今年もまた寒々しかった木々に薄桃色の実が色付いた。近いうちに訪れる花開くその日を待つようにじっと耐える姿は何とも愛らしく、気まぐれな風に揺らされる姿に思わず見入ってその無事を確かめてしまう。耐え抜いた姿に一人ほっと胸を撫で下ろすかたわらで、もうすぐそこにまで迫ってきている春を一足早く覗き見してしまったような気分だった。 ふと落とした視線にはまだまだ季節は冬ですよ、と主張するかのように白い残骸が所々に残っている。少し泥が混じり濁った色の雪は何とも惨めだ。村の子供達が雪遊びをしていた時にぐちゃぐちゃになってしまったんだろう。雪合戦だなんだと始まった遊びは次第に加速していき一面真っ白だった世界をあっという間に変貌させた。その残骸は冬を主張するばかりか終わりを告げているようなものだった。
ここ数日で昼間の気温はぐっと上がったように思える。温かい日差しに照らされてじわりじわりと溶けて地面に吸収されていく雪は私の期待を膨らませていく。木陰に残る少し濁った白い塊がしぶとくも冬の名残を感じさせるけれども日が経つに連れて膨らんでいく蕾を見上げれば私の頬は自然と緩む。あと、少し。

「お姉ちゃん何してるの?」
「ん?待ってるの」

ちょんちょんと着物の端を引っ張られる感覚に目線を落とせば歳の離れた弟が不思議そうに私を見上げていた。此処毎日の私の行動は弟にとっては疑問を浮かべる以外の何ものでもなかったんだろう。理由を知っている両親は半ば苦笑気味だ。

「もうすぐね学園がお休みに入るから帰ってくるんだよ」

弟に合わせるようにしゃがみ込んでその頭を優しく撫でた。甘えたがりの弟はくすぐったそうにしながらも満面の笑みを見せてくれる。けれど何を思ったのかふとその顔が曇ったのを見て思わず首を傾げた。

「…喧嘩しない?」

弟の言葉に目を丸くするしかなかった。きっと誰が帰ってくるのか理解したんだろう。毎度毎度繰り広げられるくだらない言い合いは弟からしたら喧嘩にしか見えないみたいだった。私は曖昧に笑ってみせる。

「どうだろうねぇ」

帰りを待ち望んでいるくせに顔を見たらこの口は途端に素直じゃなくなる。それは向こうがからかい半分に色々言ってくる所為もある。人をからかう事が好きな奴だからこればっかりはどうしようもない。濁した言葉に弟の顔からは不安が抜けていない。そればかりか今にも泣き出しそうな顔になってしまった。ああ、こんな顔をさせてしまったら両親に怒られてしまう。それに、

「なーに泣かしてんだよ」

突如聞こえた第三者の声に私も弟も振り返った。同時に泣きそうに歪んでいた弟の頭に大きな掌が乗せられる。私は自分の瞳に映った姿に一瞬目を疑った。

「三郎?」
「怖い姉ちゃんに苛められたのか。可哀相に」

ぐりぐりと弟の頭を撫でるのは間違いなく三郎だ。ここ数年じゃ見慣れたその姿は通っている忍術学園で出来た友人の顔らしい。三郎の掌の下で否定するように必死に首を振る弟の姿は三郎に映っているのか分からないが、浮かべるのは意地の悪い笑顔だ。

「誰が怖い姉ちゃんよ」
「お前以外に誰がいんだよ」
「三郎!!」

思わず上げた声にすぐ側でびくりと弟が肩を竦めたのが見えてしまった、と思った。かと思えばパタパタと三郎の手の下から抜け出して家の方向に向かって走り出す。両親の所に行ったんだろう。後で叱られることを想像しながら、ほろりと零れた涙を見てしまい罪悪感が渦を巻いた。

「あーあ、ほんとに泣かして」
「誰のせいよ」
「お前のせいだろ」

キッと振り返ればきっぱりとした返事と呆れた眼差しが待ち受けていた。

「そんなに俺が帰ってくるの待ち望んでたんなら素直に言えばいいのに」
「なっ…!」

またしても浮かんだ意地悪い笑みにカッと熱が灯る。

「い、いつからいたの?」
「始めからいたが?」
「………ずるい」

学園で学んだ術を惜しみなく使うのがこの男だ。
口を尖らせるしかない私は、けれど観念したように重たい溜息を落とした。

「何か言うことは?」

家に帰ったら弟に言わなければいけない。喧嘩しているわけではないと。
お互いに素直じゃないからこそ、繰り広げるくだらない言い合いは私としては嫌じゃないのだ。

「…おかえり三郎」

日差しが柔らかい。鳥の囀りが春を告げている。
ふと見上げた先の蕾がふわりと綺麗な花を咲かせていた。





春は花を待つ//鉢屋三郎