学校までの街道を歩いていたら前方から短い悲鳴が聞こえた。顔を上げれば遠くに見える校門の目の前で女子生徒が一人、地面に座り込んでいる。周囲の好奇の視線に晒されながら立ち上がった生徒はぱんぱん、と少し短めのスカートをはたく。転んでしまったということが安易に見受けられる光景に、あんな何もないところで転ぶなんて鈍くさい子だな、なんてぼんやり眺めていたのだけれどその後姿に既視感を覚えて目を眇めた。背中まで届く長い髪を揺らしながら声をかけてきた友人らしき生徒に笑いかける。その横顔が一瞬だったけれど垣間見えて私は足を止めることになる。ここから校門までは距離があったけれど視力には自信のある私の眸に映ったその女子生徒の姿。

「・・・せんぱい?」

ボロボロになってその部屋に赴けばよく叱られた。長ったらしい説教を聞かされ、それでも最後には苦笑して一つ一つ丁寧に治療してくれる、心優しい先輩。不運委員長と呼ばれた善法寺先輩を、見間違う筈がない。訝しむように通り過ぎていく生徒が私を見つめる中、吸い込まれるように校門へと消えていく後姿から視線が外せなかった。



まだまだ新入生という初々しい空気を残した教室内で私と三郎は明らかに孤立していた。思春期真っただ中のこの年齢で男女二人という組み合わせは物珍しいのだろう。入学式から今日まで好奇の視線をどれだけ向けられたか分からない。当然のように付き合ってるのかと勘繰る輩は好きにさせておいた。見知らぬ生徒にどう思われていようと私達には一切関係ないのだから。時折、好奇心いっぱいに空気も読まず聞いてくる子にはやんわり否定するが、とっつきにくい印象を与える三郎のおかげかわざわざ私たちの元までやってくるつわものは早々現れなかった。
三郎と再会出来て、それだけで満足していた私は新しいクラスに興味を持つこともなかったので女の子達のグループから敬遠されたとしても一向に構わなかった。女の子のグループを作って移動したりお弁当を一緒に食べたりというその気持ちは分からなくはないし、昔の私にもそう言った友人は存在したけれど、二度目の人生、そういう意味では経験値が周りよりも豊富なことが影響しているのか、どうにも同年代の女の子達を年上目線で眺めてしまう傾向があった。だからか私も自然と敬遠してしまう。話せばそれなりに仲良くもなれるし、友達と言う認識だって芽生えてくるのだけど、それでも必ず一線を引いて接してしまう自分に気付いた時から一人を好むようになった。それはもう遡ると小学生の頃からだ。
だから今さら孤立することに不満も不安もない。何より一人ではないのだし。それにこういうあまり人に聞かれたくない話をするにはちょうどよかったから気にすることもなかった。

「善法寺先輩を?」

気だるげに携帯に落としていた視線がその時になってようやく此方に向けられた。胡乱気な顔が本当か?と問いかけてくるけれど冗談でそんな話をするわけがない。自信があるかと言われたら断言はできないけれど。視力に自信はあるけれどそれなりに距離はあったし、何より一瞬だった。それも見えたのは横顔。

「身間違いじゃない、と思うけど・・・あ、そう言えば雷蔵と一緒で女の子だった」
「げ、あの人もかよ」

脳裏に残る姿の中で印象的だったのはやはり昔と変わらない長い髪と、短めのスカート。そう、私が見たのは紛れもない女子生徒だった。それを聞いた三郎があからさまに顔を顰めた。私は何となくその理由が分かる気がして苦笑するしかない。
潮江先輩と食満先輩の喧嘩を止めてしまうほどの迫力のある笑顔が思いだされる。あれは治療中によく見られるものだった。病気や怪我のこととなると善法寺先輩は人が変わる。有無を言わせない説教はこちらの言い訳を呑み込ませてしまう。あれを見る度に先輩方の中で怒らせてはいけないのは善法寺先輩だなと思ったものだ。(七松先輩は、また別の意味で怒らせてはいけない人だったけれど)先輩のあの笑顔は女性としての方が圧倒的に迫力を増すに違いない。

「先輩は、記憶あるのかな・・・?」

女の子として生きている善法寺先輩。
雷蔵のように、女として新たな人生を送っているのかもしれない。

「確かめてみればいいだろ」
「そんな簡単に・・・」
「簡単だろ。考えてみろよ、善法寺先輩と言えば?」
「・・・・・・・・・保健室?」
「記憶の有無は置いてといても、あの人なら保健委員会を選んでそうだろ」

・・・まぁ、確かに。
それが必然であるかのように雷花が図書委員会に入ったみたいに、善法寺先輩が保健委員会に入っている可能性は少なくはないと思う。あくまで私が見た人が善法寺先輩本人であった場合だけど。でも、確かめてみる価値は十分にある。保健室、どこにあったっけ。校内の地図を頭の中で広げながら三郎を見やればめんどくさそうに眉を顰めた。

「言っておくが付き添いなんてごめんだからな」
「えー、三郎は気にならないの?」
「ならんと言ったら嘘になるが、一緒に確かめに行くほどじゃない」

当然のように三郎も一緒だとばかり思っていた。まさか突き放されるとは。不服だと訴えれば素知らぬ顔でその視線は携帯へと戻ってしまった。別に一人が嫌なわけではないけれど、どうせならと思っていたのに。





2011/02/20