静かに、夕日が落ちていこうとする。珍しく部活が休みだった放課後は特別することもなく、ただ何となくぼんやりと過ぎていってしまっていた。学校を出てからの帰り道はいつもより新鮮で、それでいて何だか味気がない。いつもなら自転車で帰るのだけれど、今日は時間にも余裕があるからと徒歩で帰っていた。学校から家までの距離は近くもなく遠くもないというところだ。栄口とかと比べれば全然マシな距離だとは思う。 お気に入りの音楽を聴きながら歩く事数十分、気がつけば家が遠くに見えてきた。のんびりと歩いてたつもりだったけど、知らぬ間に足はテンポよく進んでしまっていたらしい。家に帰っても何かするわけでもないってのに。久しぶりの休みだと知ったときは素直に喜んだものの、久しぶり過ぎてどう過ごせばいいのかがまるで分からなくなっていた。これじゃ時間の無駄だ。何してんだか、と近づく家を眺めながら歩く。 家まで残り数メートルと言う距離。 玄関が見えてきたとき、その扉が急に開いて中から人が出てきた。 「それじゃ、お邪魔しました」 開いた扉の先の誰かに向かって見せる笑顔は、あまりにも久しぶりすぎて知らないうちに目を奪われてしまっていた。それから手を振って扉を閉める姿を言葉もなしに見つめてしまう。こっちの方へと歩き出すその目が、真っ直ぐに俺を捉えた。 「…わ、文ちゃんだ」 丸くした目が、次第に細められてさっきと変わらないような笑顔がパッと開く。自分に向けられたその笑顔にまたも釘付けになってすぐに言葉が出なかった。 「久しぶりだね」 「?え、なんで何で家に?」 目の前でゆるりと微笑むは小学校、中学校と同じ学校に通っていて、一年前まではこの近所に住んでいた。中学三年の夏に家の事情で引っ越してしまって、それ以来は会っていない。一年振りの再会だった。 一年前よりも僅かに伸びた身長と、大人びた顔立ちに一瞬別人かと疑ってしまったけれど残っている面影に俺のことを「文ちゃん」と呼んでいたのはだけで、その呼び方が確信に繋がった。ただ、疑問は消えずに残っているけど。一体全体、どうしてが俺の家から出てきたのか。一年前と比べるとずっと落ち着いているは困惑気味の俺を余所に口元を緩めて静かに笑っている。こんな風に笑う奴だったっけ?今は女子校に通っているというのを風の噂で耳にしたけど、この笑みはそこで身につけたのか。 「久々にこの辺に来てみたの。そしたらお姉さんに会って」 「姉ちゃんに?」 「そう。それで話が弾んじゃって今までお邪魔してたの」 そう言えば小さい頃からは姉ちゃんにすごく懐いていて、ひょっとすると俺なんかよりよっぽど仲が良かった。口が悪くてがさつな姉ちゃんのどこに魅力があるのかよく分からないけど、にとっては憧れらしい。すごく嬉しそうな笑顔は、あの扉の向こうに向けたときのモノと同じだった。そうか、あれは姉ちゃんに向けた笑顔だったのか。ようやく納得する。 「それにしても帰り早いんだね」 「うん?どういうこと?」 「部活で毎日遅いってお姉さん言ってたけど」 「あー、そっか。今日はね、珍しく休みだったんだ」 「ホント?すっごい偶然。運良いかもね、私」 「それ、俺のセリフだよ。まさかに会えると思わなかったし」 どことなく和やかに続いていく会話は一年前とほとんど変わらない。別れは唐突で、ちゃんとした挨拶もなく行ってしまったあの日から、いつか再会できる日が来ることを望んでいたかもしれない。懐かしさよりも先ず、この心を貫いたものがある。忘れていた気持ちを甦らせるそれは、の笑顔に釘付けになった瞬間から始まっていた。 「ねぇ文ちゃん」 「んー?」 「これって運命かなぁ?」 の言葉が熱くなり始める体に一つの刺激を与えた。吃驚して、熱が顔の方へと集中し始める。こんな顔見せれないなんて思いながらを見れば、向こうも同じように顔を赤くしながらじっとこっちを見ていた。目が合った瞬間、照れたようにはにかむその笑顔にドクンと心臓の音が大きくなる。ヤバイでしょ、その笑顔は。 「今日ね会えると思ってなかったから、すごく嬉しい」 言わなきゃ、とうるさく騒ぐ心が急かしているのにまだどこかで不安が蔓延っているのか中々言葉に出来ない。情けないと思うしかない。ほんとに。きっと今言わないとこの先後悔するし、言えなくなるに違いない。 「本当は今日、文ちゃんに会うためにこっちに来たんだ」 「俺に…?」 「そう、昨日バレンタインだったでしょ?チョコはお姉さんに預けてきちゃったけど」 後でもらって食べてね、と付け足す。チョコレートと言う単語に甘い香りが漂ってくるような錯覚に陥りそうになる。そう言えば引っ越すまでは毎年貰っていたな、なんてことが思い出される。それを届けに来るためだからってわざわざ此処まで足を運ぶ理由になるんだろうか。それが口実だったらいいのに、と思う俺はやっぱり情けないんだろうなぁ、と苦笑してしまう。でも確か去年の冬は貰ってないし。もしかしたらそれは、受験で大変だったのもあるかもしんないけど。 「文ちゃん?」 「あ、ああ、うん。ありがと、ちゃんと食べるよ」 「うん。私の愛が込めてあるんだから。残さず食べてね」 「もちろんだって…―――って、えええ?!」 さっきよりもずっと真っ赤になったが、それでも俺に向かってとびきりの笑顔を見せる。どうしよう、ヤバイ。本気で嬉しい。俺も同じなんだろうけど、顔が赤いことくらいもうどうでもいい。ほんと、いい加減胸に置いておいたこの気持ちを伝えるべきだと思った。 「俺さ、ずっとが好きだったよ」
歳月は恋心を運んで 20070215 (言えたけどに先越されたし。やっぱ情けねぇかも、俺って) |