胡乱気な顔をしたくはなかったから、何とかそれを堪えて毅然と構えていた。
真正面には切原くん、挟むように両脇に控えるのは何とも奇抜な髪の色と髪型の二人。一人は、ワインレッドよりも少し明るい赤い髪に、器用に風船ガムを膨らませる人。もう一人は日に焼いた、と言うよりは地肌らしい黒さにスキンヘッドの人。まるで逃げ場を残さないように取り囲まれ、全く現状を理解出来ない私の機嫌は聊か悪い。一体、何なの。両脇の二人は全くの初対面なので、私は真正面に立つ切原くんをじっと見つめた。まぁ、彼がいるってことはある程度の予測がつくんだけど、そのことを考えると頭が痛くなるのですぐに抹消した。私の視線を受けて何かを誤魔化すようににっこりと笑う彼の額に薄らと冷や汗が流れている。どうやらこの状況は彼が望んだものではないみたい。先輩後輩という名の縦社会には逆らえなかったのだろう、可哀相に。ほんの少しの同情を抱きながらも、かといって追求の手を緩める気はさらさらなかった。だって、こんな風に囲まれる理由はどこにもないはず。

「・・・切原くん、今度はなに?」

ここのところ、顔を合わせれば一言目には「マネージャーになってくれ」と誘ってくるものだからその対応には辟易していた。ここのところ、とは言ってもあの体育の授業からまだ2日しか経っていない。それなのにテニス部のマネージャーに誘われた回数は最早覚えるのも面倒なほどに達している。席が隣というのは面倒なことこの上ない。
そんな態度を覆い隠して首を傾げて見せる。一向に諦める気配のない切原くんの根性はある意味凄いとは思うが、逆に何故諦めないのと思う。ここまできっぱりと断っているのに食らいついてくるその理由何なのだろう。探ってみてもよかったのだけど、下手に動きすぎると藪蛇になりそうな気がする。こういう時の勘は某委員長に似てお前はよく当たるから、と昔から言われていたから私はそれを信じることにしている。こんなことなら三郎の忠告をちゃんと聞いておくべきだった。後悔先に立たず、とはこのことだ。

「いや、先輩達がさ、がどんな奴か見たいっつーから」

ね?とスキンヘッドの先輩に笑いかけるが何ともぎこちない笑み。ふぅん、と相槌を返しながらその様を観察する。何か隠しているのがバレバレ。あれで誤魔化せていると思ってるのかな。それにしても、予想はしていたけれど、やっぱり両脇の二人は3年生であり、テニス部の先輩のようだった。つまりは先輩をも巻き込んで私を勧誘しようと?訳が分からない。何故そこまで私に拘るのだろう。

「お、おう。赤也がマネージャー候補を見つけたって言うから気になってな」

この場の雰囲気を和ませるように話しかけるスキンヘッドの先輩は、切原くん同様に少しぎこちない。こちらも何かを隠している。何だろう。嫌な予感しかしないなぁ。どう誘導したら怪しまれずに聞きだせるか、そんなことを考えていたらぱちん、と何かが弾ける音がした。

「ふーん、女子の最高記録出してるって言うからどんな奴かと思えば、わりと普通だな」

音の正体は、赤髪の先輩が膨らませていたガムの割れる音だった。値踏みされていたのをまざまざと感じさせる言葉に少々かちんとくる。けれど、その感情をぐっと押し殺す。感情のままに言葉を返すのは得策じゃないことくらい分かってる。

「・・・褒め言葉として受け取っておきます。ありがとうございます」
「お、中々肝が据わってんじゃん。こりゃ赤也が上手い事かわされるわけだな」
「どういう意味っすか、丸井先輩」
「そのまんまの意味だよ」

その髪色からして軟派な生徒だと思っていたけれど、そんなことないらしい。わりと落ち着いているし、しかもしっかりと観察し、見抜いてくる。あんまり得意ではないタイプの相手だ。この三人の中では一番厄介だと見た。

「で、俺らがきた理由は分かってるわけ?」
「マネージャーへの勧誘ですか?」
「当たり。・・・へぇ、なるほどな。こりゃ幸村が欲しがるわけだ」

幸村って誰。突如ぽんと上がった知らない名前。
その様子からしてテニス部の部員の一人。それもレギュラーメンバーなのだろうけど、聞いたことのない名前だ。・・・あれ、いや待って、やっぱりどこかで聞いたことがあるような。私の勘違いだろうか。そもそもテニス部の部員なんて知らないわけだし。

「お前、変なところで分かりやすい奴だなー。顔に書いてあるぜ、幸村って誰だ、ってな」

けらけらと笑いながら指摘されて、そこでようやく自分が怪訝な顔をしていたことに気付いた。
なんてこと、元くのいち教室の生徒失格だわ。こんな初歩的な失態をするなんて。恩師でもある山本シナ先生に合わす顔がない。

