頼む。意外とすんなり外された腕は肩へと移動して後ろから抱きすくめられる形となってしまった。首筋に顔を埋められる。尻尾のように垂れた銀髪がくすぐったくて身を捩った。裏庭の木の下が告白スポットとして知られているのはここが意外と見渡しが良く目撃者が多数いるからで、誰かに見られたらと思うときが気でない。さっきまで告白をしてくれた彼への罪悪感で占められていた心はいつの間にか綺麗に摩り替わってしまう。こんなにも私の鼓動を乱してくれるのは仁王しかいない。告白をされたことへの後ろめたさなのか、遠慮がちに仁王の名前を紡げばさら、と仁王の髪が揺れる。

「部活、は?」
「今日は休みじゃ」
「ウソ。廊下で赤也くんに会ったけどテニスバッグ持ってた」
「(…赤也め)昼休み様子が変だったじゃろ、気になっての」

喋る度に温かい息が首筋にかかってその熱にどうにかなってしまいそう。艶めかしい声は私の思考をいとも簡単に低下させる。昼休みは顔を合わせてなどいないはずなのに。分かりきっているのにぬけぬけと嘯くからそのことに対して言い返す気力は失せてしまう。

「まさか告白されとるとは思わんかった」

仁王は気付いているだろうか。どんな状況下においても私を動かす原動力は貴方だと言う事を。力を込めた腕がわたしをきつく拘束する。抜け出すことの出来ない束縛は実を言うと嫌いじゃない。余裕のないように聞こえる声に多少なりとも嫉妬してくれたなんて思ってもいいんだろうか。否、そう思いたいだけかもしれない。

「告白を断るのって辛いね」
「親しい相手だからこそじゃろ」
「……妬いた?」
「妬いてほしかったんか?」

見せ付けるためじゃないけれど頼るなら親しくなった彼にしようと決めていた。それは普段からその相好を微塵にも崩さない仁王へのあてつけのつもりだったかもしれない。好かれている自信はあったけれど、如何せん読み取りづらい彼の心は私の瞳には映し出されないから。
解放され、振り返って見上げた。そこにはどんな顔が待ち構えているのだろう。期待に胸を膨らませたのに私を見下ろす仁王の表情はいつもと変わらない。胸の中で何かがしゅぼしゅぼと萎んでいく。笑みさえ浮かべる仁王に何故か腹が立って眉根を寄せた。

は分かり易すぎじゃ」

くつくつ可笑しそうに笑って優しく前髪を梳かれる。こういう時、どうすればいいか仁王の中では既に思い描かれているんだろう。一歩先までも見透かした言葉にいつだって私は翻弄しっ放しだ。色々と聞いてみたいことがあったけれど何を聞いてみても巧く交わされてしまうのがオチだろう。彼に抗う術を私はいつの間にかどこかに置き忘れてしまったみたい。そして仁王はいつもみたいにその瞳に私を映して、事も無げに告げる。

「妬いとったから見せつけるために来たんじゃよ」




ワルディーの昼下がり
その瞳に映るのが私だけであればいい




20080612  ※たくさんの感謝を込めて。かなこへ捧げます!