情報化社会と言われるこの時代で欲しい情報を集めることはさほど難しいことではない。昔とは違ってネットという世界にすら繋がる便利なモノが普及したこの時代は特に苦労せずとも情報は手に入る。特に学校と言うのは情報の宝庫だ。ありとあらゆる場所にその欠片が散らばっている。一つでは何とも要領を得ないことでもそれが幾つも集まって示し合わせればあっという間に欲しかった情報は手に入れられる。 幸村先輩との接触後、私はテニス部の情報集めに奔走した。立海大においてテニス部ほど知名度の高い部は存在しない。中等部からの顔見知りである元クラスメイト達数人にそれとなく接触しただけで彼らの事はある程度分かった。知名度が高ければ高いほど情報は集めやすい。新聞部などでも何度となく特集が組まれていたおかげで一日とかからず情報収集は終了した。 「私、もうあの人達と関わりたくないなぁ」 結論としてはその一言に尽きる。調べれば調べるほどテニス部とは関わりを持ちたくないと思ってしまう。だって、ファンクラブって何って話だ。たかがテニス部のレギュラーにどうしてファンクラブが発足されるのだろう。正直言って理解に苦しむ。彼らのファンだという女の子が多い話は聞いていたけれどファンクラブまであるだなんて誰が予測出来るだろうか。それだけ彼らを好きな子が多く、マナーを守れない生徒が多いから統率が必要だというそういう理由ならまだ分かるけれど、どうもそう言った理由ではなさそうだからまた面倒である。そもそもファンクラブを作ったのがファンである彼女たち自身らしく、規律など好きに決められるのだから信用に欠ける事この上ない。 そんなファンクラブまでもが存在するテニス部のマネージャーと言うのは想像していた以上に厄介な立場であるというのは否応なしに理解した。過去マネージャーを募集した際に殺到した女子生徒の数を見た私は顔を顰めずにはいられなかった。真剣にマネージャーを希望した数など全体の一割にも満たないのだろう。だから彼らは必死になって探していたわけだ。彼ら自身に興味がなく、練習にもついていけるような基礎体力に問題のない子を。 「無理だろうな」 「だよねぇー・・・どうしよっかなぁ」 きっぱり即答した三郎に頬杖をついたまま頷く。幸村先輩はまた改めると言っていた。それは諦めないよという意思表示だ。その証拠にこちらの情報を知らぬ間に調べ上げられていた。三年の柳蓮二。立海大テニス部の参謀。達人と呼ばれる彼はデータテニスを得意とし、ありとあらゆるデータを取るべく情報収集を欠かすことがない。彼が常に所持しているノートには部員を始め、他校生や彼の眼に留まった生徒の情報が事細かに記されているらしい。私のシャトルランの記録を逸早く幸村先輩へと報せてくれちゃったのもその柳先輩だ。全く以て余計なことをしてくれるわ。 「いっそ諦めて入部したらどうだ?」 「他人事だと思って」 「他人事だからな」 じとり、睨んだ視線は見事にスルーされた。 思ってもないくせに。また適当なことばっかり言ってくれちゃって。 「・・・にしても三郎機嫌悪いね。何かあった?」 「別に」 顔を合わせた時からずっと思っていたことだけど今日の三郎は物凄く機嫌が悪い。当たり障りのない程度の会話なら続くけれど、どこか投げやりな態度と口調が三郎に何かあったのだと告げている。こういうところは分かりやすい。でも、その原因たる”何か”を話すつもりはないのは否定する辺りからよく分かる。話すつもりがないならちゃんと隠しておけばいいのに。そういうところが中途半端なんだってば、と言う言葉は彼の勘に障ること確実だから心の中だけに留めた。 「まぁ、いいけどさ・・・でも、ほんとどうするかな」 三郎の機嫌については一旦置いておいて、幸村先輩の言葉を思い出す。あの哀しみと悔しみの中に秘められた熱い想いは確かに真っ直ぐ私の心に突き刺さっていた。病で倒れてしまいテニスを出来なかったその苦しみも、全国三連覇を果たせなかった部長としての責任も、知ってしまったからには無視することはどうしたって出来ないだろう。先輩の思いは確かに本気だった。でも、 「おい、絆されんなよ」 「あはは、それはあり得ないよ」 情に流されるなんて最もあってはいけないこと。そうでしょう?今の私たちは忍ではないけれど、それがどんな結果を及ぼすかということをよく知っている。三郎の忠告がなくても私は揺るぎはしないよ。例えばこれが三郎や雷花だったら私はいけないことだと分かっても情に流されていたに違いない。でも、テニス部なんて所詮は他人。他人にかける情なんていらない。自分を犠牲にしてでもそれをするのは大切な人達だけ。ね?と同意を求めるように三郎を見れば何とも疑わしい眼差しが待ち受けていた。あれ。 「お人好しのがそれを言っても信用ねぇな」 「私、三郎の言うほどお人好しじゃないと思うけど?」 