「けど幸村知らないなんて、お前ほんとに中等部からこの学校に居たのか?」
「・・・いましたけれど」
「まぁ、いいや。ちなみに俺は3年の丸井ブン太。こっちの黒いのがジャッカルだ。気付いてるみたいだけど赤也と同じテニス部員な」
「ジャッカル桑原だ。よろしくな」
「あまりよろしくはしたくないのですが・・・」

私の返答ににこやかに笑っていた桑原先輩の顔が引き攣ったのが見えた。
でも、正直な話よろしくなんてしたくないのだからしょうがない。悪い人には見えないから申し訳ない気もするけれどこうやって外堀から埋められてしまったりでもしたら厄介だし。

「あーあ、ジャッカル振られてやんの。ま、振られた回数にしたら赤也の方が圧倒的に上だろうけど」
「はぁ?!何言ってるんすか丸井先輩!」
「んだよ、事実を言っただけだろ」
「その振られたって言い方はやめてくださいよ!誤解されるじゃないっすかぁ!」
「・・・あながち間違ってもないと思うけどな」

ぼそりと呟いた丸井先輩の言葉は切原くんには届かない。丸井先輩も独り言のつもりだったのだろう。何事もなかったかのように笑いながら切原くんを宥める丸井先輩を見つめながら、その呟きを拾い上げてしまった私は微かに眉を寄せた。

「それで、やっぱりマネージャーやる気はないわけ?」
「残念ながら欠片もありません」

探るように細められた双眸が急にくるりと此方に向けられる。
私は丸井先輩を見つめ返してきっぱりと答えた。

「用件はそれだけなら失礼しますけれど」

本当の事を言えば、どうして私なのかと聞いてみたいけれどそれはやっぱり良い予感がしない。切原くんだけではなく、上級生までもがわざわざ出向いてくるのはどうしたって状況としてはおかしいことは分かる。丸井先輩が私を探るように、私も先輩の表情をじっと窺った。

「諦めた方がいいと思うけどな。今のうちに頷いといた方がお前の為だと思うぜ」

挑発的な笑みを見せる丸井先輩のその言葉の意味が分からなかった。

「どういう意味でしょうか?」
「さぁーてな。俺は赤也が見つけたマネージャー候補がどんな奴か見に来ただけだし。な、ジャッカル」
「お、おう。まぁ、そういう事になるな」

ニっと笑ってガムを膨らませる丸井先輩を見る限り他意は感じられない。つまり、初めから勧誘が目的ではなかったと言うことらしい。その証拠に唐突に丸井先輩の表情は和らいだ。

「じゃ赤也、俺らは行くからな。せいぜい勧誘の方頑張れよ」
「はぁ?ちょ、先輩たち何しに来たんすか!」

軽く手を挙げて軽やかに去っていく丸井先輩を桑原先輩が慌てて追いかけて行った。取り残された私はとても対称的な二人の先輩の背中を見つめる。隣の切原くんは追いかける気はないらしく、不貞腐れたような顔で突っ立っていた。

「はぁ、もう・・・ほんと何なんだよあの先輩」
「・・・可愛がられてるのね」
「はぁ?どこをどう見たらそうなるんだよ?!」
「どこからどう見たってそうとしか見えなかったけれど」

戻ろう、と一声かけながら歩きだす。追いかけてくる声がとても不満気で、ついさっきまでのことを忘れてくすりと笑う。可愛いから構いたくなる。それが切原くんにはきっと分からないのだろう。先輩の愛とは分かりにくいものだ。テニス部の上下関係が一体どういった感じなのか知らないけれど、先ほど見た光景が日常茶飯事ならば彼は相当可愛がられているに違いない。

「それはそうとさっきの切原くんと桑原先輩の様子おかしかったけれど、何か隠してる?」

すぐ隣にある顔を見上げるとぎょっとしたように合わさった視線が逸らされた。ちらちらと此方を見てはまた逸らすを繰り返す切原くんを不思議に思いながらそれを繁々と観察する。ころころと変わるその表情は見ていて面白い。飽きないと思う。だから慕われるし、テニス部でも可愛がられているのだろう。そんな切原くんだから私も完全には突き放しきれないのかもしれないなぁ。まぁ、彼が思いのほかしぶといのもあるけれど。

「な、何のことだよ」
「笑い方ぎこちなかったよ。あれで誤魔化せてると思ってる?」
「う・・・」

言葉を詰まらせるのも、思いっきり視線を逸らすのも、肯定しているようなものなのに。切原くんはどうもそう言ったことは苦手なようだ。そんな彼を一人残したとなると隠し事はたいしたことじゃないのだろうか。桑原先輩はともかく丸井先輩がそれを見落とすような性格には見えないし。うーん・・・まぁ、でも聞き出せば分かるか。切原くんが相手ならばやりようはいくらでもある。さぁ、吐いてもらおうかしら。

