チャイムが鳴り、真っ先に駆けこんだのは雷花の教室。 授業に集中出来なかったのは言うまでもない。考えるのは彼女のことばかり。なぜ、どうして?テニス部のマネージャーなんて引き受けてしまったの。引き金となったのはやはりシャトルランテストの記録だろう。私の記録を一日と経たずに集めてしまったデータマン、柳蓮二。彼ならば雷花が高記録をたたき出したことも、彼女が私とは親しい間柄であることもすぐ耳に入れたことだろう。だとしたら、これは挑発か、あるいは罠か。どちらにしても試されている。候補の生徒くらい他にいくらでもいるのにあえて雷花を誘うなんて私を煽っているとしか考えられなかった。 「雷花!」 「?どうしたの?」 授業を終えたばかりで教科書やノートを片づけていた雷花が驚いたように私を見上げる。それすらも少しじれったい。珍しく少しだけ焦っている。あの柳蓮二がデータを集め、雷花を勧誘したとしてそれにあっさりと頷くような雷花ではない。ただでさえ彼女は極度の優柔不断。迷い癖を持っているのに、すぐに決断するなんてことまずあり得ない。雷花が迷わない時と言うのはよほど彼女の中で確固たる意思がないと。その確固たる意思がテニス部のマネージャーになるためにあるとはどうしても思えない。雷花も私同様にテニス部とは無縁の生活を送っていたはずだから。 「テニス部のマネージャーになったって、ほんとなの・・・?」 問いただしたい気持ちを抑え込んで、声を落とす。決して周りに聞かれないように。テニス部のマネージャーになるということがどういうことなのか、それを理解した今、下手に騒がれることは避けるべきだわ。例え、いつかはばれるのだとしても。 何かの間違いであってほしいと言う私の一縷の望みは目を丸くさせた後に照れくさそうに笑った雷花の笑顔によって跡形もなく崩れていった。・・・それじゃあ、やっぱりこれは私への挑戦状か。 「なんで、テニス部なんて興味もなかったのに、」 「うん。でも、先輩が・・・あ、委員会が一緒の人なんだけどね、テニス部の人で、すごく困ってたみたいだから」 「それだけ決めちゃったの?でも、雷花、」 「私、迷わなかったよ」 雷花の目を見て、何も言えなくなった。とても強い眸が私を捉える。そんな瞳、雷蔵の頃でしか見たことないから、ほんの一瞬、どきりとした。まるで雷蔵と向き合っているようなそんな錯覚に陥りそうだった。 雷花はきっと、言葉の通り僅かでも迷ったりしなかったのだろう。 「決めたの。テニス部のマネージャーになるって」 これはきっと、私が何を言っても覆したりはしない。一度決めてしまったらそこからもう迷うことはない。そういう割と頑固な部分も雷蔵のまま。本当に、何も変わらない。 「雷花、もう一度聞くわ。どうして、テニス部のマネージャーになろうと思ったの?」 変わらないから、そこにはきっと意味があるのよね。テニス部の先輩と知り合いと言うのは盲点だったけど、困っている人を放っておけない優しい性格なのも知っているけど、マネージャーになった理由はそれだけじゃないでしょう?迷わなかったのはそれなりの意思が雷花の中にあった筈だから。じっと見つめること数秒、降参とでも言いたげに雷花の瞳が揺れた。 「何でかな、は本当にお見通しだね」 「ふふ、雷花の事大好きだからね」 「そうやっていつも誤魔化す・・・・・・三郎もね、誤魔化すの得意なんだよね。ずーっと私に隠し事してる」 「それは、この間言ってた?」 「うん。だから、あえて三郎との約束破ってみようと思って」 「・・・」 「そんな時に先輩からマネージャーに誘われたから、良い機会だと思ったの」 ああ、ほら。曖昧にしてきた結果がこのざまだ。こればかりは三郎自身の責任よ。誰も知らないところで悩みに悩んだ雷花は一人で決めてしまった。こうなってはきっともう誰にも止められない。テニス部のマネージャーになることが不破雷蔵を取り戻すことに繋がるとは到底思えないけれど、これでまた彼女の世界はがらりと変わるはず。それもあまり喜ばしくはない方向へ。雷花が手に入れたポジションはあまりにも危うく脆い。 「・・・そう、それなら私も応援するわ」 「本当?!」 「ええ、三郎に何か言われたら私に教えてね。言い負かしてあげるから」 「え、うん」 「大丈夫、私が雷花をちゃんと守ってあげるわ」 ちっともやる気なんてなかったけれど、こうなっては話が別。挑発か、罠か。そんなの知ったことではない。彼らの誘いに乗ってあげようじゃない。思惑通りに動くことには納得がいかないけれど、私のちっぽけなプライドなんかよりも雷花の方がずっとずっと大事だわ。 貴方はいつだって全てを包み込むような温かい笑顔で見守ってくれていた。私は貴方に謝らなくちゃいけないことばかりだったのに、それでも許して見届けてくれたこと、すごく感謝しているの。あの時から貴方に何かあった時は私が助けるって決めていた。あの頃は結局何もしてあげられなかったから。遅くなっちゃったし、今さらかもしれないけど。それでも、貴方なら笑って許してくれるでしょう?雷蔵。 だから、守らせてね、私に。 今の貴女を。 2011/09/17 |