じりじりと焼き付ける日差しは夏のそれには及ばないがこの身を焦がすようで逃れるように日陰へと避難して数十分。風一つない空気はからりとして、じめじめとしている梅雨の時期を思えばいっそ清々しいのかもしれない・・・じっと私を見据える双眸さえなければ。正座したままの足がじんと痺れを訴えているようで小さく身じろぎした。この足ときたら昔と比べて忍耐力がない。あの頃はこれくらい余裕だったのになぁとぼんやりと他ごとに思いをほんの一瞬馳せれば「」と私を呼び戻す声。私の真正面に同じく正座して座る善法寺先輩の眼差しが強すぎて、誤魔化すことを思案していた私の脳を一時停止させる。
説教は善法寺先輩の十八番かもしれない。こうやって今の私のように善法寺先輩を前にして背を縮こませていた先輩方の姿はよく見かけた。主に某会計委員長と用具委員長と、それからうちの委員長だけど。その度に「ああ、またあの人達何かやったんだな」「善法寺先輩の顔笑ってるけど笑ってねぇ」「暫くは近づかない方がよさそうだね」なんて三郎や勘ちゃん達とひそひそと話し合っていたことを思い出す。そんな私たちを目敏くも見つけて巻き添えにしようとする先輩達から必死になって逃げてたっけ。大逃走劇の末に捕まっちゃうのがオチだったけど。でも、そうやってあの先輩方は一つしか違わない私達を可愛がってくれていた。下級生のようには接することが出来ない一つという年齢の差。だからあの人達は少し捻くれたやり方で私達を見守ってくれていたのだと気付いたのはいつごろだったっけ。


「あ、ごめんなさい」
「もう、君は。緊張感があるのかないのか」

呼び戻す声は責めているように聞こえるが、さほど怒っていないのがその顔から窺えた。ふわりと表情を緩め、苦笑すれば途端に辺りの空気が柔らかくなる。一応怒ってはいるけど、それは建前だけなのだろう。本当に怒った時の善法寺先輩はもっと容赦がないことを私は知っている。それでも、怒っているのだと示そうとするのは先輩が私達を心配して下さっている何よりの証拠。わざと気付かせて、その意味を考えさせようとしている。でもね、先輩、その意味を私は十分に理解しているつもりなんです。いっそ分からなければ遠慮なく我を貫き通せたかもしれないと思うくらいに。

「ねぇ、本当にマネージャーなんてやるつもりなの?」

確認するように尋ねるそれはもう三度目の問いかけ。少し前のめりになり、覗きこむようにして私の顔色を窺う。女の子として生まれた善法寺先輩の背はあの頃に比べたら幾分か低く、目線はずっと近くなった。心配しています、と伝えてくる眸は私を揺るがそうとするけれど、小さく頭を振りながらきっぱり切り捨てた。

「もう決めましたから」
「いくら不破がマネージャーをやることになったからってまでマネージャーになったら思うつぼだ」
「そんなの、望むところですよ」
!」

ごめんなさい、と心の中で謝った。『先輩』という立場の気持ちを分からないわけじゃないの。私だって『先輩』をやってきた時期があるから、逆の立場なら私も同じように心配して止めようとしただろう。それは後輩を想うが故。それも痛いくらいに分かってる。
分かってはいるけど、私は今『後輩』としてこの場にいるの。先輩の気持ちよりも自分の気持ちが優先させたいところ。後輩の特権は自分の気持ちを押し殺さず伝えれること、我儘を通せるところ。先輩の気持ちを理解出来る分、心苦しいものもあるけれど。

「私は大丈夫ですよ。それよりも雷花の方がずっと心配です。だから先輩、ここは任せてもらえませんか?」
「でもね、
「ただマネージャーやるだけなんですから、ね?」
「そう、かもしれないけど、でも!」
「大袈裟に考えすぎですよ、平気ですって」
「・・・・・・はぁ・・・、無茶しないって約束出来る?」
「はい!・・・たぶん」
?」
「あ、嘘です。出来ます、はい」

どれだけ心配してもこちらの気持ちを組んでくれない後輩達にやきもきさせられた事は私にだっていくらでもある。最終的には仕方ないか、と言う結論に至ってしまうのもまた後輩が可愛い故。それは職権乱用と言われればそれまで。でも使える時に使っておくべきだと思うの。別に、甘やかされたいわけじゃない。後輩は後輩なりに思うところがあるってこと。心配してもらえるのは可愛がってもらえている証だけど、信じてもらえることは自分自身を認められたみたいで心配されるよりもずっとずっと嬉しい。

「分かった、を信じる。けど、何かあったら遠慮せずすぐに相談するんだよ」
「はーい。でも、大丈夫ですきっと。三郎もいますし」

無関心を装っていようとも、結局のところ、放っておけなくなるのが三郎だった。これが顔見知り程度の人間ならばきっぱりと切り捨てるだろうけど、私は間違いなく彼の中で大事な人間の一人に入っている。確信を持って言える。だから、いざとなった時はきっと手を貸してくれる。
その三郎はきっともう知っているのだろう。今朝からずっと不機嫌だったのはその所為だわ。人づてに聞いたのか、雷花が直接報告したのか、どちらにしても一度決めてしまった雷蔵の決意を覆すことが難しいのは三郎が一番よく分かっている。だから、強くは出れずイライラしている。八つ当たりされなかったのも、責められなかったことも意外だったけれど。

「そう言えば先輩、先ほど仁王先輩に言ってた忠告ってなんですか?」
「ああ、あれ。ふふ、ちょっとね」
「・・・?」

何かよく分からないけど穏やかではないのは確かだ。笑っている善法寺先輩の笑みがとてつもなく不穏に見える。ぞっとするそれは絶対に敵に回してはいけないもの。仁王先輩が何をしたのかは知らないけれど、善法寺先輩の不興だけは買ってはいけない。これは私達の学年の間では共通認識だった。あの先輩に何が起ころうと私の知ったところではないけれど、ご愁傷様と心の中で呟いた。





2011/09/17