「はい、そこまで」

不意に肩を叩かれてビックリして振り返えれば三郎が立っていた。気配を消していたのだろう、全く気付けなかった。いつから居たのか知らないけれどこの男のことだからある程度の会話は聞いていたのだろう。それなのに肝心の場面で水を差すなんて。空気を読めぬような愚鈍な奴じゃないことは分かっている。だっだらそれなりの理由があるってことだ。

「・・・なに?」
「ちょっとな」
「?・・・ああ。切原くん、先に教室戻ってくれていいよ」

一瞬、忘れてしまっていたその存在を思い出して振り返れば、いつの間にか鋭い眼差しが三郎へと注がれていた。何食わぬ顔でそれを受け流す三郎はまるで挑発するかのように笑みまで浮かべるものだから目線でそれを制しながら、私は切原くんの制服の袖を軽く掴んで意識を此方へと向かせた。ハッとなって私を見下ろす切原くんに「先に行っててくれていいよ」ともう一度告げる。色々と聞き出したかったけど、まぁいいか。多分たいした収穫は得られないだろうし。切原くんは眉を寄せて何か言いたそうに私を見たけれど、渋々と言った感じでそのまま教室の方へと歩きだした。あの表情、何だったのだろう。遠ざかる背中に疑問を感じながら三郎へと視線を移せば、先ほどまで私が見ていた方向を見つめながら楽しそうに唇を歪めている。

「すっごい悪い顔してる」
「アイツだろう。しつこく勧誘してくるって奴」
「そうだけど、何か企んでない?」
「いや・・・、けどアイツも哀れだなぁ。よりにもよってコイツじゃなくてもいいだろうに」
「・・・何なの?何か私貶されてない?」

尚もニヤニヤと笑う三郎の考えていることが分からない。よからぬことってくらいは分かるけれど。それにコイツとは何だ。全く繋がらない話の流れに不審に見上げれば珍しくも三郎の手が私の頭に乗せられた。くしゃくしゃに撫で回すそれは明らかに楽しんでいるようで、本当に何なのだろうかと思う。

は直感型だよなー。鈍いわけじゃないが、鋭すぎるわけでもない」
「はぁ」

髪が、どんどん乱れていくのが分かる。
でも嫌がれば更に続けようとするのが三郎だから私はされるがまま大人しく耳を傾けた。

「ただ本能的に感じるというか、八や七松先輩に近い」
「ええええぇ」
「お前、その顔は八達に失礼だぞ」
「だってねぇ」

七松先輩や八左ヱ門に似ていると言われて嬉しいとはどうしても思えない。三郎の話すその内容が何となく掴めたからには余計に。私はあの二人ほどの勘は持っていない。所謂、動物的勘みたいなもの。確かに他人よりは私もその感覚には優れていたのかもしれないけれど、一緒くたにはされたくはないなぁ。だってそれって・・・うん、深く考えるのはよそう。

「だからお前は、兵助の隣に立つことが出来た」

そっと、三郎の手が離れていった。
浮かべていた笑みを消し、ゆっくりと腕を組んだ三郎を、私は静かに見上げる。

「色々と内に溜めこむアイツの心にお前は無意識に気付いた。それは直感、本能とも言えるだろ」
「・・・」

言葉がすり抜けていく。たった一つの名前以外は。
他人の口から久しぶりに聞いたその人の、名前。ふるりと震えた心には気付かない振りをした。
ああ、もう。だからこの男は嫌なのだ。

「三郎・・・、どうしてその名前を出したの?」

私は、知っている。彼が実はとても気を遣える人だってことを。但し、それは彼の近くに居ることを許された人間のみだけれど。

「さっき善法寺先輩からメールが来た。今年の一年生の中にタカ丸さんがいるらしい」
「・・・・・・タカ丸、さん」

金色の髪を揺らしながら、ふにゃっと笑う顔が思い浮かぶ。人を、その場を和ませるのがとても上手だった人。編入生だったから忍としての技量は一年生と大差なかったけれど、世情に通じ、髪結い師として多くの人と接してきたタカ丸さんは人の感情にとても敏感だった。そんなタカ丸さんを思い出すのに、同時に引っ張りだされる姿があることを三郎は分かっていたのだろう。だから動揺してしまわないように、必要以上に私がその場で考えすぎないようにあらかじめその期間を荒えてくれた。

「会いに行くか?」
「・・・そりゃもちろん。三郎の好意は無駄には出来ないし?」
「・・・」
「それに、会うなら早い方がいい。平気よ、もう慣れたから」

バカみたいに期待してしまうことも、その結果、打ちひしがれることになるのも。
そうよ、もう慣れてしまったわ。





2011/03/27