幼馴染だろ。
何かあればすぐにその言葉を口にする。教科書を忘れたとき、夏休みの最終日に手付かずの宿題をドン・と机の上に置かれたとき、部活に遅れるからと掃除当番を押し付けられたとき。どうして私が!とお決まりのように声をあげれば軽い笑みをのせて一言。いつの間にか常套句になりつつあるセリフに流され続けてきた。
まるで当たり前のように言葉にしてしまうから、それにおされてついつい従ってしまうけれど違うのだ。確かに私と榛名は幼馴染で昔から何かとお世話になりお世話してきたけれどイコールで繋げてしまうには疑問が残りすぎる。世の中全ての幼馴染が「幼馴染だから」なんて理由で承諾するはずがない。榛名にとっては当たり前なのかもしれないけれどそれは榛名の一方的な考えてあって世間的じゃない。(私は世間に合わせたい)

「…なんで私が、」
「ごめん。さんしか思いつかなくて」

苦笑しながら謝る秋丸くんをちら、と見た。榛名とよく一緒にいて確かバッテリーを組んでいる彼との交友はそれほど深いわけではないけれどどうして私を選んだのかは何となく分かった。眼鏡の奥の瞳が雄弁に物語っている内容に溜息を付きたくなったけれど悪いのは決して彼ではなかったから視線を斜め下へと逸らす事で我慢した。

「アイツどこにいるの」
「多分屋上」
「ん、分かった」

ありがと、と言おうとしてそれを私が言うのはおかしいと気付きひらひらと手を振りながら教室を出た。私の背中に送られた二回目の「ごめん」を耳にしながら屋上を目指す。
榛名のセリフは秋丸くんにも浸透してしまっていたんだろう。私しか思いつかなかった。そこにはきっと"幼馴染だから"と言う単語が関わってくる。榛名一人ならまだしも彼にまでそう認識させてしまうのは如何なものだろうか。悩みのタネではあったけれどでも二回目の「ごめん」はそのことへの謝罪だと分かったからよしとしとこうか。




「榛名」

太陽の光に目を細めながらその姿を探せば足を伸ばしてフェンスによりかかっているのを見つけた。緩く締められたネクタイが少し強めの風に吹かれて今にも飛ばされてしまいそうだ。瞼は閉じられていて寝ているのかと思ったけれど、そんな図太い神経の持ち主ではないから狸寝入りなんだろう。榛名の目の前で足を止めてしゃがみ込む。

「失恋で傷心中の榛名元希クン」
「………その言い方やめろ」

まだ幼い頃は当たり前のように呼んでいた名前はフルネームとして呼ぶだけでも気を遣う。榛名が怪我で荒れていた時期、距離を置いていた分の関係は思っていた以上に大きく今でも下手なことを口走ってしまえばあの頃のように冷たく突き放されるのではないのかと勘ぐってしまう。私の危惧はそれから一度も起きたことはなかったけれど安心できたことは一度もない。もうあんな榛名は見たくはない。

「何しに来たんだよ」
「秋丸くんに頼まれて」
「チッ、余計なことを」
「それ秋丸くんに失礼だから。榛名を思って私を寄越したんだよ」

口も態度も悪い榛名はなかなか素直じゃないからお礼なんて言わないけれど、彼の榛名への気遣いにはちゃんと感謝しているだろう(私を寄越したのは間違いだと思うけど)鋭い眼差しが私を突き刺す。纏う空気の変化にたじろぎそうになるのをぐっと堪えた。榛名は別に私を睨むつもりではなかったらしく、私を見て鼻で笑った。

「それで俺を慰めにでも来たのかよチャン?」
「…まさか。失恋してショック受けてる榛名の顔を拝んでやろうと思って」

揶揄を込めた言葉に負けじと言い返す。素直じゃないのは私も一緒だ。似たもの同士だと言っていたのは秋丸くんだった。何だかんだで見抜かれてしまっていることに敗北感を味わってしまうけれどそれは不快ではなかった。彼の人柄故なんだろう。

「いいじゃん慰めてよ」
「は?」
「幼馴染の誼っつーことで」

ポカンと口を開けたままの私に榛名はいつもの言葉を当然のように口にする。ニヤニヤと笑う姿を見ていると本当に失恋したのかと思ってしまうが、私も彼も似たもの同士なのだと思うと別に気にはならなかった。

「じゃあ私も慰めてもらおうかな。幼馴染の誼で」
「ハァ?お前ふつーに元気そうなんだけど」
「これでも目下失恋中なんだけど」

訝しげな顔をで私を見つめること数秒。いつもいつも素直に従うのは癪だったから冗談にするつもりで口を滑った本音は一体榛名にどう届いたんだろう。好きな人がいるなんて言ったことないし態度にだって出したつもりはないから当然榛名は知らないはず。僅かに見えた動揺からそれはよく分かった。


「…榛名?」
「お前の好きな奴って誰?」

腕を掴まれて引っ張られ身体は前へと傾く。榛名の方へと倒れこみそうになるそれをもう片方の腕が私の肩を掴んで引き止めた。突然変化した声のトーンと表情に意識がついていかない。さっきよりも近づいた距離から見つめる榛名の顔はおそろしく真剣で息が詰まる。

「悪いけど他の男にお前を渡す気なんてねぇよ」

何も言えない私に告白とは思えないほどひややかに言う榛名の唇ははそのまま私の唇に軽く触れた。頭の中が真っ白になるってのはこういう時だとその時思った。

「幼馴染なんて思ったこと一度だってない」

私の耳元でそう言って距離は離れる。再びフェンスによりかかって頭の後ろで腕を組む。優雅な姿なままで呆然と膝で立つ私を榛名はじっと見つめていた。

「榛名失恋したんじゃ――」
「つーかそれ何の話?が変なこと言うから話を合わせてみただけだぜ」
「(…っ秋丸くん!)」

もしかして二度目の「ごめん」はこういう意味だったってことか。完全な読み違い。脱力感に襲われてその場に座り込む。何も知らない榛名はそんな私を見て「?」と不思議そうな顔をしている。謀られたのだと言えば榛名はどんな反応をするのか。そんなこと簡単に予測できてしまう。だてに幼馴染を続けてきてはいないのだから。お互いに幼馴染と言う言葉に縋っていたのだと秋丸くんただ一人だけ気付いていたんだろう。

「私も、榛名のこと幼馴染だなんて思ったことないよ」

幼馴染だろ、なんて言う榛名の無理難題に幼馴染だからなんて理由で引き受けてきたわけじゃない。私と榛名の意見はイコールには絶対にならないのだと思ってたけれど違ってたみたい。





祈ることはきっとやさしい
もっと素直になれたら素敵だから、そうなるように願おうか




榛名元希生誕祭に提出させていただきました。ありがとうございました/20080524/りつ