「十分お人好しだ」 どこが、と聞き返そうとした声はチャイムの音によって掻き消された。私の隣の席に横向きで座っていた三郎は戻る、とだけ言って教室を出ていく。納得がいかなくてじっと視線で追っていたけれど完全無視された。そして三郎とは丁度入れ違いで戻って来た切原くんと目が合った。軽く目を見開いた切原くんは廊下の方へと一度振り返ってから席へと戻ってくる。三郎がついさっきまで座っていた席に。入れ違いで良かった。 「おかえり」 「・・・ここ、誰か座ってた?」 「あー、うん・・・切原くん居なかったからね」 目が合っちゃったものだからお帰り、なんて言ってみたけれど切原くんの興味は完全に別の所に向いている。ちょっとつまらない。切原くんはからかい甲斐があるから、その点では私は彼を気に入っている。私もくのたま時代の楽しみであった一つを忘れてはいないってことだと、こういうときつくづく思う。最近はマネージャーへの勧誘が鬱陶しくて無視することも多かったけれど、先輩からの圧力に逆らえない切原くんに悪気はないのは目に見えていたから今は前と変わらず接している。 「あのさ、って鉢屋と仲良いのか?」 「三郎?まぁ悪くはないかな」 「ふーん、けどさ、よく一緒にいるだろ」 「付き合いは長いからねーそこらの女子よりよっぽど気は許してるかな」 三郎との関係は友人と呼ぶよりは悪友の方が適しているだろう。仲間と言ったところで切原くんには理解できないだろうし。実際、今一緒のクラスになった女の子達よりも三郎と一緒に居た方がずっと気が楽。今この学校で三郎以上に気を許せる相手はいない。雷花も他の女子生徒達に比べたらよっぽど仲は良いし随分と素も見せてはいるけれど全てを曝け出せないという点を考えると三郎が一番だった。これが学校という枠を越えての質問なら八や勘ちゃんの名前もあがってくるんだけどね。 「それがどうかした?」 「いや・・・、別に」 「・・・煮え切らないね、切原くんにしては」 私が切原くんの隣の席になってまだ2週間と経っていない。こうやって会話をするようになってからはまだ5日程だっけ。その間に定着した切原くんのイメージと言えば、明るくちょっと小生意気なムードメーカー。強気な発言や態度が多いけれどそれを認めさせてしまう実力を兼ね備えている。頭は悪くはないだろうに授業中居眠りばかりで成績に結び付かない。英語は特に苦手らしく赤点ばかり。それでも教師受けが良いのは愛嬌が見え隠れする笑顔故だろう。そして思ったことは相手が誰であろうときっぱり口にしてしまうタイプ、に見えたのだけど。この見解には少し間違いがあったかな。 「そんなことねぇよ。つーか、あー、そのマネージャーのことだけどよ」 前言撤回。彼はこの話題に関してはいつも煮え切らない。 切原くん自身が勧誘している時は積極的だったけど先輩からの圧力がかかった途端に少し、歯切れが悪くなった。プレッシャーがあったのだろう。彼の小生意気さは部活動の中では少しばかり鳴りを潜めているのかもしれない。 「またその話?」 「違う!いや、ちがくないけど!そーじゃなくて、見つかったんだよ!」 「は?」 「だからマネージャー!以外で!だからもうお前を無理に誘う必要がなくなったっつーか」 見つかった?決まりが悪いのか若干視線を逸らす切原くんは嘘を言っていないようだった。それに彼はどちらかと言えば嘘は下手な方。それを見破れない私じゃないからこれは本当なんだろう。でも、見つかったって。あれだけしつこいほど勧誘してたのに一体どういうことなのか。幸村先輩だって諦めてはいない様子だったのに。諦めてくれるというのならそれはそれで有難いけれど、どこか胸がすっとしない。もやもやとした気持ち悪さが残っている。 「・・・希望者が現れたの?」 「いや、希望者じゃなくて柳生先輩・・・あ、テニス部の先輩な。その人の推薦。勧誘したら引きうけてくれたんだと」 柳生先輩。本名は柳生比呂士。真面目で礼儀正しく、模範のような生徒で教師からの受けはよく信頼も厚い。当然成績は常にトップをキープ。女子生徒に対しては特に紳士的でテニスではジェントルマンと呼ばれてるとか。ついさっきまで見ていた資料の中から柳生という先輩の情報だけを引きだす。そんな先輩なら人を見る目も間違いなさそうだ。 「じゃあ私はもう勧誘されることはないわけだ」 「・・・まぁ、そうだけど」 「マネージャー見つかって良かったね。ちなみにどんな子なの」 「お前自分がマネから逃れられたからってそんな嬉しい顔するなよな!」 「だって嬉しいしね。それで?」 「ちぇ・・・あ、名前なんだっけかなー確か、不破・・・何とかだったような」 「 え 」 名前を一向に思い出せず唸り続ける切原くんを余所に、私の中で一人の生徒が思い浮かべられる。 だって、不破なんて苗字はそうそう居ない。 それに、私が知っている不破は一人だけ。 2011/05/07 |